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愛され気質な逸般人の異世界奮闘記  作者: Mat0Yashi_81
間章:ひとつの時代の終わり
159/181

2-5:肩透かし

 通じ合う認識、刻み込む記憶。




 



「じゃ、準備はいいか?」

「はい!」

「返事よし。進むぞ」


 日は進み、ダンジョンに侵入して二日目。

 だいたい朝は十時、順調に行けば昼までには家に帰れるだろう時間に、俺とサキは三階層へ向けて足を進めている。


「・・・・・」


 サキが戦った際に崩落した地面から下へ進み、地下室を探索し、そこで見つけた階段から更に下へ。

 大きな魔力の気配を感じ取ったため、三階層へ続く階段だと察知した俺は、まあ宝なんて見つけてもなあと思ったので引き返すことなく階段を降りている。

 ダンジョンには色々な魔道具が眠っていたり、ナギが使っていたような古代魔法、あの魔力を変質させて固くするやつとかがあったりするらしいのだが、個人的にはあまり興味がない。

 魔道具の類は自分で作れるし、古代魔法はなんか、発想を奇抜にして自己証明のような等価交換の法則で効果を上げた魔法に過ぎないので、どちらも興味の対象ではないのだ。


「・・・ふうん」


 それより今は、この「ダンジョンという空間」についての興味の方が俺は強く、とても知識欲が刺激される。

 ニアのお陰で情報としては知っていたが、実際に来てみて、上位存在としての感覚をフルに使って構造を見てみると───どうにもダンジョンという空間は、ゲームエンジンで例えるなら「メインのシーンからシームレスに繋がる別のシーンをくっつけている」ような感覚だと言える。

 しかし、管理者としての権限にはゲームエンジンに付属するような便利なユーザーインタフェースは存在しない。

 完全に知識と感覚だけでやりくりする必要がある。

 コマンドプロンプトでOSの復旧をするよりも難しいことだ。


「でもコピペは頂けないよなあ・・・」

「・・・?」


 とはいえ、このダンジョンの構造をコピペするわけにもいかない。

 せっかくの神性、管理者としての権限なのだから、せっかくなら自分だけのダンジョンを作ってみるのも───いや、ダンジョンというプラットフォームに視点を固定しておくのは悪手だろうか?

 現世とシームレスに繋がった別の次元、という扱いで解釈するならばダンジョンというプラットフォームに固執する必要はないし、なんなら名前なんて無くても同じような機能がある空間を作ってしまっても良いのかも。

 強いて言えば、ハードルがクソほど高いのが難点だけど。

 でも実装のハードルさえクリアして、構造の理論と感覚さえ掴めてしまえば、俺はもう無敵になる。

 理解の仕方としては「ダンジョン」というミドルウェアのシステムを流用しつつ、俺の好みに合った自由な形式のプラットフォームとして再構築するといった具合だろうか。

 仮想環境の構築と言えば、もっとイメージが明確になる。

 これからのためにも、念の為に用意しておくべきだろう。

 ユーザーインタフェースがないせいで再現性については不安が残るものの、これはもう上位存在だからということにして目を瞑り、その方式に慣れるしか手はない。

 郷に入っては郷に従えというやつだ。


「グレイア様・・・・・?」


 思考に区切りをつけたあたりで、なんだか困惑で頭がいっぱいになっていそうな声が、ふと耳に届いた。

 目を向けてみると、サキは凄く心配そうというか、困惑と焦燥が入り交じったような表情で俺のことを見ている。

 それを見てようやく、サキと二人きりの時に深く考えるクセを出してしまったのは今が初めてなんだと気がついた。


「少し・・・考え事を。

 ちょっとした別荘が欲しくなったんだ」


 パッと思いついた例え話をホントみたいにすり替えて話してみる。

 サキは俺と同じように、疑問に思ったことに対して答えをくれそうな人に対して、すぐに質問を返す性格だろうから───伝わる伝わらないは気にかけず、適切に言葉を返していけばいい。

 そうすれば俺の脳ミソは勝手に言葉を変換してくれる。


「別荘ですか、それは・・・どうして?」

「・・・壊れてもいい場所が欲しいというか」


 たぶん、俺とティアの実力を知っているサキであれば、何故このような「別荘」かつ「壊れてもいい場所」が欲しいという内容を俺が考えたのかについて、簡単に推測を行える。

 それも正解なのか問いかけてくるのは、本当に俺と同じような性格の持ち主ということで、こういった面でもやはり好きだ。

 自分に近い思考ルーチンをしているわけだから、俺からすれば自分の頭が勝手にやってくれる最低限の配慮だけで済むということになるし、何より話していて気持ちがいい。


「ストレス発散ですか・・・?」

「それもあるけど、メインは実験かね。

 壊れてもいい場所で、周りを気にせずやりたいというか」


 ある程度の勘違いはあれど、俺がそうミスリードするようにと誘導した方向に解釈を深めていくのは良い兆候なのだ。

 世界の構造について知りたいなんて考えていないわけだし、何より知るべきではない。

 少なくとも、本人が望まない限りは。


「なんでこのタイミングなんですか?」

「アイデアが湧いたんだ。いいアイデアがな」


 要するに、サキはこれについて「グレイア様がダンジョンを参考にした空間魔法を考案した」と解釈するはず。

 とはいえ気になったことは、サキの状況適応能力がやたらと高かったところだ。

 俺に深く考えるクセがあるとわかっていない限り、あんなにすぐ調子を戻すとは、とても───否、あるいはティアが何か口添えをしていたとしたら。

 あいつならサラッとそういうことをやってくる。

 その確信がある。


「・・・ティアから何か言われたろ」

「はい。集中してる時はあまり邪魔をしないようにと」


 やっぱりそうだった。

 しかも言い方がすごい意地悪だ。

 邪魔されたって怒らないのに、これじゃ思考の邪魔をしたら俺が怒鳴るような人間に見える。

 まあ、サキならそういう解釈をしないと考えてのことだろうけど。


「余計なことを言う・・・・・」


 いや、正確には余計なことじゃなく、情報が足りなかったと言うべきなのだろう。

 でも俺からしたら少し嫌な気分。

 帰ったら文句を言ってやる。


「ん・・・」


 一瞬、僅かにだが空気が変わったのが肌でわかった。

 感覚は鋭く、実在のない針が皮膚を突き刺すよう。

 強くなっても変わらない、警戒しろという合図。


「この先か」


 階段が途切れ、地面が見えた。

 洞窟を抜けた先とは思えない、気味が悪いほどに鮮明な緑。


「・・・よっと」


 地面に降り立ち、周囲を警戒しつつサキが降りてくるのを確認し、魔力探知を広げて再度周囲の確認を行う。

 入ってきた階段はサキが地面に降り立った瞬間に消失、ここは三層ということでダンジョンのボスがいるはずが、現時点では見当たらない。

 景色はどこまでも広がる平原で、木々は見当たらない。

 いつぶりか抱く、優しいタイプの五億年ボタンのような空間。


「グレイア様?」

「いや・・・見当たらないなと・・・・・」


 魔力探知にも引っかからず、目視で捉えることもできない。

 何か条件が必要なのかと、少しだけ思考を巡らせようと僅かに力を抜いた刹那、大きい何かが空を切り裂く音が耳に届き、一瞬。


「っ・・・!?」

「・・・へえ」


 音と気配の先に展開したバリアに押し付けられる重圧は如何程のものか、やはりナギの推測は間違っていなかったのだと実感した。

 推定Bランクのダンジョン、それに相応しいということを。

 一定以上の実力者が数人集まってようやく倒せる魔物、それがトップを張っているという実感を。

 だがしかし、気に食わないのもまた事実であって。




 ▽ ▽ ▽




「・・・不意打ちとは感心しないな」


 グレイアは睨みつけると同時に魔力を放出し、襲ってきた巨大な魔物を弾き飛ばして仁王立ち。

 僅かに滲む黒い銀色の魔力の残滓は、彼の強さと、今現在抱いている不快感の象徴として彼を彩る。

 そんな彼の態度は、どこかプライドの高い猫のよう。

 存在しないハズの尻尾が、びったんびったんと地面を叩く。


(行けっかなと思ったけど・・・ちょっと急ぎすぎたか)


 自らの認識の甘さと相手の厄介さ、それゆえの僅かな苛立ち。

 その視線の先に佇む体長数十メートルの巨体を持つ魔物、巨狼の長は牙を立て、肉体から魔力を湧き出してグレイアを威圧する。

 圧倒的な相手であると、一瞬にして理解したがゆえに。

 しかし、当然ながらグレイアは冷静そのものであった。


「サキ、ここは俺がひとりでアレを片付ける。

 お前はここで待機、俺の動きを観察し、これからに活かせ」

「はい。わかりました」

「質問は後で聞く。それまでに聞きたいことを整理しておけ」


 半分くらいカッコつけ、リスクヘッジを含んだ合理的な傲慢。

 しかし相手方はビクつき、無駄を吹き出している。

 例としては少々貧弱ではあるが、彼としてはある意味、いつかはやろうと思っていたことを試せる良い機会でもあった。


「・・・サキ。ひとつ覚えておくことだ」


 グレイアは固有武器を右手に持ち、短剣に変化させる。

 小さな結晶が無数に集まることで構成された短剣は、細く薄い二本の刃を持ち、相手の刃を絡め取ることも想定された設計。

 これは機能美として完成されてはいるが、彼はこれを使わず、好みに合致するデザインとしてしか見ていない。


「俺は強いが、これは正しい強さじゃない。

 ティアはきっと、俺のことを天才と呼んだんだろう」


 サキに背を向けたまま、彼は左手の親指の第一関節の背を噛み、少量の血を出して二つのドローンを作成する。

 血液操(ブラッディ・)作魔法(コントロール)によって硬質化され、四角錐として宙に浮かぶ二つの血塊。

 本来なら、この世界の魔法の法則によって「維持し続けなければならない魔法は並行して発動・制御できない」という制限に引っかかることから、最近の彼であれば用いることはなかった手段。

 代替として固有武器を用いたドローン戦術を使っていたが、今回ばかりは特別。


「だからこそ覚えておけ。才を持つ者として、お前も」


 明言することはなくとも、理解せずとも、記憶さえしていれば問題はないと彼は考えた。

 元より、この世界の魔法の法則によって発生する制限は、ある一定の状況(シチュエーション)に限り、その制限を受容してなお余りあるメリットを生み出せる。

 多くの場合、これは「仲間との共闘」という状況においてのみ該当するが、戦う相手が単体または理性的でない魔物であったり、使用者が「魔力の起こり」によって得られる高度な空間把握能力を有している場合、その限りではない。


「例外が例外たる、その根拠を」


 歩き出すその脚が、地面を踏みしめるごとに響く確かな威圧感。

 普段なら有り得ないその殺気、隠すことのない不機嫌と、指向性を完璧に調整しきった圧力。

 グレイアがゆっくりと歩き、余裕を見せて狙うのは後の先。

 本能が抑えた先の先、理性のオーバーフローによって判断が鈍った巨狼の長が、その悪手を手に取る大きな隙を。


「グ・・・オオアアアッ!!!」


 巨狼の長が雄叫びを上げたその瞬間、グレイアの足元が赤く輝き、ほんの少しだけ盛り上がった。

 それと同時にグレイアは地面を蹴って加速、追従するように点で捉えてくる地面からの局所的な噴火魔法を回避しつつ、その場から動かない巨狼の長が狙うのはグレイアが僅かに油断する可能性のある一瞬。

 真正面の間合いギリギリ、正面目が合うその刹那、巨狼の長はグレイアが足を地面につけるその瞬間、ラグを極限まで抑えた一撃によってグレイアの脚を破壊しにかかる───が、しかし遅い。

 自らを罠とした一撃を回避、空中に飛び上がられた途端に口をかっぴらいた巨狼の長は、グレイアを消し飛ばすための光弾を瞬時に口から射出。

 空中において回避が難しいところに即着弾に近い一撃を叩き込み、起爆とともにグレイアにダメージを与える算段であった。


「グオッ!?」


 しかし巨狼の長が次に目にしたのは、光弾が真っ二つに割れ、その間からひとりの男が飛び出してくる様子。

 反応する間もなくグレイアに接近を許した巨狼の長は、その背中に刃を突き立てられることを回避できず、背中を約十メートルほど切り裂かれてしまうが誤差の範囲。

 構うものかと姿勢を低くしたところで意識外からのビームが巨狼の長の背中を焼き、対処しようと意識を向けたところでグレイアが投げた短剣が片目を潰す。


「ギャッ!?」


 幸いすぐに短剣は消失してグレイアの手元に戻ったため、巨狼の長はすぐさま体勢を立て直し、致命的な脅威にはならないとして意識外からのビームを完全に無視して突撃を敢行。

 老練の王者とは比較にならない速度でグレイアへと迫り、爪を振るうが軽々と受け止められ、ならばと口をかっぴらいて噛み付くがこれも飛び上がって回避され。

 余裕綽々に距離を取ろうとするグレイアに着地狩りをお見舞いしようとしたところで、避けるばかりだと勘違いした思考の隙を突かれた巨狼の長は右前脚を切り飛ばされてしまう。

 挫けず噛み付こうとしたのも束の間、巨狼の長の瞳を焼いたのは無視する方向でと判断していた意識外からのビーム。


「ギャあッ!?!?」


 悶絶する巨狼の長、そんな惨めな姿を見下すグレイアは、ひょいと背中に飛び乗ったかと思えば、刃を背中に突き刺して一言。


ペルフ・ラミナ(臓を穿つ刃)


 詠唱とともに巨狼の長の肉体からは無数の刃が飛び出し、凄まじい量の体液が穴という穴から噴出した。

 それと同時に体内の魔石にも傷がつき、魔物としての肉体を維持できなくなった巨狼の長の肉体は、見るも無惨に崩れ去っていく。


「ふん・・・」


 つまらなさそうに鼻を鳴らしながら刃を抜き、巨狼の長の肉体から飛び降りたグレイア。

 どうにも消化不良な様子で、存在しないハズの尻尾は依然として地面を荒々しく引っぱたく。


「・・・結局は馬鹿の一つ覚えか。期待して損したな」


 消えゆく巨狼の長を尻目に、実力の数パーセントすらも出さずに終わった準備運動未満の戦闘を振り返りながら、グレイアは表情を整えてサキのもとへ歩いていく。

 どうせ家には帰れるし、あとで付き合ってもらえばいいのだと自分に言い聞かせながら、肩透かしをくらった失望を抑えて。


「悪いなサキ・・・・・見苦しいところを見せちゃって」


 しかし彼は知らない。

 サキは既に、彼の表情から現在の気分を割り出すことが可能になっていたという事実を。

 サキが余計なことを言わなかっただけで、ティアは既に、彼の扱い方の一端をサキに伝えていたという真実を。

 彼がこれを知るまでは、およそ三十分。




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