出会い
「これ試着してみたいんですけど」
「大丈夫ですよ、試着室にご案内致しますね」
「すみません、これの新品ってあります?」
「ありますよ、持ってきますね」
「あのー、これの青色が欲しいんですけど、あります?」
「在庫確認して参りますので少々お待ちください」
「あ、駒田さん! 忙しいところすみません、SNS用の写真を撮りたくて、手が空いた時でいいので手伝って欲しいです」
「うん、わかった。とりあえずそろそろお昼だから昼休憩行ってきて良いよ」
「わかりました! すみません先行ってきます」
「はーい」
「お客様お待たせしました、青色ありました。こちらでよろしかったでしょうか?」
「はい、それで大丈夫です」
「ありがとうございます」
別に忙しいわけじゃない。
ただ、今SNSの写真撮る時間あるか? とか、品出ししとけよ、とかは思う。
思うけど、顔には出さない。注意することもない。私がやればいいだけだから。
13時にお昼に行かせた子が戻ってきたので、SNSにアップする用の写真を撮ってあげた。
「駒田さんの撮り方好きなんです! ありがとうございます!」
「普通に撮っただけだけどね。私お昼行ってくるね。今落ち着いてるから何もないと思うけど、何かあったら鎌内さんか渡辺さんにお願いね」
「あぁ、わかりました……」
富山さんの顔が少し暗くなった。
鎌内さんと渡辺さんはちょっと意地悪なところがあるからね。特に富山さんに対してはあたりがきつい。
まぁ、富山さん少し空気読めないところあるからね。それに、新卒で入ってまだ一年目。可愛いから男性スタッフにチヤホヤされてる部分があって、それを面白くないと思ってるスタッフは何人かいる。
正直、チヤホヤされてても、あっそ、って感じなんだよね。富山さんは自分に自信があって、それを武器にしてるだけ。
ただちょっと空気読めないのは直した方がいいと思う。よく周りのスタッフをピリつかせてるから。
「あの、駒田さんでも良いですか?」
まぁそうなるよね。
仕方ない。
「いいよ。困ったら呼んで。インカム付けてるから、それか電話して」
インカムだと鎌内さんも渡辺さんも聞いてるからね。何で私に言わないの? とか文句言ってきそう。
富山さんはわかりやすく目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「まぁ、そうそう困ったことなんて起きないから大丈夫。手が空いてたら品出ししといてね」
「わかりました!」
なんかちょっと心配だなぁ。
でも、お昼は行かないといけないし。
私はお店を後にして、屋上の駐車場に向かった。
車の中でプロテインバーを食べて、スマホを弄る。
少し仮眠したい気持ちはあるけど、万が一に富山さんから助けて電話がかかってきたらいけないので仮眠はできない。
30分ほど猫や犬の癒し動画を見て過ごした。
それから車を出て、二階のペットショップに向かう。
最近、ペットを飼いたい欲が出てきた仕方がない。
26になってまだ独身生活。
彼氏もいなければ、好きな人すらいない。
でもそろそろ寂しくなってきたから、ペット飼って紛らわそうかと。
犬と猫なら、私は犬派。もっと言うと、ハスキーが大好き。
昔実家で飼ってたから、その影響が強い。
どれもそこそこ良い値段するけど、買えないことはない。独身生活なんてそんなにお金使うことないから貯まるばかりだし。
問題は、今住んでるマンションがペット不可なこと。
飼うとなるとペット可のところに引っ越さなければならない。
スマホで時刻を確認すると、そろそろ戻らないといけない時間になってた。
それからお店に戻って、閉店まで通常業務をこなした。
「富山さん、そこ掃除したら上がっていいよ」
「あ、はい!」
床掃除を終えた富山さんがレジの集計をしてる私に「お疲れ様でした!」と元気にそう言って帰って行った。
ちなみに鎌内さんと渡辺さんの二人はアルバイトなので先に上がってもらってる。
「おつかれー、また明日もよろしくね」
「はい!」
その30分後くらいに、私も帰宅する。
外に出ると空はすっかり真っ暗で、月と星が輝いていた。
今日はコンビニ弁当で済ませよう。
自炊はほぼ毎日してるけど、週に一回くらいはサボってる。
コンビニに寄ってサンドイッチと冷やし蕎麦を買った。何となく目についたからそれにしただけで、特に深い意味はない。
交差点を渡って真っ直ぐ歩くと、駅の広場に着く。
そこで毎日路上ライブしてる女の子がいる。
別に興味があるわけじゃないけど、帰りに毎日通る場所で毎日見かけるから、頑張ってるなぁ、って思ってるだけ。
まだ若い。恐らく10代。黒髪のセミロングに、白シャツに短パン姿でギターを持って弾き語りしてる。
聞いたことない歌。たぶんオリジナル曲だと思う。
立てかけられたギターケースにQRコードが貼ってある。あれを読み取ったらあの子のSNSとかに飛ぶんだろう。
誰も彼女の前で足を止めない。チラチラ見る人はいるけど、足を止めるまでには至らない。
個人的にはいい歌詞だと思うけど……私の感性だからね、当てにはならない。
ふと、歌ってる女の子と目が合って、思わず足を止めてしまった。
女の子が私のことを見つめたまま歌い続ける。まるで私だけに語りかけてるみたいに。
これは、このまま無視は出来なさそうだな。
急いでるわけじゃないから、女の子の前まで歩んで、足を止めた。
「明日に希望を持てる今日でありたかった。あなたに『またね』と言われただけで明日が楽しみで、楽しくて」
うん、良い歌詞だと思う。
ギターケースに貼られたQRコードを読み取ったら、女の子のSNSアカウントに飛んだ。
アカウント名は『戌亥』。
フォロワーは16人。
ツイートのほとんどが路上ライブの告知ばかり。
歌い終わった女の子は私に深々と一礼した。
「ありがとうございました!」
「良い歌だったよ。ありがとう」
「っ! 嬉しいです! 良かったらフォローしてくれると嬉しいです!」
「したよ」
「ありがとうございます!!」
「頑張ってね」
良い子だね。
この辺りはガラの悪い酔っ払いがたまに徘徊してるから絡まれないか少し心配になった。
「あ、あの!」
背を向けて帰ろうとしたら、女の子に呼び止められた。
振り返ったら、女の子はなぜか犬耳のカチューシャをしていた。さっきまでしてなかったのに。
「なに?」
そう聞くと、女の子は捨てられた子犬のような目で口を開く。
「今夜泊めてもらえませんかっ!」
「え……」
「あ、その、無理なら全然……す、すみません、いきなり変なことを……」
不思議とただの犬耳のカチューシャなのに、その犬耳がしょんぼりとしたように見えた。
「良いよ」
「えっ……え、ほ、ほんとに良いんですか!?」
「うん、良いよ」
泊まるところがなくて困ってるなら仕方がない。
「あ、ありがとうございます!! あっ、す、すぐ片づけます!」
「焦らなくて良いよ」
そう言ったけど、女の子は慌ててギターケースを取ろうとして、ガタンッ! と落としてしまう。
落ちたのがケースで良かった。
「お、お待たせしました!」
ギターケースを背負った女の子は、まだ犬耳のカチューシャをしてる。
「行こっか」
「はい!」
ちょうど一人ご飯は寂しいと思ってたところだった……。
「そう言えば、夜は?」
「あ、ま、まだです」
「じゃあコンビニ寄ろっか」
「あ、私そんなにお金なくて……」
「私が出すよ」
「か、必ず百倍にして返します!」
「いや良いよ。気にしないで」
「本当にありがとうございます……」
申し訳なさそうな顔をして、私の少し後ろを歩く女の子。
「あのさ、名前聞いてもいい?」
「あ、すみません名乗ってませんでした。私、戌亥蓮希って言います」
「はすき……」
ハスキー犬と比べると小柄だけど、なんか運命を感じた。
「私は駒田麻衣」
「駒田お姉さん、本当にありがとうございます!」
お姉さんか……言われ慣れてないから違和感がある。
「気にしないで。あなたのこと、ハスキーって呼んで良い?」
「全然大丈夫です! 駒田お姉さんの好きなように呼んでください!」
なんかこの子、ちょっとだけ犬みたい。
犬耳のカチューシャしてるからそう見えるだけかもしれないけど。
まさか今日初めて喋った人を泊めることになるなんて思わなかったな。
断れない性格なのもあるけど、なんか放っておけなかったんだよね。
でも何で犬耳のカチューシャしてるんだろう。




