9話 二十日かけて雑魚モンスターを一頭倒した俺
「腹ぁ減ったなぁ・・・。」
五日くらいたっただろうか。転んでばかりいたせいで、王宮で貰った稽古着はくたびれてボロボロになってしまっていた。
何も食べずに体を動かし続けていたし、もう満身創痍だ。
だが、それももう終わりにしよう。
二十メートルほど先には牛の魔物の背中がある。
あいつに突っ込んで、全て終わりにしてやる・・・!
あの魔物は倒すと牛肉をドロップするらしい。つまりは肉牛なんだが、狂暴で索敵範囲も広いため正面から突っ込むのは少し危険だ。奇襲が基本戦法となる。
深夜の草原、風もやみ、辺りは静まり返っている。
「・・・行くぞ」
俺は剣を構え、索敵範囲内に走り込む。
「──ンモオオオオオ!」
向こうがこちらに気づいたあたりで一気にスピードを上げる。
相手はもう目の前、牛の魔物はこちらに顔を向ける。
俺は厚い脂肪の壁を見据え、地面の石で盛大につまづく──まで、計画通り・・・!
「クッ───ここだあああ!!」
目標は、皮の薄い眉間。空腹と疲労で弱った感覚を再度研ぎ澄まし、剣を強く握って、倒れ込む!
「───モオオオオオ!!」
いつまでも弱い俺のままだと思うなよ、ジェニファー・・・!!
土ぼこりをあげて転がり込み、ボロボロな身体で振り向くいた先には・・・大きな肉塊が複数個転がっていた。
「やった・・・!勝ったぞ!やった!!肉だ!」
嬉しさが全身に染み渡るようだ。二十日かけて雑魚モンスターを一頭倒した俺は、達成感と充実感で胸がいっぱいになった。
一方腹はいっぱいではないのでほとんど動けないため、舞い踊りたいというよりは、食べて寝たいといった気分だ。俺はルーン製のクーラーボックスに肉を詰めてから、急いで火を起こす。久々の食事は何を食べたほうがいい、というのはここでは野暮ってもんだろう。肉と焚火があるんだから焼肉一択だ。と思った。ゲームで見た焼き方で肉を焼きながら、野草を洗う。
以前から食べられる野草を集めてはいたが、腹にあたりでもしたら即ゲームオーバーな状況下で、食す勇気は湧いていなかった。今は食料を供給できるので、食べ放題あたり放題ってわけだ。まあ、決してあたってほしいわけではないが。
肉が上手に焼けました所で、王宮育ちの塩をふりかける。下味にも使えて、塩というのはやはり良いものだ。
塩気が足され良い感じになったものを次は良い感じに盛り付けて、と思ったがじれったくてやめた。
「いただきます・・・」
一人分の[いただきます]に違和感を覚える。
ラウラとは、また一緒に食事を囲みたいものだ。しかし、今は一人でよかった。勝利の味を文字通り噛み締め、味と涙がにじみ出る。
(俺、こっちに来て泣き虫になってるな・・・)
・・・まあ、いいか。
目標を定めてここまで必死になったのは、生まれて初めてかもしれない。
心の奥底からなにか熱いものが湧きあがっている感覚だ。
この感覚を忘れちゃいけない。
くじけそうなときは思い出せ。
俺は水入りのコップを星空に掲げ、心のままに叫んだ。
「うまあああああぁぁぁぁい!!」
・・・思ったより響いたな。ちょっとはずいな。誰かに聞かれてたらどうしよ、ってかめっちゃ恥ずかしいな、どうしてくれるんだ。
まあそんなこんなで、残念で情けない俺は俺なりに、それからも鍛錬を続けた。
といっても生活すること自体大変で、普通の道場でするようなメニューはこなせないため、日常の中に訓練の要素を混ぜる形になっている。
コンディション絶好調の時に本気で感覚を研ぎ澄ませると、剣を突き刺す動きができた。一回できてしまえばこっちのもので、その時の感じを思い出すことで、二回目以降はなんとなく完璧にできるようになり、歓喜に舞い踊った。
「剣がまともに使えるぞ!どうだこの剣さばき!!ほらみんな!見て!!」
牛と追いかけっこをしながら剣を持って笑う。字面はガキっぽくて格好悪いが、原付バイク最高速並みのスピードで突進する巨大牛の魔物を複数体余裕で狩れる程度まで強くなったのは確かだ。無限に繁殖する魔物を狩る時は、獲物の大小や特徴に合わせて動きを変えるため、一番訓練になる。同じ魔物でも、倒し方によってドロップ品が変わるのも面白いところだ。まあこちらがやることと言えば、目標目掛けて剣を刺し込むことだけなのは確かだが。
肉の部位が変わるし、自分から襲い掛かってくる魚は取りやすい。野草も結構うまいので、食事には不自由しなかった。森に行くと逝く可能性があるし、ここはそれなりに条件の良い土地だ。身体を動かして剣を握って、疲れたら飯を食って、極楽温泉を上がった頃にはもう夜も遅く、で寝て起きてはまた魔物を狩りに出かける。おそらく俺は、かなり長くここで暮らすことになるだろう。
「俺が根っこごと変わるまでは、異世界転生後も地道なソロプレイってこった。・・・もう、逃げるのはやめにしよう。」
草原をしばらく見つめた俺は、それなりの覚悟をして眠った。
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「・・・お、腹筋割れてら」
こっちに来てから九ヶ月が経ち、俺にとっての[いつもの景色]はこっちのものになった。誰かと話すこともなく、半年以上孤独にやってきたが、今でもラウラの顔は鮮明に覚えている。
刃研ぎも火おこしも息をするようにできるようになった俺は、剣を振ることだけが、いまだにできないでいた。
すっぽ抜けないようにはなったが、どうしても力が入らない。
伸び悩んだ俺は、初心に帰ろうという思いでトロルの森の入り口に来ていたわけだが・・・。
「・・・やっぱ、ひりつくな、ここは。」
鳥のさえずりと風で揺れる木々の音。不思議で心地良い雰囲気の中に、かすかな緊迫感を覚える。
俺はこの森を怖がっているんだろう。俺の心に何か引っかかりがあるとするならば、間違いなくここであるのだ。
正直言って入りたくない。死にかけた場所だ。あの寒さも、あの恐怖も、あの暗闇も、全て覚えている。ラウラたちと会いたいのは山々だが、この恐怖に勝てないでいる俺が、王様に勝てるとは思えない。迷いと恐れが足を蝕み、それは全身に広がっていく。今日はもう帰ろう。
踵を返して帰ろうとしたその瞬間───
「─────────っ!!」
女の子の悲鳴のようなものがこだまし、その声さが俺の足にまとわりつく。
いや、この森にいる、悲鳴のような鳴き声で人をおびき寄せる人食い草かもしれない。
仮に人の悲鳴でも、俺が行かなくても何とかなるかもしれない。
俺が行ったところで、何もできないかもしれない。
思考を巡らせ、一つ息をついた俺は、
「このっっ馬鹿野郎がっ!!」
一瞬でもそんなことを考えた自分を叱りつけながら、声の発生源へと駆けだした。




