再びの歩み 求めし答え
纏雷使用による放熱処理を終えた後、元の姿へと戻った彼とウルカは森を抜ける為に歩みを進めていた。
あれだけ動かなかった体は嘘だったかのように、歩を進める足は軽い。やはり纏雷が銃骨格にかける負担は相当に重かったようだ。
「はぁ? 6本腕ぇ?」
「ああ」
「しかも高い知能持ち?」
「ああ」
「オマケに一瞬で逃げられたと」
「ああ」
道中、彼に何があったのか事の経緯を聞いていたウルカが素っ頓狂な声を上げる。ウェアウルフが異常に強かったという話だけでも頭の痛くなる話なのに、新たに4本の腕が生えるとはどういう事だと。
「それ本当にウェアウルフだったのか?」
「お前達から聞いていた外見的特徴は一致していたと記憶している。それ以外の情報はまるでアテにならなかったがな」
「確かに身体的な変化を見せる変異体はいる。だが分かっているのは、そういった個体は単なる巨大化か或いは元の形を失うかのどちらかだ。
貴様の言う変化は聞いたことがない。というよりあってたまるか」
「事実その変化はあった」
「チッ。やはり誰かが糸を引いてるのは確実。正体は分からんが、私達が思っている以上に強大かもしれないな。
ミヤ達の集落を襲った黒幕もそいつの可能性が高い、か? あぁくそ!」
不機嫌さを隠そうともしないウルカが手近の木を強かに蹴りつける。
「一先ず脅威は去った。考えるのは移動しながらでも出来るだろう。早急にミヤ・シャーリウス達と合流するぞ」
「分かってるさ。それより貴様、戻ったらその体どうにかしろよ」
「体?」
なんの事だ? と心底分からない風に首を傾げる。
纏雷状態でもないし体中から飛び出ていた放熱版も引っ込んでいる。傷をどうにかしろと言っているのなら直ぐには無理だろう。
理由がわからない彼にウルカは呆れ顔のまま指を差す。その先にあるのは彼……いや、真っ赤に染った銃骨格だ。
「その返り血に決まってるだろうが。狼臭くてたまらないんだよ、鼻が曲がる」
「……ふむ」
そういえばと頷く。ウェアウルフの腕を引き裂いた際、盛大に鮮血を浴びていた事を今更思い出してこびり付いた血を撫でる。
「ゼロ、銃骨格に洗浄機能は?」
『搭載されている訳がないでしょう』
だろうな、聞いてみただけだ。そう独りごちて、戻ったら拭き取れるだけ拭き取ってみようと決める。
ウルカが不快に思う事はもちろん、血濡れの状態では亜人達に余計な不安を抱かせてしまうかもしれない。ただでさえ逃亡の身のミヤ達に、これ以上の負担はいただけない。
ひた歩き、やがて森の中に光が灯る。視線の先で木々の間から薄らと零れるそれは、馬車に吊るされたランプの光だ。
無事に合流を果たせた事にウルカが安堵の息を漏らして駆け出す。そのまま森を抜けると、ウルカの帰還にいち早く気がついたエルディオが声を上げた。
「姉貴! 無事だったか!」
「ああ、大事ない。そっちは?」
「驚くほど静かなもんだ。視線が消えてから何が起きるでもなし。で? 姉貴はどうだったんだよ? アイツは?」
「私なら此処に居る」
ウルカに続いて森を抜け、即座に亜人達のスキャンを開始。どうやら誰一人欠けてはいないらしい。
「お! 無事で何よりって臭っ!? 血だらけじゃねーか!?」
血濡れの彼が姿を現した途端にエルディオが大きく後ずさる。そこまでするほど臭うのだろうか? 嗅覚を持ち合わせていない彼には想像もできない事だ。
「だから言っただろ、狼臭いと」
「ふむ、そうらしい」
「分かったらさっさと拭いて来い。
エルディオ、こっちもこっちで訳の分からん事になってはいたが脅威は去った。直ぐに出発するようミヤに伝えに行くぞ」
「お、おう。訳の分からん事ってのが気になるけど」
「コイツも交えて移動しながら説明する。ほら歩け愚弟」
「ひっでぇ」
余程彼が狼臭いらしい。ウルカとエルディオは足早に先頭の方へと行ってしまった。
残された彼はその場で周囲を見渡し、こちらに視線を向けている亜人達の表情を見て疑問に思う。
あの2人と違って亜人達が臭いに顔を歪めている様子は無い。向けられている視線は不快な物と言うよりかは物珍しさを見る目に近いだろう。
やはりあれは鼻が利く獣人だからこその反応か。
「んお? おお旦那! 戻ってきたんだな!」
「ん?」
いつまでも突っ立っている訳にもいかない。移動をと彼が足を動かそうとした時、不意に男の声が彼の足を引き止めた。
やたらと気さくな、或いは馴れ馴れしい言葉を投げかけながら、こちらへと走って来るのは若い男性亜人。
彼の横まで駆け寄ると、やはり馴れ馴れしい様子で彼の背中をバシバシと叩いてくる。
「いやぁ心配してたぜ! 結局話せずじまいでウェアウルフの討伐に行っちまったからよ、下手すりゃ二度と会えないかもなんて覚悟してたところだ!
あ、ミヤ様から聞いてるぜ! 旦那ってゴーレムじゃなかったんだな! そうとは知らずあん時は悪かったな!
ったく旦那は俺達の救世主様だぜ! 俺達に出来る事があるなら何でも言ってくれよ! みんな口には出さないが、旦那には感謝してんだからな!
それとさぁ、みんなに渡したって言う例のヘンテコな武器? あれ俺の分も無いのかー? 旦那の力になる為にも俺も欲しいなーなんてさ。いやいや! もちろん無理にとは言わないぜ? そこは旦那の判断に任せる! はっはっはっ!」
次から次へとマシンガンのように出てくる言葉。まるで旧知の間柄のように尚も彼へ話しかけてくる。
当の彼は酷く困惑した様子だ。顎に手を当て、男の顔をジッと見つめたまま固まっている。時間にしてみれば数秒の出来事。
そんな短い時間の中で彼は思った。
お前誰だよ、と。
とは言えこのまま見つめていても答えは出ない。いい加減鬱陶しくなってきたマシンガントークに終止符を打つべく、彼の手が男の口を鷲掴んだ。
「もががっ!?」
「言いたい事は理解した。だがお前は誰だ?」
「ぶえぇ!? わ、わふれふはんえひええ!」
『翻訳不可』
「ふむ」
確かにこの状態では話を聞けないのも事実だ。
不本意ながら彼が手を離すと、男は両手で自分の顎が無事であると確認し始める。
「よ、よかった、ちゃんとある。って! 何すんだよ旦那! 顎取れるかと思ったぞ!」
「どうでもいい。それより質問に答えてもらおう」
「えぇぇ……旦那ってば俺の扱い酷くない? 助けてもらった事には感謝するけど、あの時も俺を放り投げた上に思い切り頭殴るし」
「亜人を思い切り殴った覚えは無い。殴っていればお前は既に死んでいる」
「いやいや! 俺からしてみれば馬鹿みたいに痛かったぞ!?」
「ふむ……」
嘘を言っているようには見えない。
ならばやはり何処かで接触したと考えるのが普通。
この逃亡中の間に接触したとすれば、流石にこの短期間で忘れるとは考えにくい。であれば、亜人の集落に居た間の可能性が高いだろう。
目覚めてからこれまでの事を細かに思い出し、その中で男の言葉に該当するであろう人物を割り出した。
そして浮かんできたのは、情けなくもギャーギャーと騒がしかった1人の男性亜人。
「ああ、上空で口うるさく喚いていた亜人か」
「思い出す所そこ!? もっと他にあっただろ!」
「自分の事を哀れなゴミ虫とも言っていた」
「あ、ひょっとして旦那って俺の事嫌い? ねぇそうなんでしょ?」
「嫌いになるほどお前の事を知ったつもりはない」
地上で助け、森の中に隠れさせていた亜人の中の1人。確かにこの男の言う通り、トリップしかけていた男の意識を戻すために頭を殴ったなと、彼はようやく思い出したのだった。
「んじゃ、もっと俺の事を知ってもらわないとな。あの時は名乗れなかったし、改めて自己紹介するとしよう。
俺の名はイヅツ・カー。皆からはカー坊って呼ばれてんだけど、まぁ好きに呼んでくれよ、旦那」
「そうか、分かった」
「おう! …………って待てーい!!」
短く返事を返し、さぁ移動をと足を動かそうとしてまたしても男に阻まれた。
「軽い! 感動の再会なんだからもっとこう、あるだろ!?」
「同じ事を言わせるな。感動するほどお前の事を知ったつもりはない。こちらは急いでいる身だ。
要件があるなら早く言え。さもなくば障害と判断してあの時よりも強く殴りつける」
きつくきつく固めた拳を見せつければイヅツは頭を押さえながら数歩後ずさる。
「わかった! わかったって! ったく恐ろしい旦那だぜ。まぁウルカちゃんのが手は早いけど」
「ウルカちゃん?」
「あー! 今のは秘密な! その呼び方すると蹴り殺されそうになるから!
それより旦那! 何かしてほしい事とかないか? 困ってる事とか、必要な物とかさ!」
今絶賛困っている最中の彼には気付きもしないらしい。
そこはかとなく誤魔化された感は否めないものの、イヅツの言葉に彼が小さく考え込む。
してほしい事は無い。ただ必要な物はあった。今一度血濡れの己の体を見下ろし、それからイヅツの方へと視線を向ける。
「では一つ頼もう」
「おっ! なんだよなんだよ! 何でも言ってくれ!」
「体を拭きたい。手頃な物があれば持ってきてくれ」
「お安い御用! 何なら俺が拭いてやるぜ?」
『真意不明。不用意な接触は避けてください』
「だ、そうだ」
「おー! 今の声ってあの時に聞こえた声だよな!? しかも女性だ! 綺麗な声してんだなー。もしかして旦那の中に……あ、いやそれだと旦那はどこに? んー? なぁなぁ教えてくれよ旦那わぁぁぁぁ!! ごめん! ごめんて!」
「さっさと行け」
「ひえぇぇ!!」
油断すれば直ぐにペチャクチャと喋り始める。いい加減ウンザリしてきた彼が拳を振り上げると、イヅツは逃げるようにして離れていった。
そんな2人のやり取りを遠目に見ていた亜人達が、彼に対する警戒心を少しだけ和らげる。おかしそうに笑う亜人達も何人か見受けられた。
当の本人はその事実に気付かないまま小さくため息を吐き、イヅツが戻ってくるまで待機し続けるのだった。
――……。
「疲労も限界じゃな。野宿とするかの」
あれから馬車は動き始め暫く進んだ後、川辺まで辿り着いた亜人一行。そんなミヤの一言で、ここまで歩き続けだった男達は一気に脱力。
その場にへたりこんで寝ようとする者達まで現れた。
「ほれ、もう少しだけ頑張らんか。火を起こして、少しでも飯を食ってから寝るんじゃ」
「は〜い……」
今にも寝入りそうな男達に言葉を投げかけるミヤ。情けない声を上げながらも体を起こし、テキパキと野宿の準備を済ませていく男達の姿は流石と言うべきだろう。伊達に自然の中で生きてきた訳ではないらしい。
次にミヤが目を向けたのは、ここまで一時も警戒を怠らなかった獣人の2人。
ウルカは自慢の身のこなしで近くにあった岩場を軽々と登り、その場へどっかりと座り込んで既に警戒態勢。どんな異音も聞き逃すまいと頭の上に生えている耳をそばだたせている。
エルディオは女性の亜人達と共に馬車内から食料を引っ張り出し、調理器具片手に何とも慣れた手つきで次々と下処理を済ませていく。
心無しかエルディオを囲む若い女性達の頬が赤く色付いているのは、きっと気のせいではない。
「……」
そして最後にミヤが目を向けたのは――。
「いやぁこの油よく落ちるっしょー? 旦那の手の届かない所までピッカピカになったぜ! 特にこの隙間とか小さいゴミが溜まったりしてたけどこの通り!
あー! そうだ! 次は足の裏とかどうだ!? 見えない部分も綺麗にしてこそ! だろ旦那!」
「……」
イヅツに絡まれ……もとい、完全に懐かれている彼の姿。機械の体故に表情などまず無い筈の彼の顔に浮かぶウンザリ顔。これにはミヤも口元をひくつかせてしまった。
体を拭く為の布を持って帰ってきたイヅツからそれを受け取り、いざ体を拭き始めたまではよかった。
しかし、やはり自身の手が届かない場所までは拭き取れず、やむを得ずイヅツに助力を申し出た結果こんな事になってしまったのである。
気を許してくれたのだと勘違いしたイヅツのトークは留まることを知らず。相手をするのが面倒になり、無視を続ける彼に対しても一方的に話し続ける時間が、合流してからここまでの間ずっと続けられていた。
これは彼でなくとも嫌になる。確実に女性ウケの悪い男の例がそこにはあった。
「これカー坊。その辺にしておかぬか」
「……!」
「(ぬぉっ、よほど鬱陶しい思いをしていたのじゃな。感謝の念が痛い程に伝わってきおる)」
見てられなくなったミヤが出した助け舟。これには彼も無表情ながらキラキラとした眼差しでミヤを見つめ返していた。
イヅツ、恐ろしい男である。これまでの道のりで彼が一番厄介だと感じた存在は誰か? と問われれば、おそらく彼は迷いなくこの男を名指しするであろう。
「えー! でもよぉミヤ様、旦那にはまだ感謝し切れてないっていうか……」
「感謝というのは押し付けるものではない。
心配せんでも、此奴には十分過ぎる程お主の感謝の気持ちは伝わっておるよ。そうじゃろう?」
「ああ、これ以上無い程な。この手を出さないようにするので精一杯だ」
『正直に言うならば、これ以上の接触は敵とみなし排除を推奨しようとしていた所です』
「まぁたまた〜! 旦那も姐さんも冗談キッついんだから〜」
「『はぁ……』」
ため息を吐いた。彼だけならまだしもゼロまでもが、深いため息を吐いた。
後に彼は語る。イヅツ・カー……彼の中でウェアウルフよりも厄介度が勝った唯一の亜人であると。
「カー坊、此奴の世話はもうよい。お主も他を手伝ってこんか」
「何言ってんだよミヤ様! 俺は旦那専属――」
「胴体に風穴を空けられたくなければさっさと行け、イヅツ・カー」
「すんませんでしたぁぁぁぁ!!」
いつの間にやら展開したハンドガンをイヅツの腹へゴリっと押し付ければ、危機を察したイヅツはチンピラよろしく風のように去っていった。
確証というものは無い。しかし何故か、イヅツはこの場にいるどの亜人よりも長生きしそうだ。
「やれやれ、このような状況でも彼奴は変わらんのう。もう少し落ち着きというものを持てんものか」
「奴は普段からあんな感じなのか?」
「じゃな。子供の頃から騒がしい小僧じゃよ」
「最悪だな」
「カカカっ! 気に入られてしまったが運の尽きよ!
……まぁ、沈んでおるよりはマシじゃろうて。カー坊のような存在は1人くらい居る方がよい。そうは思わんか?」
「理解出来ん」
『同意します』
「お主もお主で、もう少し柔軟性を身につけるべきじゃな。特に頭の、じゃ」
「ふむ……そういうものか」
「うむ! さて、儂も皆を手伝うとしよう。お主はどうする?」
「見張りだ。ウルカは正面、私は来た道を監視しておくとしよう。お前達は今のうちにゆっくりと休んでおくといい。
日が昇れば、また長い道のりとなる」
「そう、じゃな……。うむ、そうしよう。
じゃが休む前に、まずは話をせねばならん」
そう言うと、ミヤが隣に立つ彼の顔を見上げる。柔らかだった表情は真剣なものへと変わり、それに応えるように彼もまたミヤを見つめ返す。
「腹を満たした後で構わぬ。中途半端になっていた話の続きをしようではないか。聞かせてもらうぞ、お主の事を。
そして儂からも話そう。お主が聞きたい事、知りたい事。儂が知り得る限りの情報全てじゃ。それらを儂からの感謝の気持ちとしたい」
感想等お待ちしております。




