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エッセイ

放物線への嫉妬

作者: ちりあくた

 小さい頃、嫉妬という感情がどのようなものか理解出来なかった。少し背伸びをして読んだ難しめの児童文学の中でも、嫉妬という感情はなかなか出てこなかった。しかし、小学三年生の夏に、とある苦い経験をした。

 ある日の休み時間に、私は数人の友達とともに蒸し暑い校庭にわざわざ出ていき、意味もなく水色のジャングルジムによじ登り、その頂上で話をしていた。テーマは、自分の特技。私は最初に、卵焼きが上手に作れる、と胸を張って言った。もう少しましな特技があっただろうと思うが、今更どうしようもない。そしてその次に、空色の縁のメガネをかけた佐藤君が言った。


「僕、ルービックキューブなら一応できるよ」


 彼は普段から教室に居て「アクタガワリュウノスケ」や「ダザイオサム」などの、幼心には未知の世界の文学を好んで読んでいた。だから、そんな彼がルービックキューブというスタイリッシュな特技を持っていたのは驚きだった。

 だが、そう思っているうちに、ある考えが浮かんだ。卵焼きよりも、ルービックキューブの方が凄くてカッコいい。私は、そんなことを思ってしまった。そして、じわりじわりと、悔しく、惨めな気分になってきた。佐藤君の特技の表明が会話の主題で、私は彼の前座になってしまったように思えた。とうとう、私はこんなことを言ってしまった。


「じゃあ、今やってみてよ。あんな難しいの、できるわけない」


 すると、彼はニッと笑い、待ってましたと言わんばかりに、膨らんだ茶色い半ズボンのポケットから、カラフルな正方形の並んだキューブを取り出した。まさかルービックキューブを常備しているとは思わず、私はまたもや驚いた。

 そして彼は、「いくよ」と言ってから、両手の親指、中指、薬指でキューブを支えた。

 次の瞬間だった。

 それは、目で捉えるにはあまりに速すぎた。

 彼の指と手首は、まるで自動車工場の機械のように、いや、それ以上に機械的に、コンパクトに躍動した。しかも、一つ一つの回転の方向を変えるには手首の角度をどのようにひねるか、何の指でどこを回すか、なども全て把握していて、もはや不気味とすら思えるスーパーコンピュータのような正確性も備えていた。

 わずか三秒の技だったが、規則性もなく散らばる赤や青などの色がだんだんと整合性を持っていくのを見ると、絡まった糸玉が解けていくような爽快感を覚え、改めて彼の技量に感心した。彼の手首や指、キューブの角は、回転するたびに美しい放物線をキューブの周りに描く。後から考えると、それは中学の理科で習った、陽子と中性子の周りを回る電子のようにも思えた。

 そして、その彼の姿を見るたびに、私の中で熱い何かが沸騰していくのを感じた。彼にできるんだ、私でも、と、醜く火傷するような嫉妬が燃え上がっているのを感じた。そうして、私もキューブを貸してもらい、むやみやたらに回した。当然、そんなものが成功するわけがない。私は尚更彼の引き立て役になったように感じ、彼との圧倒的な差を認識した。キューブを回せるかどうかが人間の優劣に直結するわけではないが、私は劣っているのだ、と幼いながら強いショックを受けた。これが、最初の嫉妬であり、挫折だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルが格好良すぎて。とてもセンスフルです。 そこから登場するルービックキューブ! 大人になってからもそうですが、その人の想定外の面を見るとなんだか畏敬の念が生まれます。 子どもの頃クラス…
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