第七話『窮地と老獪』
俺は気分の悪いまま、その日の夜を迎えた。
理由は単純だ。
こんなメンバーと一緒に、持参した枕とシーツ一枚を敷き、毛布にくるまって寝かされるからだ。
床は硬い。
当然、家にいた頃とは比べ物にならないほど寝心地が悪い。
「はぁ……こんなんじゃ寝れねーよ。俺はフカフカのベッドじゃないと無理なんだよ」
「もう! 文句ばっかり、いい加減にしてください!」
「まあまあ、落ち着くのじゃ……ケンダルも少しは腹を括ってくれ。嫌なのは分かるが」
「うるせぇよ、じじい」
「旅が始まってから喧嘩ばっかりじゃないか……」
「俺はお前らみたいに、ひもじい生活に慣れてねぇんだよ。あいにくな。
あと、この馬車の領土は半分が俺のスペースな。残りを三人で分けろ」
「何言ってるんですか!?」
「それは横暴すぎじゃよ……」
「自分勝手すぎるよ〜……」
「うるせぇ。言うこと聞かないと――」
思わず「お兄ちゃんにぶっ飛ばしてもらうぞ」と言いかけて、口を噤む。
……ここに追い込まれた恨みと、俺の中に残る自尊心が、兄の名前を出すことを拒んだ。
「とにかく、そうしろ!」
その後もしばらく口論は続き――
最終的に、馬車の配置はこうなった。
奥が俺。
中央が萩野姉妹。
前方がグルブ。
――最悪だ。
それから三日間。
俺は日中はふて寝し、食事の時だけ起きては文句を言いながら、一人で奥に引っ込んで食べる日々を送った。
あいつらとは、ほとんど会話もしない。
せいぜい、グルブが時々話しかけてくるくらいだった。
そんな苦痛な日常の中――
異変は、突如として起こった。
いつも通りガタガタと揺れる馬車。
だが、前方が急に騒がしくなる。
「なんだ……?」
そう思い、俺は前方へ向かった。
様子を覗いた瞬間――理解した。
馬に乗った、柄の悪そうな男たちに囲まれている。
ざっと見て、十人近く。
その中でも一際目立つのが、筋骨隆々の金髪の男。
そして、その隣には対照的に、小柄で痩せ細った男がいた。
「兄ちゃん、女がいますよ」
小柄な男が、にやつきながら言う。
「あぁ……楽しめそうだな……」
低く、粘つくような声だった。
「まずい……噂にはなっていたが、まさか遭遇するとは……あやつら、この辺りで出没している盗賊じゃ」
グルブが、切羽詰まった様子で呟く。
「ひえぇ〜……やべぇじゃねーか……!」
思わず、声が漏れた。
「唯香、結界!」
「はい、お姉ちゃん!」
その瞬間――
馬車を覆うように、透明なドーム状の結界が展開された。
淡く光を反射するそれは、まるで水晶のように美しい。
盗賊たちもざわつく。
驚きの声が上がるが――
「慌てるな! どうせすぐ消える!」
誰かがそう叫ぶと、連中は冷静さを取り戻し、こちらを観察し始めた。
(正直、驚いた……)
この世界でも、魔法の敷居は高い。
魔法学校に通っても、実際に魔法を扱えるようになるのは三割程度。
ましてや、召喚者で魔法を扱えるなんて、聞いたこともない。
……だが。
グルブは驚いていない。
おそらく、最初から把握していたのだろう。
「目算ですが……相手に魔術師はいません。
英雄の領域に届く者もいないでしょう。魔力切れ以外で、この結界が破られることはありません……が」
「私の魔力量じゃ、もって二分」
唯香が静かに告げる。
(短すぎるだろ……)
一級の魔術師なら、この規模の結界は三十分は維持できるはずだ。
やはり――
召喚者特有の欠点は、健在らしい。
「ケンダル! お主、立派な剣を持っておっただろう!
勇者の弟なら腕も立つのではないか!?」
「え、いや俺は……ってか剣取りに行かねーと!」
慌てて後方へ戻り、剣を掴む。
そして、引き抜こうとした――が。
「なんだこれ、抜けねぇ!?
てか、抜けたとしても無理だ! 剣なんて振ったことねぇ!」
「なんじゃそれは……」
「ごめん……もう結界、保てない」
その言葉と同時に――
結界が、音もなく消えた。
「へへ、思ってたより早かったな」
小柄な男が、笑みを浮かべる。
盗賊たちが、一斉に距離を詰めてくる。
――その時だった。
グルブが剣を抜き、走り出した。
普段の鈍さが嘘のような、鋭い動き。
「おい、デカいの。わしと一騎打ちせんか?」
「一騎打ちか……いいだろう――来い!」
巨漢が剣を構えた――その瞬間。
グルブは軌道を変えた。
狙いは――隣の小柄な男。
「なっ――!?」
慌てて振るわれる剣。
だが、その動きは素人目にも分かるほど粗い。
グルブはそれを難なく掻い潜り――
一瞬で、首元に剣を突きつけた。
「こいつの命が惜しくば――全員、剣を置け!」
――老獪。
圧倒的に劣る戦力を、知識と戦術で覆した。
その後、盗賊たちに武器を放棄させ、距離を取らせたうえで交渉に入った。
条件は単純。
――見逃す代わりに、人質は無傷で返す。
こちらは一人だけを武装なしで同行させ、一定の距離を取った後、村落の近くで解放する。
余計な追跡や報復を防ぐための処置だ。
あいつらは、良くも悪くもこの辺りでは有名な盗賊団だ。
すでに各所から目を付けられている以上、軽率な真似はできない。
つまり――
リスクを考えれば、少しでも頭の回る者なら、ここで深入りはしない。
その読み通り、盗賊たちは大人しく引き下がった。
……結果として。
「おぅ……すまないのー」
「いえいえ、私にできるのはこれくらいですから」
盗賊を取り押さえた際、ルブルは腕に擦り傷を負っていたらしい。
絢音が薬草を使って薬を作り、それを手渡している。
唯香は魔力切れでぐったりと座り込み、水を飲みながら休憩していた。
「本当に凄かったです、グルブさん!」
「上手くいって良かったわい」
緊張が解け、ようやく場に安堵の空気が広がる。
自然と、団欒のような雰囲気が生まれていた。
話題は、いつの間にかこの先の目的地――
ダイアナ王国の話へと移っていく。
どうやら、すでにその領土には入っているらしい。
絢音は地形や産業について詳しく、
ルブルは文化に関する知識を語る。
「このダイアナ王国ではな、決闘――つまり一騎打ちの文化が根強いんじゃ」
「へぇ……」
正直、あまり興味はない。
だが、なんとなく相槌だけは打っておく。
ひとまず危機は去った。
それだけで十分だった。
俺はほっと息を吐き――
そのまま馬車の奥へと戻っていった。
――その時だった。
怒りを隠そうともしない表情で、絢音がこちらへ歩み寄ってきた。




