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1.魔女のいたずら

 数日後――当面の問題を片付けたセラフィーナは、裏手の川に足を向けていた。

 まだ厳しさの残る日差しの中、さらさらと流れる清涼な川の音は心地よい。

 いつもの露出の高い、チューブトップとスリットパンツ姿の彼女は、自作の釣竿を手に、白い筋の中に浮かぶ水鳥の羽根をじっと見つめ続けている。


「あー、やっぱ川釣りはいいわね。餌の調達も楽だし」


 川底の石を持ち上げ、底に張り付いた川虫を餌に糸を垂らせば、様々な魚が食いついてくる。バケツの中はオイカワやカワムツと言った細長い小魚ばかりであるが、どれが何の魚かと区別するのか面倒なので、まとめてフライにするつもりでいるようだ。


 釣りすぎると腐らせるだけなので、必要な分だけ釣り終えるともうやる事がない。

 竿を片付けるや、彼女は着ているものを全て脱ぎ始め、あられもない姿でざばざばと冷たい川の中に足を進めてゆく。

 肌や髪の色、出る場所も性格も全て真逆な妹であるが、後ろ髪を纏めている髪留め外し、ほどけ髪がはらりと揺れる姿は、姉・ミラリアを彷彿とさせる顔立ちであった。

 川の水で身体を洗い、一気に身体を沈めたかと思えば、ぱしゃりっと川魚のように銀色の髪を跳ねさせる――それは一見、森の精霊かと見まごうほど幻想的な姿であった。


「はぁー……川の水は冷たいけど、やっぱり気持ちいいわねぇ」


 迫る来る脅威は全て去った事への解放感が、彼女の行動を大胆にさせているようだ。

 ひとしきり川遊びを堪能したセラフィーナは、日当たりの良い岩の上に登り、真っ裸のまま長い髪を絞った。

 夏に比べれば弱いものの、冷えた身体を温めるには十分な日差しである。だが、あと数週間もすれば、この様な事はできなくなると思うと、少し物寂しさも感じられる。


(ま、秋には秋の、冬には冬の楽しみ方があるしね。

 事後処理はあの縦ロールがやってくれてるけど、何も無いってのも暇ね……)


 国側の事後処理は大変らしい。“灰の魔女”の存在は伏せられ、国王もすら秘密……それを知るのは、王妃・王子・王女の三人だけである。

 そのため、魔女の存在を知った経緯から全て辻褄を合わせねばならない。

 これは、テロールの配慮によるもので、表沙汰にすれば興味本位で近寄ろうとする者が現れたり、“黒い魔女”の関係者による報復を懸念したからだ。

 そのため、この周囲一帯は事実上、“魔女の私有地”となっている。


「――で、そこの人。

 そんな所でコソコソ覗いてないで、見たければ見せてあげるわよ?」


 セラフィーナは誰ともなしにそう口にすると、ある方向に身体を向け膝を立てる。

 すると突然――その先の茂みが、ガサッ……と揺れたかと思うと、男が慌てて飛び出してきた。

 背が高く、整った顔立ちの男だった。切り揃えられた黒髪をポリポリと掻きながら、ばつの悪そうな表情をしている。


「あら、素直ね。それほど溜まってるのかしら?」

「ち、違うっ! その、覗くわけではなかったのだが、声をかけるタイミングを失ってしまって……」

「ふぅん、それにしては結構長くタイミングを窺ってたわね。

 まぁそう言う事にしておいてあげるけど……覗きじゃなかったら、王子サマが魔女に何の御用かしら?」

「な!? わ、私は別にそのような――」


 セラフィーナは、その男がレゴン国の王子・エリックと見破っていた。

 変装しているのにどうして、と身体のあちこちを確認しているが、その腰に下げた立派な剣が原因だと言う事に気づいていないようだ。

 慌てて身体中をパンパンと触るエリックの姿に、セラフィーナは思わず吹き出してしまった。


「ぷっ……あっはははっ! ま、その内気づくわよ」

「む、むう……。バレていては隠す必要もないか。

 確かに私は、このレゴン国ランダルの子――〔エリック・ユリス・レゴン〕と申します。

 妹が世話になったようで、その礼を言いにこちらに伺わせてもらいました」

「そ、ご丁寧な挨拶をどうも。

 既に話は聞いていると思うけど、私は“灰の魔女”の〔セラフィーナ・クラフト〕よ」

「う、うむ……」


 エリックは目を下に、地面を見ながら返事をした。

 目を上げれば、秘所を見せつけるように座っている女がいる――彼はずっと目のやり場に困っていた。


「別に見てくれてもいいわよ。その先は、料金イタダイちゃうけどね」

「な……わ、私を誘惑しないでくれ!

 私には……ソフィア王女と言う婚約者がいるのだ……!」

「あら、おカタいのね。

 王族や貴族の子は、間違いを犯さないよう高級娼婦で発散すると言うのに」

「わ、私はっ――」

「ふふっ、あちこちガチガチに硬くしながら反論しても、説得力ないわよ」

「はっ――!?」


 エリックは思わずそこを隠し、顔を赤くしながら腰を引いた。

 王子形無しである。いくら誠実で聡明と賞されている者であっても、セラフィーナの前では、ただの“男”となってしまうようだ。

 妖しげに微笑む魔女に翻弄されっぱなしのエリックは、その心が奪われまいと別の話題を振ろうとしていた。


「その、何だ……我が妹、テロールは、そなたの姉上にも世話になったと聞く」

「ああ、そう言えば色々やってたわね。

 別にこっちも王子サマ……いや、王女サマのツレに()()になったからいいわよ」

「ん、んんっ? ま、まぁ……キチンと礼を言いたいので、そなたらの館に向かいたいのだが……この先でいいのか?」


 明後日の方向を指差したエリックに、セラフィーナは怪訝な目を向けた。

 この川は城館の先――城の方向から来れば、城館を通過しているはずなのである。

 指差している方向はシスターズの町の方角に、彼女はある事が頭に浮かんだ。


「アンタって……もしかして方向音痴なの?」

「ち、違うっ! テロールもよくそう言うが、私は断じてそのような事はない!

 ()()()()行きすぎたり、()()()()向かう方角を間違うだけだっ!」

「それを方向音痴って言うのよ……ま、私も帰る所だったし一緒に行ってあげるわ」


 セラフィーナは呆れたため息を吐きながら、脱ぎ捨てた服の下に向かい始めた。

 当人は気づいていないだろうが、彼女はその背……下の丸みを帯びた尻に視線を感じている。

 チラりと見るのではなく、凝視(ガン )している――それにセラフィーナは悪戯な表情を浮かべた。


「――よっ! あれ、上手く取れないわねー」

「――なッ!?」


 立ったまま服を取ろうと、突き出された腰……開かれた股からチラりと覗く秘所に、エリックは思わず声を挙げてしまった。

 慌てて取り繕ったものの、さらさらと流れる川の音に混じり、ごくり……と生唾を呑む音が混じっている。

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