五神帥集結
「なっ……」
炎の外に黒い人影が出現する。だがそれはすぐに光り輝き、またしても手のひらサイズの球体がリュウを襲った。
「紅の次は白か…………!」
上半身を反ってかわしたリュウは、すかさず反撃に出る。
「どうしてヴァン君がここにいるんだ。ウラヌスは何しているんだよ」
ヴァンに特大の炎をお見舞いしたリュウは一気に降下して一旦距離をとった。
だがそこで待ちかまえていたのは、またしても思いもよらぬ人物だった。
【水鉄砲】
【闇音波】
細かい水の弾丸が黒い空気に乗って加速する。しかしそれも右腕を振り払うことによって蒼い炎で打ち消した。
「完全にドンピシャだと思ったんだけど……」
「次はちゃんと決めるわ」
「君達二人まで……」
悔しがるゼロとメリーの傍らに降り立つヴァンは、制服のホコリを払いながら首の関節をならす。どうやらリュウの攻撃は何とかしてやり過ごしたようだ。
「ゼオンてめえ、こんな強えやつ独り占めすんじゃねーよ」
「よく見ろ、俺一人ではない」
「何だお前、まだ生きてたのか」
「……悪かったですね」
膝を震わしながら足を動かすディランの元に、ゼロとメリーが集まる。
「助けにきたよディラン」
「全く……無茶をするんだから……」
「お前らまでどうして……」
「理由は後で説明するよ。今はあいつを倒すのを先にしよう。時間がないんだ」
五人からの視線を一斉に向けられたリュウは、かぶりを振りながら息を吐いた。
「五神帥集結か……まあ、一番面倒くさいライニッツさんを抑えてくれてるんだからウラヌスのお仕置きは半減かな」
リュウはパーカーのフードを後ろにやり、口元を緩めた。
「──いいよ、ちょっとだけ遊んでいこう。全員でかかっておいで、僕も本気でいく」
大地が唸る。
「これがやつの本気か……」
「そうこなくちゃな」
文字通り、リュウの背景は全て蒼い炎で満たされていた。
冷静を装うゼオンも目を光らせるヴァンも想像以上だったのか、若干気押されているように見える。
「ディランとサウスは離れておいた方が……」
サウスを肩に担ぐゼロが、申し訳なさそうに言った。
隣にいるメリーも目を逸らしたまま黙っている。二人ともディランの性格をよく理解しているこそ、余計に辛いのだろう。
「俺はやるぜ。正直立っているのも精一杯だが何もしないなんてことは…………あいつを前にして戦わねえのは、俺自身が許せねえ……!」
今ディランの中には怒りの感情しかなかった。それが意識を繋ぎ止め、残っていない体力を強制的に引き出す。言わば捨て身の状態だ。
この集中が途切れたときどうなるかは、もう大方予想できる。
「ねえディラン」
説得を試みるゼロが逆に説得されかけようとしているとき、メリーが真っ直ぐにディランを見つめた。
「は、はい」
凍えるような青い瞳で見据えられたディランからは自然と返事の言葉が漏れる。
メリーはいっそうディランに向ける視線を強めると、直後思い切り制服の胸ぐらを掴み上げた。
「あんた自分の身体がどれだけボロボロなのか分かってるの!? それ以上無理をすれば、絶対に取り返しのつかないことになるわ!」
「え、いや……」
初めて目にしたメリーの本気で激高する姿にディランは息が詰まる。
メリーの言っていることに間違いはない。
反論の余地がなかった。尚もメリーの口は休むことなく続ける。
「サウスのことはあんたがいない時に一度話をしていたから、今更驚きはしないわ。けどお母様はそれ以上に、あんたのことを心配していたの!」
「俺…………?」
「えぇ、そうよ」
メリーはディランの制服から手を離すと、先日ディランがヴァンを捜しに出かけた後のことを思い出した。
──そう、あの時メリー達はエフリーナから、夜中に学園を抜け出している人物の正体を聞いていた。
それはメリーやゼロに大きな衝撃を与えたことに間違いはなかったが、エフリーナがあまり変に気にする必要はないと口にしていたので、平常心を保つことができた。
何か考えでもあるのか、エフリーナはサウスに対しては普段通りに接するよう指示を出し、それぞれ頷いた。
だが、エフリーナの顔つきはなぜか険しくなったのだ。
『このことをディランには絶対に伝えるな』
と、エフリーナは言った。そして補足説明を付け加える。
『もしこのことがディランの耳に入りさえすればあいつは間違いなくサウスに飛びかかる。
次はリュウだ。さっきも言ったが今のままではリュウには勝てない。
私も手は打つつもりだが、万が一の場合は貴様ら三人が頼りだ。あの脳なしバカを守ってやってくれ……』
これは学長としての命令ではなく、エフリーナ・フェンリルという一個人の頼み──メリー、ゼロ、ゼオンこの場にいた三人は皆そう思った。
エフリーナがディランにのみ手厳しいことはメリーもゼロも感じていた。
問題児だからこうなるのは仕方がないというのは、半分正解で半分不正解だ。
その答えにたどり着くのはもう少し先のことであるが、概ねの事情を知り得るゼオンだけが、心の中でやれやれと呟くのであった。
「あたしだってあんたのことしん……じゃなくて、あんたのせいでお母様を悲しませるわけにはいかないのよ!」
「いてっ、何すんだよ!」
訳も分からずいきなり腹にジャブを入れられたディランが謝罪を要求する。しかし当の本人は耳を真っ赤にして顔を背けていた。
「まあまあディラン、今回僕とヴァンさんの三人で真っ先に学園を飛び出したのはメリーなんだから」
「ちょっ……おかしなこと言わないでくれる!? あたしは早くサウスを助けてあげたかっただけだし!? あんたはただのおまけよっ!」
わざと言ってるのか天然なだけなのか、ゼロの発言にメリーの顔が更に紅潮する。
経験上ディランは無理に口を挟んでもとばっちりしか返ってこないことを悟り、メリーが納得するまでひたすら黙っていた。
──でもまあ、おかげで肩の力は抜けたかな。
これが友達というやつなのか、と改めて実感する。
こういうやり取りは悪くない気分だった。できれば入学する前の自分にこの光景を見せて一発頭をしばいてもいいぐらいだ。
「どうかしたのディラン?」
「いや、何でもねえ」
口元がニヤツいていたのがゼロに見られたのだろうか。幸いメリーには気づかれなかった。
「取りあえずこれからどうするかだわ」
「そうだね」
「…………」
ディランはリュウと交戦するゼオンとヴァンを見て、意を決したような力強い声音で言った。
「多分あのままじゃ負けることはねえと思うが、同じぐらい勝つことも無理かもしれない」
「あの二人でも?」
「なら急いであたし達がサポートに回らないと」
「──いや」
ディランはオーラを増幅させる二人を手で制すとその場に止めさせようとする。
正しい選択かどうかは分からないが、ディランの中では少なくとも間違いではなかった。
「今のところ五分五分。俺はこの目でヴァンさんの戦いを直接見たから自信を持って言えるが、ヴァンさんとゼオンさんの実力はほぼ互角だ。
それにリュウとの相性も悪くない。この二対一の状況こそが、最高の戦力だと思うぜ」
「なるほど……」
「確かにこれは……」
ディランの言葉だけではなく、自分の目でちゃんと確認することによってゼロとメリーはディランが伝えたいことを理解した。
徐々に激しさを増していく攻防。移動しながら戦っていたのか、最初いた位置より結構離れていた。




