34話 そう簡単に忘れられないくらいが丁度いい
「(ねぇ、起きてる?)」
皆が寝静まって大分時間が経ったと思ったが、ここにも一人夜更かしさんがいたようだ。寝たふりを決め込もうにも、スッと背中に添えられた感触が気になってしょうがない。
「(・・・トイレか?)」
「(違うわよっ!・・・・・・その、あんまり眠れなくて)」
俺も寒かったり床が硬かったりで寝れそうにないので、こっそり家を抜け出して外を歩くことにした。澄み切った空気を肌で感じながら見上げると、雲の間に月がよく見える。
「月って、こんなに綺麗だったのね・・・」
彼女は見上げたまま呟き、何やら感銘を受けているようだ。
(・・・それにしても、月がよく似あう。)
月明かりに照らされて、碧緑の瞳もさることながら、純白の髪がいっそう美しく見える。
「なんつーか、趣深いな。」
「ほんとね」
「いや当の本人がそれを・・・・・・あーいや、そうそう。気づいてるかもだけど、シグサの霊技は結構弱体化してるはずだ。」
あまりにも落ち着いた空気で気が抜けてしまったが、俺は咄嗟に話を逸らした。
「うん。あの時でしょ?何があったのか、説明してくれる?」
彼女に聞く意思があることを確認してから、俺は歩いたまま話す。
「シグサが泣いているのを見て、想いみたいなのが流れ込んできた。その中核にあったのは、忘れて欲しい、けど本当は忘れて欲しくなかった、つらい、苦しいっていう、君の『憂い』だった。だからシグサの心に干渉して、頑張って説得したって訳だ。最終的には、君自身の心がその憂いに勝って『霊技:忘却』がそれを忘れさせた。」
「私が・・・憂いに勝った・・・?」
彼女は立ち止まり、自分の胸に手を当てる。
「そ。・・・だけどその影響で、シグサの霊技は効果が弱まって一時的なものになってしまった。・・・取り返しのつかないことだし、手荒な真似をして悪かった。」
「・・・ばかね」
俺が頭を下げると、シグサは優しく笑った。
「家族が急に私のことを思い出してて、わんわん泣きながら抱きしめてきた。わがままな私は、それだけで良かったのよ、結局。・・・それに、記憶なんてものは、そう簡単に忘れられないくらいが丁度いいでしょ?」
でも生意気よね、と悪態をつくシグサ。だがその瞳には曇りが無く、彼女はとても清々しい表情をしていた。
「・・・そうだな!・・・だからこそ、わがままなんかじゃない。むしろ、誰かのために耐え続けてきた今までが偉すぎたんだ。これからはもうちょっと自分のやりたいようにやっても、バチは当たらないと思うぜ。」
「・・・・・・そうかな・・・?」
「そうともさ」
俺がそう言うと、シグサは俺の手を引いて歩き出した。どうやら行きたいところがあるみたいだが、別にそこまで急がなくてもついていくし、これでやりたいようにやっているつもりなら彼女は優しすぎる。童心に還ったような彼女に笑みを溢しながら歩くと、木々の先に湖が見えた。
「ここ、お気に入りの場所なの。」
「・・・すごく・・・綺麗だ。」
鏡のような水面には、もう一つの月がくっきりと映っている。水と木々と月と星、全てが幻想的に見えたが、その中でもいっそう際立っているのは他でもないシグサの姿だった。
俺は咄嗟に、彼女に土産屋で買ったミコ服を渡す。
「受け取ってくれ。別に着なくてもいいけど、なんとなく持っていて欲しい。」
「・・・・・・私が良いって言うまで、あっちを向いてて。」
言われる通りにすると、目の前にミコ服をきたシグサが現れる。
「・・・・・・どう?」
手を後ろで組んで俺の顔を覗きにくる彼女に、思わずドキッとしてしまった。家族の前では隠していた耳と尻尾が出てきていて、これはもう別次元の生き物だと思うしかない。俺は何とも言えない感覚に陥ったが、なんとか言葉をひねり出した。
「・・・すごく・・・綺麗だ!」
九月十八日の誕生花 『ゲンノショウコ(現の証拠)』
別名:『ミコシグサ』
花言葉:『憂いを忘れて』、『心の強さ』




