家出少女
「入って」
4階建てのマンション。その2階の202号室のドアを開ける。
「お、お邪魔します……」
背負ったギターケースがドアに当たらないよう気をつけながら入るハスキーちゃん。
玄関から続く短い廊下の左手にはキッチンと冷蔵庫があり、その奥が洋室になっている。
間取りは1K。一人暮らしするには全然広い。私はあまり物を置かないから特にそう感じる。
洋室には24インチのテレビ、シングルサイズのベッド、長方形のローテーブルしか置いてない。
「そのギターケース適当に置いてて良いよ」
「わ、分かりました」
ハスキーちゃんは小さい体で大きなギターケースを持ち上げて、ケースよりも床を傷つけないようにそっと寝かして置いた。
私はコンビニの袋からサンドイッチと冷やし蕎麦を取り出して、それを目の前のローテーブルの上に並べた。
ハスキーちゃんも晩御飯まだだったから、帰り道にコンビニに寄ったけど、遠慮してかずっと悩んでいたので、私と同じものにした。
「これ」
ハスキーちゃんにコンビニで貰った箸を渡す。
「ありがとうございますっ」
箸を受け取る手が少し震えていた。
「お茶持ってくるね」
私はキッチンの下のドアから透明のガラスコップを2個取り出して、氷を入れ、麦茶を注いだ。それを持ってハスキーちゃんのもとへ戻る。
「どうぞ」
「ありがとうございますっ」
コップを受け取る手が震えてる。
「緊張しなくていいよ」
思わず言ってしまった。
言わないようにしてたけど、あまりにも肩に力が入ってるから。まるで誘拐されて怯えてるみたい。
「す、すみません、まさか今日初めて会った人にこんなに優しくされるなんて思わなくて……」
ハスキーちゃんの顔が引き攣ってる。
優しくしてるつもりはない。今晩泊まる場所がなくて、晩御飯を買うお金もなくて、その困り事に対応してるだけ。
もしかして、後でお金請求されるとか、それに見合う対価を要求されるとか思ってるのかな。
「自分の家だと思って寛いでて良いよ」
「お姉さん優し過ぎます……」
ハスキーちゃんの目が潤んでいた。
何で泣きそうになってるのかよくわからない。
いや、わからなくて当たり前だ。
私はハスキーちゃんじゃない。ハスキーちゃんがどんな人生を歩んできたかなんて知らないから、共感できないのは当たり前。
でも、ここで泣かれたら困るのは私。
どう対応していいのかわからない。
「ハスキーちゃんは、今いくつ?」
「じゅ、18です」
「高校生じゃないよね?」
「高校は卒業してます」
「じゃあ大学生?」
「いや、その……フリーターです……」
「そうなんだ。家は? 住むとこないの?」
「えっと……あるにはあるんですけど……」
言いたくないのか、言葉に詰まるハスキーちゃん。
「言いたくなかったら無理して言わなくて良いよ」
「い、言いたくないわけではなくてですね……家出してまして……それをオブラートに包みたくて言葉を考えてたんです……」
ハスキーちゃんは恥ずかしそうに下を向く。
「情けないですよね……18にもなって家出なんて……」
「どうして家出したの? 言いたくなかったら言わなくていいけど」
「歌手になりたい夢がありまして、でも、親からは反対されてて、それで喧嘩しちゃって……」
「心配してるんじゃない?」
「その、家出と言いましても、飛び出してきたわけではなくて、親には家を出ることは言ってて、でも、仲直りしてないので戻りづらくて……」
「そうなんだ」
一応親に言ってるなら私から連絡する必要はなさそうだな。
「とりあえず食べよ」
「あ、はい。ありがたくいただきます」
いただきます、とお互いに手を合わせて食べ始める。




