2-1:ギルド職員襲撃
急襲。
「ふう・・・・・」
時刻は午後9時。
ギルド支部長である私と部下5人は、後方支援部隊の護衛などを済ませて、これから帰路につこうとしていた。
ここまで時間が遅くなってしまったのは、今回の事件による死亡者の追悼に時間がかかっていたため。
明日あたりには中央の方に報告をして、グレイアさんが見つけた場所にいなかった被害者の行方を捜索するつもりである。
「ボス。今さっき、妹様から連絡が」
「分かった。なんて?」
部下のなかで一番の手練、番号1-1のカツマサが妹からの伝言を携えて戻ってきた。
彼には妹との連絡と、グレイアさんの行動を妹から聞き出す役割を任せている。
「全て、何事もなく終わったそうです」
「よかった・・・・・それだけで十分」
あの時の交渉は本当に怖かった。
まさか本当に、適当な報酬を提示しただけで、大人しく依頼をこなしてくれるなんて。
まさか、合縁さまがいつかの為にと建てた家が、こんなところで役に立つとは思わなかったけれど。
それとも、あの人はここまで見通していたのだろうか?
「あとは・・・言伝がもうひとつ」
「・・・・・何?」
少し控えめな声量で言われたため、私は少し怪訝な気持ちになってしまった。
何か、よくないことがあったのかと。
私はカツマサのほうに顔を近づけ、耳を貸す。
「妹様より、何かあったら私に相談して欲しい・・・だそうです。恐らくは、ボスの様子に違和感を覚えたのかと」
「あ・・・うん。気をつけないと・・・・・」
存外、なんでもないことだった。
ただの、妹からのコミュニケーションの要求。
確かに最近はコミュニケーション不足だと感じていたし、今回の事件で私はかなり取り乱したところを皆に見せてしまったようにも思う。
でも、どういう心境の変化だろう。
あの子は、そんな積極的に話しかけてくるような子ではなかったはずなのに。
「・・・・・それじゃ、帰ろっか」
「そうですね。帰りましょう」
だが、今それを考えたって仕方がない。
詳しいことは、帰ってから直接、あの子に聞けばいいのだから。
「CB各位、ランデブーポイントに集合してください」
カツマサが魔法通信で皆を呼び出す。
到着順はいつも通り、1-2、1-3、1-5ときて、最後は1-4。
いつも彼はマイペースで返ってくるのが遅い。
でも、行動に支障をきたすほどじゃないし、それ以上に自己証明や魔法技能が優秀なので咎める必要は無いと思う。
今回も、やはり1-4が最後だった。
「・・・・・あれ、1-5がいないけど」
ふと、1-4がそう呟いた。
確かに彼は影が薄いけれど、そんな、集合場所にいないなんてことはないはず。
「そういえば、どこにもいませんね・・・・・」
カツマサまでも、彼の───1-5の存在を感じ取れていない。
と、ここで1-3が、キョトンとした表情をしながら私の方を叩いた。
「え、1-5ならさっき、あっちにいましたけど・・・・」
私はふっと、彼の指さした方向を向いた。
ついでに1-1と1-3も私と一緒に同じ方向を向くと、そこにあったのは・・・・・
「「「─────ッ!?」」」
胴体が太い枝に突き刺さった状態で、力無く四肢を垂れている1-5の姿だった。
ぼたぼたと血が地面に落ち、小さな水たまりになっている。
それらの惨状を確認した瞬間、私は全身の細胞が逆立つような感覚に襲われ、同時に、全員への命令を口から吐き出していた。
「て・・・敵襲っ! 全員すぐに退却!」
全身に魔力を巡らせ、身体強化魔法を起動。
私自身に備わった自己証明も合わせて発動し、逃げ帰る準備を早々に整える。
「聞こえたな! 各位、1-5は捨ておけ!」
「・・・・・ちいっ」
「くそったれ・・・ッ!」
そして、カツマサから発破がかかると同時に、全員が私と同じく身体強化魔法を起動し───1-4が発動した転移阻害を追うように、全員がその場から立ち去る。
1-5には本当に申し訳ないことをしていると理解している。
だが、それでも、グレイアさんさえ呼んでくれば事は全て解決するのだ。
相手の予想はつかないが、絶対に手練であることには変わりない。
私達全員が殺されてしまう前に、早く町に戻らなくては。
「急いで・・・・・! もっと速く・・・・・ッ!」
─────2節:絶対が産んだ被害者
「はっ・・・・・! はっ・・・・・!」
全力で移動を開始してから5分ほどが経過しただろうか?
もう体力が限界に近い。
相手はこちらの最高速なんて余裕で追いつき、何度も何度も妨害を仕掛けてきている。
飛び上がって逃げることができればまだよかったのだが、何らかの竜に似た羽音が聞こえている以上、そのリスクを冒すことは絶対にできない。
「ねえっ・・・脱出まであとどれくらい・・・・・っ!?」
「・・・・・進行方向を把握されています。脱出するには、このままぐるっと迂回しないと」
「そんな───」
私がそう狼狽えた瞬間、背後から何かが飛んでくる音がした。
すると、1-3が大声で叫ぶ。
「炎ですッ! 各位、避けてください!」
痺れを切らした襲撃者が、こちらの防御の穴を突きにきた。
凄まじい量の炎魔法が背後から飛んできて、回避するのがとても難しい。
とくに、私と1-3は飛翔魔法が使えないから、上手く避けられないのだ。
「がっ・・・・・」
聞こえる悲鳴。
まずい。
私の耳がおかしくなっていないのなら、これは確実に───
「1-3ッ!」
カツマサの声が辺りに響く。
本当にまずい。
早く町に戻らないと・・・・・
「はっ!? 1-4、止まって───!」
「え」
瞬間、私の目前に魔力の反応が見えた。
だから、止まるように命令しつつ、私も空中でどうにか体を止めようとしたのだが───もう遅い。
「ぐっ・・・がふっ・・・・・」
私は爆発によって大きく吹き飛ばされ、地面を転がって何ヶ所かを大きく打った。
物凄く痛い。
でも、逃げるのを止める訳にはいかない。
「げほっ、さ・・・散開っ! 的を絞らせないで・・・・・!」
だが、こんな満身創痍な状態で、命令なんてするべきじゃなかった。
上空にも敵がいるはずだと、私はついさっき考えたはずなのに。
このままだと、皆が殺されてしまう。
早く、止めないと───
「ごっ・・・」
「があっ!?」
私の見えない所から、1-1と1-2───カツマサとヒデツグの悲鳴が聞こえた。
上空にいた襲撃者から、攻撃を受けたのだ。
「あ、ああっ・・・そんな・・・・・っ!」
私は自らの愚行に対する後悔に苛まれ、動けない。
だが、カツマサは攻撃を受けて尚、諦めなかった。
「こンの・・・・・てめぇらあああああッ!!!」
両手に絶大な量の魔力を込め、それを襲撃者のうちのひとりに───赤い竜の少女に向かって、魔力の波動として放つ。
せめて1人でも仕留めようと、カツマサがやってくれた。
私に希望を見せてくれた。
「はあっ・・・はあっ・・・・・ッ!? 」
・・・のだと、思ったのに。
「・・・ふんっ。甘いわね」
「クソッ、女郎───」
カツマサの一撃をモロに食らったはずの少女は、埃を払うような仕草をしながら、余裕そうに浮かんでいたのだ。
そして、驚くカツマサの顔面を拳一発で消し飛ばし、ふんと鼻を鳴らす。
「カツマサ・・・・・? うそ・・・・・」
もう、絶望でしかない。
依然として体は動かないから逃げることもできないし、だからといって瞬間移動はやり方を知らないし、通信で助けを呼ぼうにも、どこに飛ばせばいいのかがわからない。
部下が死んでしまった私には、何も残されていない。
これで、どうしろと言うのだ。
「はっ・・・・・はっ・・・・・」
息が上がり、心臓の鼓動が信じられないくらい早くなっていくのを感じる。
今の自分が、限りなく死に近い状況にいることを、他でもない私の体が警告しているのだ。
でも、逃げられない。
体が動かないから。
「・・・・・」
誰かが近づいてくる。
逃げないと。
「────」
何かをしようとしている。
一刻も早く、この場を離れないと。
「・・・・・ごめんね。世界を救うためなんだ」
襲撃者の男からそう言われ、やっと体が動いたかと思った次の瞬間───私は呆気なく意識を手放した。