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3話 十分強いと思うよ

兼好法師の『徒然草』に『高名の木登り』というものがある。


弟子に木登りをさせた木登り名人は、弟子が危ない場所にいる時は何も言わず、軒先まで降りてきた時に、「怪我をしないように気をつけて降りて来い」と声をかけた。


油断は命取り、というような意味だが、もしこの弟子に師匠がいなかったらどうなるだろう。


俺は───








──バカ強い女の子が助けてくれると思います。

「間に合って良かった。立てる?怪我ない?」


一撃でトロールを葬った少女は、ヒーローさながらの姿で、悠然と俺の前に降り立った。


「あ、ああ。少し転んだくらいだ。」


良かった、と笑う彼女は俺の手を握る。


「手、冷たいね。すぐ火を焚くから、森を出ましょ?」


嬉しさとやるせなさが同時に生まれる。俺はこの居た堪れない気持ちを何処へ放れば良いのだろう。焚火に適した場所に着くまでの間、俺の手を引っ張るその手は、小さいながらも俺を温め続けていた。


「あの、助けてくれてありがとう。君がいないかったら、・・・死んでた。」


「気にしないで。自己満足だけど、良いことしたって思うと、すっきりするから。」


俺が言っても絶対に格好付かない台詞を、彼女は流れるように言ってのける。それがとても似合っていたものだから、俺はその輝きに中てられる他なかった。慣れた手つきで火を焚いた彼女を前に、俺は俯いて膝をみる。



君がいなかったら死んでいた。その通りだ。


だから、今も生きていると思うと、嬉しくてたまらない。


だから、ヒーローに守られ、寒さと恐怖で震えている手を温めてもらっていることが、


誰かを守る側でなく、誰かに守られる側にいることが、悔しくてたまらない。



自分の身すら守れない自分が、不甲斐なくってしょうがない。



「強く、なりたいな。」


思わず口に出してしまった。どうごまかすかを考えてあたふたしていると、

彼女はしばらく考え込む素振りを見せた後に、口を開く。


「君、うちでは不思議な格好してるから、よその人?手ぶらでこのトロルの森を抜けてきたの?」


転生のことはとりあえず黙っておくとして、どう言い訳したものか。言葉が通じることも非常に気になる。


「ええと、実は記憶がなくて。昼頃、気づいたらこの格好で森にいたといいますか・・・俺、うまく喋れてるかな?」


「ええ!?記憶喪失ってこと?大変!・・・私のこと分かる?」


「うん、君について喪失するような記憶は持ち合わせてないかな。」


俺は記憶喪失の設定で事情を説明した。どうやら俺は『ワイドグランド語』を流暢に話しているようだ。よくわからないが言葉が伝わるのは本当にありがたい。両親との記憶のことを気にしていたので、記憶はあるがこの世界にはいない、と言ったら、複雑な表情でうつむいていた。彼女は優しい子なのだろう。

嘘をついてるわけではないが、こんな子をだますような真似をしていることに心が痛む。恩返しをするチャンスがあればいいのだが。


「よかったら、名前を教えてくれないか、俺はシオト。シオト=カザマだ」


「わたしはラウラ。・・・ラウラ=ウィンドだよ。行く当てがないなら、今夜はうちに泊まっていかない?嫌じゃなかったら、だけど・・・。あ!昼から何も食べてないでしょ?粗末なものしか作れないけど、ご飯だけでも食べていったらどう・・・かな。」




なんかこう・・・・・・良い。すごく良い。グッとくるものがある。


さっきまでのザ・ヒーローな言動とは裏腹に、元気になったり落ち込んだり、俺より十五センチほど低い身長でぴょこぴょことせわしなく動いているのが可愛くもおかしくて、


「クッッッ──プハハハ!ハハハハッ───」


吹き出してしまった。


「もぉっなんで笑うの!?」


「いやっ君がっ面白くてっっ、ごめんっフフッわらいっとまんなッフハハハ!お腹痛い!」


「私が面白いって、なんだか褒められてる気がしないんだけど。・・・でも、ずっと根詰めた顔してたから、ちょっと安心したかも。」


なぜこんなに笑ったのか、理由はいろいろあるだろう。だが、さっきより大分気が楽になって、前向きにものが考えられるようになったのは確かだ。



───俺は君を助けられるくらい、強くなってみせる。───



「お言葉に甘えて、泊まらせてもらおうかな。泊まる当てもお金もなかったし、ほんとありがたいよ。」


「ほんと?!やった、いえ、それはよかった。」


最初は申し訳ないので断ろうと思ったが、両親の記憶を心配したこと、料理を自分が作っていること、誰かが家に来るときの喜びようから考えて、彼女はおそらく、何かの事情で一人暮らしなのだろう。本人も喜ぶなら、願ったり叶ったりだ。目指していた町に住んでいる彼女に付いて、俺はそこに向かって歩を進めた。


「君はもう十分強いと思うよ。」


彼女が急に放った一言が、お世辞だと思いつつも、俺にとってどれだけ嬉しかったことか、多分彼女は知らないだろう。


元の世界では都会住みだった俺が一度だって見たことのない満点の星空は、

その時の俺にしてみれば、ほとんど気にも留まらなかった。

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