そして知る 彼の名を
パチリ、パチリ。たき火の弾ける音が小さく響く。
肌寒い夜の中、大半の亜人が疲労によりダウン。腹を満たして直ぐに深い眠りについた。
静寂の中で腰を下ろして小さなたき火を囲む亜人4名、獣人2名、そして異形が1体。誰1人として声を発することもないまま、ただひたすらにユラユラと揺らめくたき火を見つめていた。
やがて、たき火が一際大きく弾けると、その中の1人であるミヤがようやく視線を上げた。
口元に浮かぶのは寂しさを孕んだ小さな笑み。
「激動の1日じゃったな……漸く落ち着けた気分じゃ」
誰に言うでもなくポツリと呟くミヤに、数人が無言で頷いて返した。
「皆、腹は膨れたかの?」
「おう! 食えるだけ食っだばっ!?」
「声がデカいんだよイヅツ。蹴られたいのか?」
「蹴る前に言えよ姉貴……」
大人も子供も寝入っているというのに、空気も読まず馬鹿でかい声を上げたイヅツの側頭部へと吸い込まれたウルカの蹴り。これは痛い。
「あの、ガラハさん。今日は流石に休まれた方が……」
「そう年寄り扱いするでないわいナガレ。見るに何やら面白そうな話が聞けそうじゃ。見逃す手はあるまい?」
「しかしですね」
「構わんよナガレ。ガラハは博識じゃ、むしろ居てくれた方がよい」
「ミヤ様がそう仰るなら……」
「ほっほっほっ、ナガレは確実にミヤ様の尻に敷かれる事になるのぅ」
「なっ! お、俺とミヤ様は別にそんな!」
「何じゃ? 儂では不満か? ナガレ」
「ミヤ様までからかわないでくださいっ」
「カカカっ」
それぞれが束の間の休息を満喫している。
笑い合い、小突き合い、まるで存在を確かめ合うように。
「……」
そんな中でも唯一彼だけが、一瞬たりともミヤから視線を外さずに黙っていた。
あの時ミヤ達と別れた後、彼は見張りに向かう道すがらエルディオから食料を分けてもらい、ゼロに言われるままにそれを摂取。
咀嚼も何もあったものではなく、口に放り入れた果物を丸呑みする姿は、たまたまそれを見ていた亜人を心底驚かせた程だ。
無論その行動の目的はエネルギーの補給にある。もうすぐ40%を切ろうとしていたエネルギーは、ゼロの言う通り食事をする事で微量ながら回復している。
現在のエネルギー量は51% 本来であれば56%まではある筈だったのだが、件の自己修復が機能した事により5%のマイナス。しかしその分、ウェアウルフに付けられた傷は綺麗さっぱりと消えていた。
「む? ……おほんっ」
やがて正面に座る彼の視線に気が付いたミヤが小さく咳払いをすると、イヅツ以外の全員が何かを察し姿勢を正して座り直す。
「話の前に、全ての亜人達を代表して改めて礼を言わせてもらおう。
儂等を救ってくれた事、そして此処まで守り抜いてくれた事、心より感謝する。お主が居なければ、儂等は今頃物言わぬ骸となっていた事じゃろう……ありがとう」
「っ! 俺からも感謝します! 皆を、そしてミヤ様を助けてくれた恩、決して忘れません!」
亜人の長であるミヤが深々と頭を下げた。
必要と判断すれば頭なんぞいくらでも垂れよう。場を乗り切る為、交渉を円滑に進める為、理由なんて様々だ。
しかし今は、今この瞬間だけは、ミヤは心の底から彼への感謝を示した。
ナガレもまた慌てて頭を下げる。勢い余って地面に頭を激突させているのは加減を知らぬが故か、それとも不器用なだけか。
「何度も言っている。お前達を守護するのが私の役目だ。礼はいらない」
「あ、俺も感謝してるぜ旦那――」
「お前は黙っていろ話せなくなる」
「やっぱ俺の扱い酷くない!?」
思い出したように声を上げるイヅツを一刀のもとに切り伏せる。薄情か? いいや、喋らすと止まらないのはこの短期間でよく理解した故の判断だ。彼の対応は間違っていない。
「先程も言うた通り、ここで情報交換といこう。お主の事、お主が聞きたい事。それに非常時じゃった為にまだウルカ達からも旅の報告を聞いておらんしの」
「ん、そういえばそうだったな。すっかり忘れていた」
「はぁ……これだから姉貴は。まぁ俺達の報告は一番最後でいいぜ。とびきりの情報があるからな。最後のお楽しみってやつだ」
「ほほう? 期待してもよいのか? エルディオよ」
「ああ、下手すりゃ現状を変えかねない有力情報だぜミヤちゃん」
「大収穫という訳じゃな」
エルディオの表情は得意気だ。その自信に満ちた表情からは確信めいた何かを感じさせる。
彼もまたエルディオの表情から何かを読み取り、小さく考え込んだ。ミヤ達にとっての有力情報、それ即ち自分にとっての有力情報となり得るか、と。
「さて、お主よ」
「……」
「? おーい、お主よ聞いておるか?」
「ん? 私か?」
「他に誰がおる」
「ふむ、すまなかった」
数度呼びかけられてようやく彼がミヤの方へ意識を向ける。お主とは彼以外の者相手でも通用する呼び方だからこその反応の遅れだった。
そんな一連のやり取りを横目で見ていたウルカがため息をひとつ。
「なぁ、ずっと気にはしていたんだが、結局貴様の事はどう呼べばいい?」
何気ない疑問。この場にいる誰もが心の中では考えていた事を、ウルカが口走る。彼以外がハッとなる中、意外にも次に声を上げたのはイヅツだった。
「そういや旦那、俺を助けてくれた時に言ってたよな? 名は無いって」
「名前が無い? 銃骨格が名前って訳じゃないのか?」
「厳密には違う。どうやら銃骨格とは私ではなく、この体そのものを指した呼び名らしいからな」
「どうやらとからしいとか、自分の体だろう? 何故貴様自身が理解しきれていないんだ」
「……私には記憶が無い。知ろうとしてゼロに聞いたところで、コイツは詳しく話そうとしなくてな」
『必要が無いので当然かと』
「という具合だ」
「チッ、気に入らない。いいか? ゼロとやら。今この世界で私達の立場ってものは最底辺に位置すると言っていい。何をするにも人間共からコソコソ隠れてしなきゃならない。
特にミヤ達亜人は力ある獣人と違ってただ生きるだけで精一杯の状況だ。そんな立場であるミヤ達にとって、あらゆる情報が生きる為の武器になる。
その情報を無意味に隠そうとするなら貴様も敵と認識せざるを得ないが?」
『構いません。貴女達が敵に回ったところで脅威足り得ませんので』
相変わらず味方なのか敵なのか曖昧なゼロの態度。情報をひた隠しするには何かしらの理由あっての事だと簡単に想像はできる。
しかし、この状況下で何も話そうとしないのは些か勝手が過ぎるというもの。
ゼロの物言いにカチンと来たウルカが今にも飛びかからんと髪の毛を逆立たせるが、それを制したのはミヤだった。
「やめよウルカ」
「出来ない相談だ。コイツはともかくゼロとやらは信用できん」
「それでも堪えよ。儂等が救われたのは事実なのじゃ。恩人に対する狼藉はこの儂が許さん」
つい数時間前に吐瀉物を撒き散らしていた少女のものとは思えない力強い瞳。その殺気を抑えてサッサと座れと言外に言われたウルカは、納得はしないまでも大人しくそれに従った。
「ゼロ、お主の知る情報の開示はあくまでもお主の判断に任せる。それでよいかの?」
『そのつもりです』
「うむ。さて、結局のところお主の呼び名をどうするかじゃが、記憶が無いのではなぁ……何か思い当たる物はないのか?」
「ふむ、少し待て」
正直に言えば呼び名などどうでもいいものだ。彼と分かるなら特別な名前も必要はない。
しかし今回のように直ぐに自分を呼ぶものだと気付けない時があるのは致命的でもある。こうしてのんびり出来ている場面ならばともかく、戦闘時、或いは急を要する時、即座に反応できないのは大きな隙になり得るだろう。
ミヤの言うように呼び名さえあればそういった隙は潰せる。
しかし彼には記憶が無い。呼び名と言われても困るし、新しく考えるのも面倒ではある。特に今は一刻も早く情報を得たい彼からしてみれば、率先して後回しにすべき事項。
ならばと彼が銃骨格内に記録されているデータを視覚情報へと反映。今自分が知る事の出来る範囲のデータの数々が視界いっぱいに映し出され、その一つ一つに目を走らせていく。
不思議と、こうして自らの意思で銃骨格のデータを引っ張り出せている事を疑問に思わないまま、彼の意識はとあるデータに釘付けになった。
「(銃骨格纏雷 搭乗者詳細……他のデータは目立った損傷も無いが、何故この項目だけがこうまで破損している?)」
銃骨格纏雷搭乗者詳細。
読んで字のごとく、銃骨格に搭乗している者についての情報が書かれているのだろうという事は容易に理解出来た。そして恐らく、これは自分を指しているであろう事も。
ゼロも彼の事を搭乗者と呼んでいたことから、それは間違いない。
問題は、その搭乗者についてのデータがまるで狙いすまされたかのように不自然に破損している事実。
訳の分からない文字列から始まり、至る所に文字化け。虫食いのようになっている部分もかなりあった。
とてもではないが情報など得られそうもない。しかし――。
「(ん?)」
それだけ破損したデータの中にも気になる物は残っていた。
搭乗者名と書かれた項目の下に、一つだけハッキリと刻まれた文字の羅列。自分でも分からない妙な感覚に見舞われた彼の視線は、その文字に吸い寄せられる。
搭乗者名
Akishima
「……」
「どうしたのじゃ?」
「……あぁ」
ミヤの言葉にも生返事で返す。彼の視線は未だにAkishimaという文字から外れない、外せない。
自分の名前。記憶の無い自分に残された数少ない情報。Akishima……アキシマ。
これが、私の――。
「旦那っ」
「……!」
背中に走る小さな衝撃。静かに沈みかけていた意識が一気に引き上げられ、彼が隣へ視線を向ける。
どうやら衝撃の正体は、いつの間にか隣まで来ていたイヅツが背中を強かに叩いた物だったようだ。
「あー、と悪い。なんか様子がおかしかったからよ、つい」
「……」
「ひえっ! ……あり?」
心配そうな面持ちをしていたイヅツを一瞥した後、彼が徐に右手を上げる。
また拳骨が飛んでくる! そんな警戒をしながら防御姿勢を取るが、拳骨とは程遠い優しい手のひらがイヅツの肩に置かれた。
「感謝する、イヅツ・カー」
「へ? あ、ああ、どういたし、まして……?」
イヅツにとってはそう特別な行動ではなかったのかもしれない。しかし彼の背中を叩いた行動は、底の見えない闇に落ちていきそうになる彼の意識を繋ぎ止めてくれた。
鬱陶しいと思っていたイヅツのお節介に、まさかこんな形で救われるとは……彼の中で少しだけだがイヅツの株が上がった瞬間である。
「ミヤ・シャーリウス」
「む?」
「アキシマだ」
唐突に告げられた言葉。キョトンとする皆を前に彼……いや、アキシマだけが力強く前を見つめる。
「私の名はアキシマ。好きに呼ぶといい。
さぁ、聞かせてもらうぞミヤ・シャーリウス。お前の持つ情報の全てをな」
銃骨格の赤い双眸が一際強く瞬いた。
――……。
「ありえないっ!!!!」
「アリス?」
目の前で起こった事象。あってはならない出来事を前に、女神アリスは椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
瞳孔は開き、悔しげに歯を食いしばる姿は、まるで怨敵を目の前にした復讐者のようだ。
ロアが宥めようと手を伸ばすが、あまりにも鬼気迫る迫力にその手が彼女に届くことはなく。
ありえない……その言葉の意味とは。
「何かおかしな事でも?」
「っ、名前よ」
「名前? もしかして、彼が名乗った名前かい? 」
「それ以外に何があるってのよ。ああくそったれがぁっ! どうして、どうしてその名前が残ってるの!!? 調整が甘かったとはいえ、目に付く情報は全て破壊して上書きしたのに! 何で?!!
くそっ、くそくそくそっ!! あの時なにかしたのか!? あの短時間で私の力が及ばない何かを!? 人間ごときが!? そんな筈はない!」
何度も何度も頭の中で過去を振り返る。その度にアリスは否定した。自分にミスは無い。少なくとも自分の思惑の障害となる銃骨格内のデータは消去した筈だと。
もちろんそこには彼の素性も含まれていた。
「まさか、銃骨格の自己修復……? 違う! もっとよく考えなさいアリス! 自己修復はあくまでも外傷を癒す機能! それは私も確認した!
じゃあ何故!? ……っ! ゼロ! 出てきなさいゼロ!!!!」
両手で頭を抱えながらグルグルと思考を巡らせるも答えは出てこない。ならばと、アキシマと行動を共にしているゼロを呼び出すべくアリスが叫んだ。
程なくして聞こえてきたのはゼロの平坦な声。
『はい、アリス様』
「どういう事!? 何故あの人間のデータが残っているの!? お前なら何か知っている筈でしょう!?」
『申し訳ありません。こちらでも調べましたが原因は不明です』
「嘘をつくなっ!!!!!」
『嘘ではありません。私がアリス様に対して嘘をつけないのは、アリス様自身がよく理解している筈です。
そうなるように調整したのは他でもない、アリス様ですから』
「癪に障る物言いを! 人間の作った機械如きがクソ生意気にほざいてんじゃないわよっ!!」
「アリス、少し落ち着くんだ」
「はぁ……! はぁ……! ああくっそがぁぁっ!!!」
息を乱すアリスが膝を折り、へたり込んだ瞬間。大きく頭を振りかぶって床に額を打ち付けた。
銃骨格の拳に勝るとも劣らない衝撃。パックリと割れた額から血を流すアリスがゆっくりと頭を上げれば、幾分か落ち着きを取り戻した表情がそこにはあった。
幸いにも、今の行動で爆発寸前だった熱が逃げてくれたようだ。
「……ゼロ」
『はい』
「何か異常を見つけたら直ぐに報告しなさい」
『了解しました』
「それとロア」
「何かな?」
「少し、休むわ」
ポツリと呟くアリスに少しだけ驚きの表情を浮かべる。それでも直ぐに優しげな物へと戻り、ロアは小さく頷く事で了承の意を示した。
アリスが立ち上がり、フラフラとした足取りで闇の中へと消えていく。まるで幽鬼だな、などと密かに思うロア。
「という訳で、少しの間アリスと交代だ。よろしく頼むよゼロ。
あぁ、そういえば君には自己紹介をしていなかったよね? 僕はロア。アリスとは古い付き合いの友人で――」
『興味はありません。任務に戻ります』
バッサリであった。
そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、ゼロの声は途絶える。
「……アリスに似て気難しいね」
ここまで書いてきて、ようやく主人公の名前が登場しました。
感想等お待ちしております。




