1-4:油断はせずに
カモはどっちだ。
───突然だが。
この世には「美人局」という言葉がある。
少し意味合いが異なるものの、まあ要はハニートラップ・・・ハニトラという代物なのだが、そのやり方というのもまあ様々なのだ。
顔で釣るか、体で釣るか、傷で釣るか、罠で釣るか、エピソードで釣るか、仮面で釣るか。
そして求めるのは金か、権威か、キャリアを人質にして欲をかくか。
本当に色々とあって、ひっかかる人は大変だなあと前世はよく思っていたりしたものだ。
「・・・・・」
それで、今である。
「助けてーッ! 襲われちゃうーッ!」
俺たちの目線の先で暴漢2人に襲われ、服を剥がされまいと必死に抵抗している風な女性。
近くには気絶しているっぽい青年が布団みたいに吊るされていて、パッと見では急いで助けに行かなければならない場面である。
「・・・なあ、ティア」
「?」
だが、今は人さらいを探している状況。
安易に助けに行っては増援を呼ばれてしまうかもしれないと判断し、俺は女性には申し訳ないと思いながら、近くの草むらでアレが本当に暴漢かというのを観察していた。
もちろん、本当に襲われているんだったら急いで助けに入るつもりではあったが。
「・・・・・黒だよな」
「うん。まさか美人局だとは思わなかった」
ここに来てから3分。
一向に押し倒したところから進展する気配はなく、女性も同じ言葉を叫び続けるのみ。
「・・・やるか」
なんか、傍から見たら凄まじく馬鹿らしいなアレ。
ティアのあっけらかんとした黒認定も得たことだし、さっさと鎮圧にかかるか。
〇 〇 〇
とはいえ、アプローチの仕方は難しいものがある。
自分でも辺りを探知したし、ティアにも能力の感度を上げてもらって他に人が居ないか調べてもらったりもしたが、見た感じでは伏兵は1人だけ。しかもティア曰く、既に俺たちの存在には気がついているらしい。
だとすると、この草むらをでた瞬間に襲われる可能性が高いわけで。
「・・・俺が先に行く。危なそうだったらバックアップを」
「わかった。背中は任せて」
「頼むぞ」
あの襲われている風の女性を含めれば、敵は合計で5人。
数で負けている対人戦は初めてだ。
故に、ここはひとつ、大胆に攻めてみよう。
「・・・・・」
身体強化やらなんやらを色々と盛った俺は、体に黒く銀色に輝くオーラを纏いながら、地面を蹴って暴漢2人の場所まで接近しようとした。
「かかったな! ガキ!」
すると、俺から見て右手の草むらから、いかにもな叫びとともに弓をつがえたガラの悪い男が現れ、俺に向かって魔力の籠った矢を放つ。
そして次の瞬間、それらの矢はいきなり10本程度に分裂し、独特な弧を描く軌道で俺を包囲しながら襲いかかってきた。
「・・・」
だが幸い、矢は俺を完全に包囲してはいなかった。
そのため、俺はそれらに対し、右手に込めた魔力を腕を振った圧力で放つ魔法で対処してから、再び暴漢2人の方へと向かう。
一瞬とはいえ目を離していたからか、奴らは体制を整えていて、やはり襲われていた女性は罠であり───グルどころか、この誘拐犯達の司令塔であるようだった。
それを証明するかのように、無駄にケバい化粧をした女性は無駄に高いところに立ち、右手を俺の方に向けて高らかに宣言する。
「さあッ! やっておしまいなさい!」
彼女の言葉に呼応し、彼女を襲っていた風だった暴漢2人は俺の方を向き、弓をつがえて矢を引き始めた。
だがまあ、俺の移動を見てから迎撃するようでは遅いだろう。
なぜなら、彼らが矢を引いて放つまでの数瞬で、俺は司令塔の眼前まで接近しているのだから。
俺は魔力を極限まで込めた拳を振り上げ、先ほど高らかに俺への攻撃命令を行ったケバい女性に殴りかかる。
妙に堂々としていたことに違和感を感じたものの、構わず攻撃をすると───その堂々たる態度の理由を、すぐに知ることになった。
「───姉さんには、触らせねえ」
俺の拳が、さっきまで布団みたいに放置されていた青年に止められる。
そういうことかと納得しつつ、俺は体の一部から魔力を放出してブースターのように扱い、できる限り威力を高めた回し蹴りを男の側頭部にぶち込んでやった。
すると男はよろけて木に激突、そのリカバリーとしてか、今度は潜伏していた奴が上から降ってくる。
それを瞬間移動で回避し、奴らが集まっている所が見下ろせるような位置に移動した俺は、魔力を両手で生成して頭上で練り上げた状態で奴らに向け、見てくれは巨大なウォーターカッターになるようなイメージで放出していく。
「くっ───矢、放ちなさいッ!!」
唐突に放たれた高威力魔法にたじろぎながらも、奴らは司令塔の命令で矢を放った。
それらはやはり、先ほどと同様に独特な弧を描くような軌道を描き、俺の放った魔法を避けて襲い掛かってきたのだが───全くもって、問題じゃない。
矢が到達する時点でそこにいるのは、俺ではなく俺の分身体。
そいつに攻撃をしたところで、俺にはなんら影響はない。
「伏せ・・・なくていいよ」
俺が分身と入れ替わって地上に降りると、そこには俺が放った魔法によって生まれた死角で待機しているティアの姿が。
ティアは俺にそう告げると、右手のひらを上に向け、一言。
「穿て」
命令系の詠唱によって放たれた魔力の放出は、対象を穿つどころか───俺の魔法も、分身も、奴らが放った矢の数々すらも一瞬にして消し飛ばし、矢に付与されていたであろう爆発系の術式を誘爆させてから消滅した。
凄まじい黄金の光と、術式の誘爆によって発生した爆風。
それらは俺とティアが、今まさに目の前に対峙している奴らとの圧倒的な実力差を演出し、モチベを限りなく上げてくれる。
「・・・司令塔の女、仲間に対して遠距離武器の威力・速度増大効果と、貫通・誘導付与のバフができる自己証明を持ってる。対処は?」
「俺がやる。発動条件は?」
「奴らにとって当たり前のことなんだと思う」
「了解」
俺は端的に返事をして、右手を魔力探知に写っている女の方へ向けた。
そしてジワジワと魔力を集中させていき、これから放とうとしている魔法の威力を高めていく。
「───なんだからっ・・・!」
だんだんと煙幕が晴れてくると、司令塔の女が他の奴らを鼓舞しているのが見え、声も聞こえてきた。
目視できたならあとは簡単。
右手の先にあの女が来るように調整し、魔法を放つだけ。
「相手が色付きだったとしても、私の───」
「っ!? 姉さ───」
女の弟が気づいたようだが、関係ない。
俺が右手で圧縮していた魔力の塊は瞬間移動で女の目の前に現れ、俺の合図によって圧力から解放されて凄まじい反発力を得る。
そうして放たれた衝撃波を───指向性が調整された極大の圧力をモロにくらった女は、凄まじい速度で後方へ吹っ飛んでいき、女の取り巻きも衝撃波によって散り散りにさせられた。
あとは、女の弟が俺の予想通りの行動をしてくれる。
「くっそ・・・!」
「俺達が時間を稼ぐぜぇ〜ッ! 兄弟!」
女の弟が身体強化魔法を付与してその場を去ると、暴漢のうちの1人がそう叫び、潜伏していた奴とともに弓をつがえて矢を放った。
今度は数えきれない量まで分裂した矢は、再び俺を狙って空を切り、その体に付与された爆発魔法を起爆せんと躍起になって突撃してくる。
「・・・・・」
そんな中、方やティアは前傾姿勢になった状態で、弓じゃなく剣に持ち替えた暴漢をロックオンし───方や俺は、瞬間移動先に膝を曲げた状態で出現し、潜伏していた方の奴の顔面を全力で蹴り飛ばす。
「っ───」
悲鳴すら上げられずに再起不能となった、潜伏していた奴。
弓を持ったままの方の暴漢はワンテンポ遅れて反応すると、額に青筋を立てながら矢を放った。
「ガキがあ〜ッ!」
俺は瞬間移動で矢を回避し、飛び上がって先程の矢とまとまるように誘導しようと飛翔魔法で上昇を始める。
対して弓持ちの方の暴漢は、ニタリと笑うと再び矢を引き───俺に向かって、また分裂する矢を放った。
「矢の軌道を見れば、お前がどこに向かってるかなんて一目瞭然なんだぜぇ〜ッ!」
無駄にでかい声が耳に届くが、構わず飛翔魔法で矢の誘導を続け、ついでにHUDからティアの様子も確認する。
魔力探知の反応を見る限り、ティアと剣持ちの暴漢は激しく動き回りながら戦っているようだ。
『グレイア』
すると、ティアから俺の名前を呼ぶ通信が入る。
タイミングは今だ・・・ということだな。
俺は切り返して矢を誘導しながら、弓持ちの暴漢へと接近していく。
「援護するぜぇ〜ッ! 兄弟!」
「やれ! 兄弟!」
無駄にでかい声が2回聞こえたところで、俺は瞬間移動で弓持ちの暴漢の足元へと出現する。
事の異変にこいつが気づくのは、それから2秒ほどたった後だった。
「・・・おいおいおい〜ッ! どうして俺の矢が、俺の方へ向かってきているんだあ〜!?」
余裕なのか、相変わらずでかい声で反応をする暴漢の背中を、さっき司令塔の女に放った魔法の小規模版で押し出す。
「うおっ!?」
完全に油断していた状態での後ろからの急襲に反応できなかったのか、暴漢は間抜けな声を上げながら前方へと押し出された。
そんなヤツの正面に、数えるのも恐ろしいくらいの矢が直撃していく。
「ぐおわあああ〜ッ!!!」
刺さりはせず、爆発するだけなので、身体強化魔法を使っているであろう暴漢が死ぬことはないが───にしたって爆発魔法の連続攻撃は威力が凄まじく、暴漢はあっという間に再起不能になってしまった。
ティアと対峙していた暴漢の方も、これには驚き、声を上げる。
「なんだとっ!? 兄弟───」
だが、戦場でそれは命取り。
相手が下手な転生者より強い少女であれば、それは尚更。
一瞬だけだが隙を晒してしまった剣持ちの暴漢は、みぞおちをぶん殴られ、蹴りを5発ほど上半身に入れられ、最後は腕を掴まれてスイングからの、上空へと投げ飛ばされる。
「うおわあああああ〜〜ッ!!!」
間抜けな声を上げながらぶっ飛んだ先、上空にて彼を待ち受けて居たのは、両手を合わせて握り込み、全力で魔力を込めて対象を殴り落とさんとする俺。
「ごっ・・・」
直撃したダブルスレッジハンマーにより、移動方向を一瞬にして真逆にさせられた暴漢は、激烈なGによって気絶したまま地上へ直滑降。
数瞬の後に着弾し、轟音とともに凄まじい土煙を撒き散らしたのを確認したところで、俺は地上へ降下していった。
「・・・よし、クリア」
そして地上に降り立ち、ティアの方を見てみると、激しく表情は変わっている訳ではないものの───どこか、満足そうな表情を浮かべていた。
「ティア、怪我は」
「うん。大丈夫」
怪我もないようなので、あとは手早く司令塔とその弟(?)をシメて引っ捕らえるだけだ。
「・・・ニア。実体化して、俺達がシメた奴らの拘束を頼む」
『承知しました』
すると、俺の呼び掛けに応じてニアが出現し、瞬間移動を駆使して素早く誘拐犯たちを集め、魔力で糸を生成して拘束を始めた。
「ティア、残りを片付けに行こうぜ」
「・・・やっぱり。きみならそうすると思った」
ここはニアに任せ、俺達は飛び上がって移動を始める。
ぶっ飛ばした相手の着弾場所は目星がついているため、目視でも発見できるはずだ。
〇 〇 〇
隠れながら魔力の痕跡をたどってきた俺たちは、開けた場所で何か作戦会議か何かをしている2人を見つけた。
「1人の反応が消えている。恐らくは逃げたか・・・もしくは、俺達だけでも仕留めようと機を伺っているのかもしれない」
「色付きとはいえ、私の自己証明には敵わなかった・・・・・のかしらね。一応、十分に警戒しながら合流しましょう」
「そうしよう。1人に逃げられている以上、増援を呼ばれる可能性も捨てきれない」
ちょうど作戦会議が終わったのか、そのまま歩き出す2人。
俺は木の上から飛び降りて着地すると、ゆっくりと立ち上がりながら女の方に目を向けた。
「・・・誰が逃げたって?」
「なっ、あんたは───」
驚き、急いでこちらを向く彼女に急接近し、抵抗しようとする腕を弾いて首を引っ掴み、地面に組み伏す。
勢いよく倒れこんだせいで女は咳き込んで苦しそうにしているが、そんなものは関係ない。
「ごほっ・・・が・・・・・」
そして、もう潰えた希望にすがる姿も───滑稽で仕方がない。
「残念だが、お前の弟はもう落ちてる」
女の瞳が俺のシルエットの外を、どうにか己の味方を探そうと、必死に動き続けている。
だが、俺の言葉を聞いて、その締め付けられた喉から必死に捻り出した声で、俺へ問いかけた。
「ど・・・・・じて・・・?」
「言う必要があるか?」
俺がそう答えた数秒後、彼女は窒息によって泡を吹いて気絶し、力無く地面に体を預けた状態になる。
完全な気絶を確認した俺は手を離し、ぱっぱと簡単にはたくと、気絶した2人を見て微妙な表情をしているティアが目に入った。
「・・・あんまり強くなかったね」
俺に視線を向け、そう呟くティア。
そうだな・・・と同意する気持ちと、よく考えなくても俺たちが強すぎるだけだろという気持ちがせめぎ合っている。
それと、今回は作戦にハマってくれた相手がアホだったというのもある。
もし運が悪く、作戦が上手く行かなければ、そのまま5人を相手にする羽目になっていたかもしれない。
「とはいえ、相手が俺たち基準で弱いことは否定できないな。そもそも作戦が1人の自己証明に頼りきりすぎだった」
「うん。もう少し個人の力を出せてたら、私たちは苦戦してたかもしれない」
「そうだな。だから相手が弱かったと」
真面目な戦闘後の振り返り。
こういうのを話すのも、やはり楽しいものだ。
ダブルスレッジハンマーって、なんか伝わりにくいらしいですね。
オルテガハンマーって言うと伝わりやすいらしいんですが、どうにも自分は前者の方が聞き馴染みがあるので・・・・・
うーんといったカンジです。
ちなみに、こちら(なろう)もカクヨムも、文字数が20万字を突破いたしました。
向こうでは長編はいつから名乗ればいいんだろうな〜・・・みたいな事を書きましたが、こっちではあれです。
現時点(予約投稿時点)でブックマークしてくださっている方が3人しかいらっしゃらないので、話すだけ無駄という感じで端折ります。
あと、書き溜めが尽きたので不定期投稿となります。
(現時点でブックマークをしてくださっている)3人の方は是非、お楽しみに。




