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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
二章:運命を壊すは世界の奔流
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2-3:叡智

 虚無は完全なる殺意を以て。







 午前9時20分ごろ、村木町郊外の森の中。

 依然として強い雨が降っている最中、グレイア達は森の中を歩き、サクラ達を探していた。

 魔力探知によって見える痕跡を頼りに探すこと10分ほど。

 彼らの想定より早く、現場は見つかった。


「・・・やっぱりな」

「・・・・・ひっ」


 グレイアがため息をつき、アヤカが恐れて声を上げる。

 彼らの目の前に広がるのは、雨が血によって濁り、広がり、赤黒い水溜まりが点々と存在している状態となった森の道。

 そこにはいくつかの死体が散らばっており、それらの死体の状態が、事の残酷さを物語っていた。


「2、4・・・4人分か。

 戦闘はここで起こったみたいだな」


 4人分の死体のうち、2人は多数の切り傷があり、1人は首がなく、もう1人は肉体の正面全てが焼け焦げている。

 グレイアは手前にあった、正面が焼け焦げた死体に近づき、その場にしゃがみこむ。

 この死体は唯一、道沿いの木の幹に寄りかかる形で亡くなっている。

 それはつまり、他の死体とは違って即死ができなかった可能性が高いということだ。


(こいつは見覚えがある。

 あの時に俺を案内してくれた、態度が悪かったヤツだ)


 グレイアは思う。

 一体、彼らが何をしたのかと。

 この態度が悪かった少年だけではない。

 あの首が飛ばされている大男も、多数の切り傷が体に刻まれた状態で亡くなっている2人も、襲撃者に対して何をしたというのだろう。

 何もしていないのに、殺されたのだろうか。


(・・・・・本当、思い知らされるな)


 グレイアは思い出す。

 キクさんに言われたことを。

 この世界における、命の価値を。


(・・・・・)


 そして、グレイアは気がついていた。

 己を狙う、ひとつの魔力反応に。


「────」


 次の瞬間、グレイアが飛んできたエネルギー弾を素手で弾き飛ばす。

 そうして飛んで行ったエネルギー球は空中で爆発、雨の流れを乱し、木々を揺らした。

 その、数秒後。


「そう・・・・・上手くはいかないか」


 エネルギー弾が飛んできた先、グレイアから見て15メートルほど離れた先から、残念がっているような声が聞こえた。

 強めの雨が降っているため、普通より少し小さい声でしか聞こえなかったが───しかし、確実にそう聞こえる声量で言ったのだ。

 確実に自分達を狙っている。

 そう確信したグレイア達は無言でその場に立ち、煙が晴れた向こう側にいる5人組へと目を向ける。


「・・・・・誰だ」


 煙が晴れるなり、一言。

 彼にとっては当然の疑問を、ただ単純に、端的に、答えやすく投げかけた───はずだった。

 しかし、目の前の5人組のうちのリーダーだと思われる青年は、恭しい仕草で頭を下げつつ、グレイアの言葉を無視して口を開く。


「はじめまして。虚無の───」

「誰だと聞いている。俺の質問に応えろ」


 確実な圧が籠った、追求。

 青年はそんな圧に気圧され、少しどもりながら返答する。


「・・・叡智の寵愛者。ヒナタ」

「そうか。お前は俺のことを知っているみたいだな」


 ため息をつきながら、グレイアはそう呟いた。

 仕方ないわけではないが、もう、大方の予想がついてしまったためだ。


(サクラの部下を殺したのはこいつらだ)


 そう思考し、グレイアは目線を相手に向ける。

 いかにもな黒髪の青年がひとりと、そいつの取り巻きとして黒猫の獣人、赤い竜の亜人、魔法使いらしき女性、白を基調とした服装をした少女がひとり、後ろに待機していた。

 そして最後に、サクラ。

 彼女は女性陣の後ろに、人質のような立ち位置で拘束されているということが、グレイアとティアの目には確実に写った。

 これはもう、確定だと言っていい。


「───お前に、ひとつ質問をする」


 瞬間、相手側の魔法使いらしき女性と、白を基調とした服装をした少女、そして黒猫の獣人の体がびくんと跳ねる。

 彼の言葉と共に放たれた、確実な殺気を感じ取ったためだ。


(なんなの・・・今のは・・・・・!?)

(あれが、人ひとりが放つ威圧感ですか・・・・・?)


 彼女達とて、伊達に転生者の取り巻きはやっていない。

 ある程度の修羅場はくぐってきただろうし、それ相応に場馴れというのもしてきたのだろう。

 だが、それ以上に───相手は、グレイアは激怒していたし、わざわざ殺気を隠すなんてこともしなかった。


「どうしてサクラがそこにいる?

 そんでもって、この惨状は手前らの仕業か?」


 そして続く、確実な実力の証明。

 グレイアは人差し指を5人の方へ向け、再び威圧的な眼差しで5人を見つめる。

 見えないはずの位置、他全員の死という絶望的な状況下で、予測はできないはずのサクラの生存という可能性を、彼は見事に当てた上、位置まで完全に探知して見せた。

 これだけ激怒して尚、グレイアには冷静に思考する余裕があるということを、彼女らは思い知らされる。


「・・・・・そうだと言ったらどうするわけ?」


 竜の亜人がそう、一言だけ挑発した。

 にやりと笑った風に繕い、余裕そうに見せて。

 だが、グレイアは顔色を一切変えずに即答する。


「殺す」


 ぞわりと、5人と2人の背筋に鳥肌が立つ。

 敵方だけではない。

 あまりに冷徹な物言いに、本来は救われるはずだったサクラも、その妹も、筆舌に尽くし難い恐怖を覚えてしまった。

 これには同じ転生者であるヒナタも冷や汗を垂らす。


「・・・・・彼女に「危険な存在」だと言われた理由が、今ここで理解できたよ」

「は?」


 急すぎて反応が難しかったが、グレイアは彼の言葉を冷静に噛み締めてから、思った。

 やはりか、と。

 グレイアはそのまま詳細を聞き返そうとするが───叶わず、ヒナタは答えずに言葉を続ける。


「君は、この世界に仇なす存在なのさ。

 堕ちた正義には、手に余る存在だとも」


 言い方が気に食わないが、しかし、邪魔するべきでもないと考え、グレイアは沈黙を選ぶ。

 対して、ヒナタはグレイアの思惑を知らずとも、自らの思考を冷や汗を垂らしながら吐き出し続ける。

 その姿はまるで、切羽詰まった討論者のようだ。


「叡智の道を邪魔しかねない存在。

 この世界の秩序を、世界そのものすらも破壊しかねない虚無を抱く存在。

 君のその凶暴性を見て、僕は───」


 そこまで聞いたところで、グレイアは続く言葉を予想した。

 そして、それは見事なまでに的中する。


「君を、生かしておけないと判断する」

「・・・・・好き勝手言いやがる」


 グレイアの口から、大きなため息が出てくる。

 暇神様が言っていた厄介な()()とは、こういうことなのだろうなと。


「無関係な人間を殺し、友人を拘束し、その上で俺を悪者扱いした挙句に正義を気取ると?」


 つらつらと、グレイアの口から次々に言葉が出てくる。


「・・・いい加減にしろよ」


 かなりの怒気を帯びながら、淡々と言葉を述べていく。


「なぜ殺した? なぜ?

 俺を誘引したかったのなら、そこで人質になってるサクラと同じようにすればよかったろうが」


 もっともらしい言葉、なのだ。

 少なくとも、()()()()()()()()()だが。


「・・・・・残念だけど、彼女は人質じゃないよ」


 ここで言う「残念」が、果たして誰にとっての残念なのか。

 それはヒナタの表情が全てを物語っていた。


「なら尚更、他を殺す必要はなかったな?」

「・・・・・いやいや、そうじゃなくて」


 表情を変えぬまま、しかし未だ、冷や汗をだらだらと垂らしながら、ヒナタは言葉を続ける。


「ある条件を満たすための行動なのさ。

 僕の自己証明によって、君と渡り合うための能力を得るための」


 彼の同時に、雷が落ちる。

 まるで、サクラのその、悲劇的な運命を強調するかのように。


『・・・叡智の寵愛者に宿る仮称、寵愛者の加護の詳細。

 それは、能力者と性的接触をした人間が自己証明を共有するというものです』


 タイミングを見計らったのか、グレイアとティアの脳内に、ニアが調べあげた情報の通知が響き渡る。


「・・・・・はあ」

「屑が」


 ティアは予想していた中で最悪の結果にため息をつき、グレイアは口から罵倒を零した。

 しかし、当事者の妹たるアヤカは、その惨状に声も出ない。


「クズで結構。

 たった1人の犠牲で世界が救われるのなら、成り下がってやろうじゃないか」


 そして続く、言葉。

 配慮なんて微塵も感じない、自己中心的かつステレオタイプに満ちたクソみたいな思考回路から放たれる───グレイアの地雷を的確に踏み抜く台詞。


(ああ、なるほど。つまりこいつは・・・・・)


 ここで、グレイアは理解する。

 この転生者は、己が手にかけた人々を、哀れな絶対の被害者を、ただの()()だとしか思っていない、本物のクズ野郎だということを。

 自らが作り上げてきた死体の山を見ず、取り巻きによって土台へと変化させるような───そんな存在だと。

 そう、理解した。


(救いようのないクズ野郎だ)


 瞬間、グレイアの体から大量の魔力が噴火のように吹き出し、凄まじい風圧を生み出す。

 神々しく黒銀色に輝いて静かに揺れるオーラと、激しく白銀色に輝いて大きく、派手に揺れるオーラが合わさり、彼の実力を示すと共に絶大な威圧感を放つ。


「ッ!?」

「ヒナタ、これは・・・・・!」

「皆、ヒナタの近くに!」


 これには5人もたじろぎ、安全を確保するために集まるが───ハッキリ言ってしまえば、これはただの愚行だ。

 あの夜の森で不意打ちを仕掛けた時点で、彼らには「よーいドン」で戦いを始める意味なんてないわけだし、今ここで5人がすべきことは、グレイア達が動き出す前に攻撃を仕掛けることであるはず。


「これが虚無の寵愛者の本性・・・・・!

 倒さなければ、彼によって世界が・・・・・!」


 そして、グレイアは更に激昂する。

 叡智の寵愛者が発する自分勝手な物言いに、一方的すぎる頭の悪さに。

 重力ですら、もはや彼の圧力には耐えられない。

 彼の周囲では地面が割れ、小石が浮き、ビキビキと異音まで響いている。


「皆、フォーメーションを!

 虚無の寵愛し───」


 こんな時だと言うのにべらべらと悠長に喋っている叡智の寵愛者には、グレイアも痺れを切らしてしまった。

 攻撃態勢を仲間に取らせようと、言葉を発したヒナタが、その台詞を言い終わる前に───グレイアの、真っ直ぐに伸びた足が彼の顔面に突き刺さる。

 そして脚を曲げ、2段目の蹴りを全力で叩き込んでヒナタをぶっ飛ばし、グレイアもその後を追う。

 その場に残されたのは、敵が待ってくれると思っていたバカが4人と、ティアだけだった。


「ヒナタ───」

「待って、あの人質は・・・・・」


 そう、ティアはもう既に、人質を救出していた。

 グレイアの凄まじいオーラと存在感が手助けとなり、アヤカ諸共、サクラを瞬間移動で退避させることに成功していたのだ。

 結果として、ティアは全力で戦える状況が整った。

 もう、ステゴロで戦う必要はない。


「───ッ!?」

「・・・・・ご指名・・・かしら」


 ティアがキッと視線を向けると、魔法使い風の女性と黒猫の獣人に悪寒が走った。

 これは言わずもがな、「私が相手だ」というサインである。


「・・・・・」


 依然として無言のティア。

 ここで場面は代わり、グレイアの方へと移る。


「がはっ・・・ぐっ・・・」


 殴られ、蹴られ、ぶっ飛ばされ。

 ヒナタは移動させられながらひたすらにボコボコにされ続けており、グレイアと渡り合うために用意したというサクラの自己証明すら、もはや役に立っていない。

 それほどまでに、彼とグレイアの間には自己証明程度では埋めることのできない差があった。


「ぐうっ・・・あああッ!!!」


 ふんじばって拳を耐え、固有武器を取り出しながら全力で振り抜いたヒナタ。

 しかし、隙が大きすぎる。

 今までのエリート達を相手にしていた時に比べ、反撃までのラグが長すぎたせいで、グレイアは余裕そうに攻撃直前で瞬間移動をして回避。

 横に出現してヒナタの腕を掴み、ぐるぐると大きく回してタイミングよく彼を空中へとぶん投げた。


「くっ・・・・・うぐっ・・・!」


 なんとか制御を取り戻し、空中で体勢を立て直したヒナタ。

 しかし彼の視界には、グレイアの姿が存在しない。


「なっ、どこに・・・」


 すると次の瞬間、下から現れたグレイアが、彼を羽交い締めにして拘束する。

 当然、筋力では敵わないうえ、魔力の出力も劣っているせいで空中制御の主導権を握られてしまっていた。


「くそっ───」


 何をする気だと抵抗しようとした彼のもとへ、もう一度、グレイアの手が迫る。


「ぐはっ・・・・・」


 今度は正面から現れたグレイアによって、ヒナタは喉元を引っ掴まれてしまった。


「なっ、何をする気だ───」


 焦り、問いかけたが、グレイアは答えない。

 それどころか、急に肉体が輝きだした。


「は」


 そして次の瞬間、彼を中心として、凄まじい規模の爆発が巻き起こる。

 グレイアの分身2体によって引き起こされた爆発は、それぞれが山1つくらいなら簡単に吹き飛ばせるほどのエネルギーを持っており、それが至近距離で同時に発動したのだ。

 爆風によって木が折れそうなくらいの暴風が突発的に巻き起こり、爆発の影響で生じた衝撃波によって、一撃で雲が消し飛ぶ。


「・・・・・くっ」


 しかし、ヒナタは無事であった。

 彼が赤い竜の亜人と交わって手に入れた、爆発と炎の魔法を無効化する自己証明があったが故である。


「・・・・・」


 落ち着いてグレイアの魔力反応を探し、その方を見る。

 するとそこには、燦々と輝く太陽を背にして、神々しいオーラを威圧的に見せびらかしているグレイアが浮いていた。

 そして、グレイアはヒナタの視線に気がつくと、ふっと彼と同じ高さにまで下降してきて、一言。


「こいよ」


 冷徹に、そう言い放った。




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