表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の弟  作者: 白黒猫助
7/7

第七話『窮地と老獪』


俺は気分の悪いまま、その日の夜を迎えた。

理由は単純だ。


こんなメンバーと一緒に、持参した枕とシーツ一枚を敷き、毛布にくるまって寝かされるからだ。


床は硬い。

当然、家にいた頃とは比べ物にならないほど寝心地が悪い。


「はぁ……こんなんじゃ寝れねーよ。俺はフカフカのベッドじゃないと無理なんだよ」


「もう! 文句ばっかり、いい加減にしてください!」


「まあまあ、落ち着くのじゃ……ケンダルも少しは腹を括ってくれ。嫌なのは分かるが」


「うるせぇよ、じじい」


「旅が始まってから喧嘩ばっかりじゃないか……」


「俺はお前らみたいに、ひもじい生活に慣れてねぇんだよ。あいにくな。

 あと、この馬車の領土は半分が俺のスペースな。残りを三人で分けろ」


「何言ってるんですか!?」


「それは横暴すぎじゃよ……」


「自分勝手すぎるよ〜……」


「うるせぇ。言うこと聞かないと――」


思わず「お兄ちゃんにぶっ飛ばしてもらうぞ」と言いかけて、口を噤む。


……ここに追い込まれた恨みと、俺の中に残る自尊心が、兄の名前を出すことを拒んだ。


「とにかく、そうしろ!」


その後もしばらく口論は続き――

最終的に、馬車の配置はこうなった。


奥が俺。

中央が萩野姉妹。

前方がグルブ。


――最悪だ。


それから三日間。

俺は日中はふて寝し、食事の時だけ起きては文句を言いながら、一人で奥に引っ込んで食べる日々を送った。


あいつらとは、ほとんど会話もしない。

せいぜい、グルブが時々話しかけてくるくらいだった。



そんな苦痛な日常の中――

異変は、突如として起こった。


いつも通りガタガタと揺れる馬車。

だが、前方が急に騒がしくなる。


「なんだ……?」


そう思い、俺は前方へ向かった。


様子を覗いた瞬間――理解した。


馬に乗った、柄の悪そうな男たちに囲まれている。

ざっと見て、十人近く。


その中でも一際目立つのが、筋骨隆々の金髪の男。

そして、その隣には対照的に、小柄で痩せ細った男がいた。


「兄ちゃん、女がいますよ」


小柄な男が、にやつきながら言う。


「あぁ……楽しめそうだな……」


低く、粘つくような声だった。


「まずい……噂にはなっていたが、まさか遭遇するとは……あやつら、この辺りで出没している盗賊じゃ」


グルブが、切羽詰まった様子で呟く。


「ひえぇ〜……やべぇじゃねーか……!」


思わず、声が漏れた。


「唯香、結界!」


「はい、お姉ちゃん!」


その瞬間――

馬車を覆うように、透明なドーム状の結界が展開された。


淡く光を反射するそれは、まるで水晶のように美しい。


盗賊たちもざわつく。

驚きの声が上がるが――


「慌てるな! どうせすぐ消える!」


誰かがそう叫ぶと、連中は冷静さを取り戻し、こちらを観察し始めた。


(正直、驚いた……)


この世界でも、魔法の敷居は高い。

魔法学校に通っても、実際に魔法を扱えるようになるのは三割程度。


ましてや、召喚者で魔法を扱えるなんて、聞いたこともない。


……だが。


グルブは驚いていない。

おそらく、最初から把握していたのだろう。


「目算ですが……相手に魔術師はいません。

 英雄の領域に届く者もいないでしょう。魔力切れ以外で、この結界が破られることはありません……が」


「私の魔力量じゃ、もって二分」


唯香が静かに告げる。


(短すぎるだろ……)


一級の魔術師なら、この規模の結界は三十分は維持できるはずだ。


やはり――

召喚者特有の欠点は、健在らしい。


「ケンダル! お主、立派な剣を持っておっただろう!

 勇者の弟なら腕も立つのではないか!?」


「え、いや俺は……ってか剣取りに行かねーと!」


慌てて後方へ戻り、剣を掴む。


そして、引き抜こうとした――が。


「なんだこれ、抜けねぇ!?

 てか、抜けたとしても無理だ! 剣なんて振ったことねぇ!」


「なんじゃそれは……」


「ごめん……もう結界、保てない」


その言葉と同時に――

結界が、音もなく消えた。


「へへ、思ってたより早かったな」


小柄な男が、笑みを浮かべる。


盗賊たちが、一斉に距離を詰めてくる。


――その時だった。


グルブが剣を抜き、走り出した。


普段の鈍さが嘘のような、鋭い動き。


「おい、デカいの。わしと一騎打ちせんか?」


「一騎打ちか……いいだろう――来い!」


巨漢が剣を構えた――その瞬間。


グルブは軌道を変えた。


狙いは――隣の小柄な男。


「なっ――!?」


慌てて振るわれる剣。

だが、その動きは素人目にも分かるほど粗い。


グルブはそれを難なく掻い潜り――

一瞬で、首元に剣を突きつけた。


「こいつの命が惜しくば――全員、剣を置け!」


――老獪。


圧倒的に劣る戦力を、知識と戦術で覆した。


その後、盗賊たちに武器を放棄させ、距離を取らせたうえで交渉に入った。


条件は単純。

――見逃す代わりに、人質は無傷で返す。


こちらは一人だけを武装なしで同行させ、一定の距離を取った後、村落の近くで解放する。

余計な追跡や報復を防ぐための処置だ。


あいつらは、良くも悪くもこの辺りでは有名な盗賊団だ。

すでに各所から目を付けられている以上、軽率な真似はできない。


つまり――


リスクを考えれば、少しでも頭の回る者なら、ここで深入りはしない。


その読み通り、盗賊たちは大人しく引き下がった。


……結果として。


「おぅ……すまないのー」


「いえいえ、私にできるのはこれくらいですから」


盗賊を取り押さえた際、ルブルは腕に擦り傷を負っていたらしい。

絢音が薬草を使って薬を作り、それを手渡している。


唯香は魔力切れでぐったりと座り込み、水を飲みながら休憩していた。


「本当に凄かったです、グルブさん!」


「上手くいって良かったわい」


緊張が解け、ようやく場に安堵の空気が広がる。


自然と、団欒のような雰囲気が生まれていた。


話題は、いつの間にかこの先の目的地――

ダイアナ王国の話へと移っていく。


どうやら、すでにその領土には入っているらしい。


絢音は地形や産業について詳しく、

ルブルは文化に関する知識を語る。


「このダイアナ王国ではな、決闘――つまり一騎打ちの文化が根強いんじゃ」


「へぇ……」


正直、あまり興味はない。

だが、なんとなく相槌だけは打っておく。


ひとまず危機は去った。

それだけで十分だった。


俺はほっと息を吐き――

そのまま馬車の奥へと戻っていった。


――その時だった。


怒りを隠そうともしない表情で、絢音がこちらへ歩み寄ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ