2-2:標的
完全なる予想外。
時刻は朝9時、場所は町近くの平原。
それなりに強い雨が降りしきる中で、俺とニアは食後の運動も兼ねて組手をしている。
「わっと」
ニアの放った魔法が俺の右頬を掠める。
俺は反撃として彼女の腹に圧力魔法を刺し込んで距離を離しつつ、動向を伺うために探知魔法を展開。
正確に位置を把握し、瞬間移動における姿勢制御と出現位置制御を同時に行うことで、転移した瞬間による攻撃を放って彼女の防御を崩しにかかった。
しかし、今までずっと俺の戦い方を見ていたせいか、この展開は予測されていたらしく───攻撃は失敗、魔力が防御膜として纏われた左腕によって防がれて振り払われる。
そのため、俺は姿勢をくるりと回転しながら制御して転ばないようにバク転で距離を離していく。
ちょうど俺が着地しようとしたところで、彼女はタイミングを見計らい、地面を蹴って一気に距離を詰めてきた。
魔力が籠ったストレートに対し、俺も同じように拳を突き出す。
「っはは!」
「・・・・・楽しみすぎですよ」
「・・・?」
思わず笑ってしまったことをニアに指摘されたところで、俺の予想外が起こる。
端的な指摘を受けた次の瞬間、押し合いはジリ貧になると踏んだのか、彼女はあえて力を緩め───俺の体勢を崩しにかかった。
先述したように、俺は彼女が力を緩めるだなんて微塵も思っていなかったので、当然のように体制は崩れてしまい、軽く一発をもらってしまう。
俺の体は少しの距離を体勢が崩れたまま吹っ飛んでいき、かなりの隙を晒す。
「これで一本です」
両手に魔力を抱えて飛び出してきたニアはそう言うと、空中で姿勢制御を取り戻した俺を目掛け、準備していた魔法を放った。
瞬間移動ができないことを鑑みるに、恐らくは拳の押し合いの際に準備されていたであろう転移阻害も機能していて、ここからでは高速移動だって間に合わない。
このままではモロに魔法を食らってしまう。
「ばーか」
・・・なんてのは、俺じゃなければの話。
ぱっと思いついたのでニアをからかった後、俺は目の届かない位置に出現させておいた分身と自分の位置を入れ替えた。
そして適当に瞬間移動をして彼女の後ろに出現し、空中から思いっきり抱きつく。
「はいドーン!」
俺に勢いよく抱きつかれたことで、ニアは少しだけ体勢を崩したが、少ししたら安定した姿勢にまで立て直した。
実戦の場合、もう一体くらい分身を作ってから自爆魔法を仕込み、その分身と位置を入れ替えて対象を爆殺───くらいはできる状況。
やっぱり、なんでもありの分身というのは理不尽極まりない。
「・・・朝から本当に活発でなによりです。マスター」
「っへへ。いいだろ、元気いっぱいだぜ?」
俺が笑顔で答えるものだから、ニアもなんだか仕方がなさそうな雰囲気で地上に降り、纏っていた魔力を解いた。
さっきは興奮していた事を指摘されたが、今はとくに何もなし。
なんなら、俺を背負ったままで家に戻るつもりらしい。
「・・・・・マスター、来客です」
と、ニアが立ち止まって言った。
なんというか、今なのか。
恐らくは模擬戦をしている所に顔を突っ込みたくないから様子を伺っていたのだろう。
ご苦労さまという感じ。
こんな雨の中でよく待機していたものだ。
「えっと・・・・・もう、大丈夫ですか・・・?」
「はい。用件ならこちらのマスターに」
「あ、はい。グレイアさんに用件が・・・・・」
おずおずと話しかけてきたギルドの職員らしき女性に対して、ニアは機械的な対応で接する。
俺はギルドの職員から名指しされたのでニアの背中から降りて彼女の方を向く。
「うん? お前たしか・・・」
「・・・・・サクラ支部長の妹、アヤカです」
「ああ、昨日の」
アヤカという名前だったのか。
昨日話した時は仕事ということもあり、名前を聞けていなかったから、こうして確認できたのは良い事だ。
「それで? こんな雨の中、急ぎの用事か?」
「はいっ。えと、時間が無いので短く説明します・・・」
見た感じ、傘も持ってきていないし、書類も何も、本当に身一つで来たように見える。
それに、時間が無いという言葉。
嫌な予感がする。
「サクラが・・・姉が、消息不明になりました」
短く説明をされると言われた時は、脳内で話をまとめる手間が省けると思ったのだが───どこからどう考えたって、今の彼女の説明では、何もかもがわからない。
言葉が足りないのは姉妹共通か。
「・・・・・詳しい説明を頼む」
俺は頭を抱えながら、どうにかして捻り出した一言を口から吐き出した。
全くもって予想外。
まさかこんな、昨日の今日でこんなことが起こるなんて。
〇 〇 〇
「・・・それで? なんだってサクラが行方不明に」
それから少しした後、急ぎだからと連呼するアヤカをなんとかなだめて家へと迎え、落ち着いた状態で話を聞くために色々と環境を整えた。
ちょうど同じタイミングでティアも起きてきていたので、一緒に話を聞くことに。
「・・・・・グレイアさんは、姉が昨日、事件の後処理のために現場へと出向いていたことは知っていますね?」
「もちろん。お前がちらっと言ってたから知ってる」
「それなら話は早いです。姉はその現場から帰還するタイミングで消息を断ちました」
軽く聞いただけでは相手の意図が全くわからない。
もし意図的だとするなら計画が不安定すぎるし、意図的でないのなら犯人が強すぎる。
もしかしたら、昨日捕まえた犯人達とはまた別の、もっと高い実力か多い人員を持った犯行グループがいたのかもしれない。
とはいえ、まずは自分の中に生じた疑問を解決するのが先決であるため、俺は彼女に質問を投げかける。
「・・・そこまで無事だったという証拠は?」
「一時的に帰還していた姉の部下に、ふたつほど伝言を頼んでいたので。
彼の移動の時間から逆算しても、少なくとも後方支援の部隊が帰還するまでは無事だったことになります」
「・・・・・なら、サクラ達だけを標的にしていた可能性が高いだろうな。理由はわからないが」
本当に謎だ。
もしかしたら、また別のやりかたでサクラ達を誘引するつもりだったのに、俺のせいでおじゃんになったから雑に襲撃した・・・・・という線も有り得る。
もしくは、そもそも彼女達は標的ではなく、彼女達が行方不明になったことで捜索しに来るであろう俺達が本来の標的である、という可能性も考えるべきかもしれない。
もしそうだとすれば、彼女達を襲撃したのは転生者である可能性が高くなり、同時に、転生者であるのなら強さについても納得できる理由が並べられる。
あまり自分の考えばかりに固執するのは良いことではないが、可能性が高いのは「転生者による襲撃」であるということにしておこう。
仮想敵は強い方が気が引き締まる。
「・・・・・どう、しました?」
「たぶん、襲撃者について考えているんだと思う」
俺が考えを巡らせたまま動かないのを心配したのか、アヤカは少し緊張したような素振りを見せたが───そこで、ティアが代わりに喋ってくれた。
ちょうど結論も出たことだし、それっぽく纏めて話そう。
「・・・・・サクラ達を襲った襲撃者が転生者だったら嫌だな」
「それは・・・どうして?」
「明らかに強いから。相手側の人数は予想できないけど・・・・・それにしたって、一人も逃がさず、連絡すらさせずに無力化しているわけだし。
それこそ、問答無用で全員ぶっ殺すでもしないと無理だろうに」
「・・・ありそうで嫌」
俺の考えを聞いて、ティアは渋い顔をしながら嫌悪感を示し、アヤカは絶望したような顔をして固まった。
とはいえ、狙いがサクラではなく俺だとするのなら、俺を誘引するために襲撃をするわけであり───普通に考えれば、殺害をするメリットは限りなく薄い。
もしサクラやその部下を殺していたとするのなら、そいつはよほど中途半端な実力しか持っていなかったか、もしくは殺人に喜びを感じるようなサイコパス気取りのクソ野郎だったかのどちらかだ。
結果がどちらにせよ、ロクなもんじゃない。
「ただ、最悪を想定するのなら、生かすメリットが薄いであろうサクラの部下達の死は確定だと言っていい。
対して、サクラ個人に関しては、冒険者ギルドやその他諸々の関係を考えたら殺すメリットよりデメリットが勝る」
「軽々と人を殺すような人間が、きみみたいな考えを持っているようには・・・・・」
「・・・ちゃんとした考えを持っていることを祈ろう」
そう考えると、殺人に喜びを感じるクソ野郎が犯人だったほうが、いくらかマシな気がしてきた。
現場を見ていないからサクラや部下達が生きているかはわからないが、まあ、もう死んでいると想定しよう。
不謹慎だけど、ショックは少ない方が良い。
「・・・・・じゃあ、行くか」
すっと立ち上がり、ぐいっと伸びをする。
あまり緊張感がない。
前とは違って、既に手遅れである可能性が高いからだろうか。
「うん。まずはどこに?」
「それは・・・」
「・・・えっ」
さらっと救出に行こうとしたら、何故かアヤカが驚いた。
「ん?」
「あの、まだ依頼していないんですけど・・・・・」
逆に聞きたいのだが、どうして依頼を発行する必要があるのだろう。
事は一刻を争うし、なんならもう手遅れになっているかもしれない状態だ。
ともすれば、相手はもう既に退却してしまっている可能性だって捨てきれない。
「緊急事態だ。依頼の発行を待っている時間はない」
「・・・・・!」
それっぽく言ってみたら、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
そして、一瞬だけ言い淀んだあとに、引っかかっていた言葉を吐き出す。
「あ・・・あのっ!」
「・・・ん」
「姉の救出、ついて行かせてください・・・!」
普通なら、ここで断る。
だが、べつに守れないわけじゃないし───万が一の事があって、いざとなったら、脱出する手段だって何個も思いつく。
懸念点があるとすれば、現場の惨状を見て耐えられるかだが、それについては心配するだけ野暮なこと。
一応、警告だけしておこう。
「・・・・・後悔するぞ」
現状、虐殺の記憶といえば転生直後のアレである。
持ち前の精神力の強さもあり、べつにトラウマにはならなかったが───それを差し引いても、虐殺という単語を思い浮かべて良い気分になることはない。
今回の事件と、現場の現状があの地獄絵図よりはマイルドなものだったとしても、一般人からしたら相当にキツイものであることは想像に難くないわけで。
俺は色々な意味を込めてそう言ったのだが、どうにも伝わっているか怪しい。
「はい・・・・・! ありがとうございます・・・!」
「なら行くぞ。できる限り早く済ませたい」
こんなこと、長引かせるものじゃない。
死後硬直した状態で放置されている死体を見るのは、決していい気分ではないからだ。
「グレイア、あまり無理はしないで」
「・・・わかってる」
だが、この行動を辞めることは許されない。
もしこれが転生者によって起こった事件なのだとすれば、原因は俺にあるのだから。




