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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
黒の雷編
57/68

吐露


***



拳を一層力強く握りしめるサウスを呆然とした表情で見据えるディラン。瞬きをして空気中に舞った透明な涙の粒が黒い電気によって弾ける。



サウスの真っ赤に腫れ上がった目で睨みを浴ているディランは、無意識のうちに【雷鎧】を解除していた。



「お前その力……どうしたんだよ」



「…………」



ディランの問いにサウスは沈黙する。断固拒否しているのではなく、口を開こうか迷っているように見受けられる。



「サウス……」



もう一度。今度は呟くように名を呼んだ。友達。学園で数えるほどしかいない、気が許すことのできる大切な親友。



──黒い電気なんて見たことも聞いたこともねえ。だがこれだけは分かる。このオーラは闇属性そのものだ……! そしてこれは、あいつらと同じ……。



真正面からぶつかり合い、身を持って経験したことのあるディランは確信する。



サウスを取り巻く電気から感じ取れるのは、ユーリッドやコフ──闇属性狩りが放っていた嫌な闇属性のオーラだった。



あることを思い出したディランはサウスの耳元に目をやったが、イヤリングはついていない。



──あの飲み込んだ小さな物体が原因か……。




ただの決闘から本当の殺し合いに発展しかねない状況に、ディランは自分一人では解決できないという結論に至る。



後ろに控えているであろうライニッツとヴァンに助力を求めるべくチラッと後方をうかがったが、



「いねえ……」



そこには影も形も残されていなかった。目の前のことに集中しすぎていたせいで、いついなくなったのか全く気づかなかった。



だがこの二人なら、例え至近距離で姿を消されても反応できないだろう、と付け足す。



しかし現状から判断するに、ディランに選択の余地はなく、自分で何とかする他ならないのである。



「……念のために訊くが、勝負はまだ続いているよな……?」



「当たり前だ。お前を倒し、その次はゼロ。これでみんな生き返ることができる」



「生き返る……」



サウスの言葉にはどうも納得のできない部分があった。



まだ確信したわけではないが、サウスの家族は何らかの理由で他界しており、どうやら自分とゼロを倒すことで生き返るという、都合のよすぎる話と捉えることができる。



──けど、もし俺の家族が死んだら……。



とディランが思い描いてみると、襲ってきたのは孤独と絶望だった。



それが現実に起こりさえすれば、まともな精神状態ではいられないことは確かだ。



心が不安定になった中に付け入るスキなんていくらでもある。



──もしかしてサウスは誰かに利用、あるいは操られているのではないか?




自分一人でこうすれば生き返ると思いこむとは考えにくい。ディランが見てきた限りでは、学園でのサウスは至って普通でおかしいと感じたことは一度もなかった。



そもそも家族が全員死んだというのが引っかかる。死んだとしたらいつ? 原因は? 



ディランの中で様々な点が散らばっているが、なかなかそれらを上手く繋ぎ逢わせる線となるものが出てこない。何か重要なことが抜け落ちているような気がした。



「ゼロやメリーみたいにかしこければなあ……」



こんなときになってようやく己の頭の固さに気づかされたディラン。



これだともう、メリーにバカ呼ばわりされても仕方ないかもしれないと、ため息を吐いた時だった──



「──戦闘中に余計なことを考えてんじゃねえぞ!」



全身を黒い電気で纏ったサウスの拳が降りかかる。



「くそっ……!」



【雷鎧】とっさに上半身を捻り、ギリギリのところで受け流した──はずだったが、それによってディランの目が腰を横切った腕の後を追った一瞬のスキをサウス は見逃さなかった。



受け流された反動を使い、軸足を入れ替えながら回し蹴りを放つ。



自らスピードと威力を上乗せさせてしまったディランは、その蹴りをしっかりと目で見切れることはできたが、身体が追いついてくれなかった。



──これだとかわすどころかガードも間に合わねえ……!



「ぐあっ……!」




顔の左半分に重たくて鋭い衝撃が直撃する。脳みそが揺れ動く感覚。



口の中から奥歯が何本か吐き出された。幸いまだ目と耳は生きている。それでも意識はいまにも飛びそうだ。目を閉じて力を抜けば楽になれるだろう。



だが──ここで地面に突っ伏すわけにはいかなかった。ディランは右手に電気を集約させ──



「これを持ちこたえるか……!」



驚愕を浮かべるサウスの顔面にお返しの一発を浴びせる。



「──がっ!」



半分不意打ちのようなものだったので威力はさほどないが、サウスに方膝をつかせることはできた。



──あの黒い電気がやっかいだ。トップスピードは恐らく俺より上。あれを使うか……? いや……。



「……本当にお前はすごいよディラン。それでこそ俺の目標」



鼻血を拭うサウスは笑っていた。闇の力に蝕まれ始めてきた証だ。



「サウス、お前が俺を殺しかかろうとしていても、俺はお前を絶対に殺しはしない。──すぐに正気に戻してやるぜ」



ディランは決心していた。ただサウスを打ち負かすのではなく、友達としてサウスを救うと──。



下手な小細工なんて不要だ。必要なのは拳だけ。残っている体力全てを電気に変換させる。



ディランは【雷鎧】で纏う電気の量は最低限に止め、あとは両手の拳に注いだ。



「そういやお前は近距離の──その中でも肉弾戦が好きだったな」



目映い閃光を放つディランを見て、サウスは同じように黒い電気を両腕に集中させた。



「遠距離派のお前がわざわざ俺に合わせてくれるとはな」



「対等な条件じゃないと勝ったときに納得できねえんだよ」



「何だ……まだちゃんと俺の知ってるサウスはいるじゃねえか」



「……何笑ってんだよ」



「いや、何でもねえ。ただお前が負けたときにどんな言い訳をするか考えてたんだよ」



「言ってくれるじゃねえか」



――二人が同時に地面を蹴り出したのを合図に、壮絶な殴り合いが始まった。 








片方は相手の身体を目がけて殴るというたった一つの動作のみ。



もう片方は大きく分けて‘喰らう’‘避ける’‘受け止める’の三パターンがあるが、この二人の場合大抵は‘喰らう’だった。



「どうしたサウス! 闇の力を使ってその程度か?」



「お前の方こそ息が上がってるぞ! それでも俺より上の学年二位かよ!」



余計なことは何も考えなくていい。さっきまで真実を突き止めようと唸っていたディランも、死んだ家族や村人のために全てを捨ててまで自分を追いつめていたサウスも、純粋にこの一瞬を楽しんでいた。



だからといって、それが永遠に続くとは限らず、いつかは終わりを迎えなければいけないときが来る。














「ハア、ハア、どうして……そんなものに手を出したんだよ……」



「本当は……【迅雷剣】だけで……ハアッハアッ、片をつけるつもりだったんだがな……」



「話をそらすなよ……俺が言ってるのはそういうことじゃねえって……ハアッ、分かってんだろ」



段々と互いが撃ち合う拳のスピードは落ちていき、口の方が目立つようになってきた。



浮き足になりながらも踏ん張ったサウスは次の攻撃の構えをとって答える。



「お前には言っても分かんねえよ……! 家族を失った、ハアハア……俺の、気持ちなんてな……!」



八つ当たり気味に放った右ストレートはディランの左頬にクリーンヒットするが、ディランはサウスを凌ぐ気迫で乗り切り大声を上げる。



「ああ、分かんねえよ! 俺の家族は皆生きてるからな! だがな……俺とゼロを倒して、ハアッ……生き返る保証なんて、どこにもねえだろ」



涙で潤んだサウスの瞳が僅かに揺らいだ。動揺している己を否定しようと何度もかぶりを振る。



何も受け入れたくないのか、両手で耳を塞ぐサウスの言動は、まるで駄々をこねた子どものようだった。



「黙れ黙れ黙れっ! 確かに最初はあいつの思惑通りに俺は動いたかもしれない。けどそれ以上に……俺はお前を越えたかったんだよ!」



髪の毛をくしゃくしゃにして歯を軋ませるサウスは続ける。 



「俺、お前、ゼロ、メリー、四人でいるときは少ない時間でも本当に楽しかった……! でもたまに思うときがあるんだよ……俺とお前達三人は根本的に才能や実力が違う。今はこうやって仲良くやっていても、いつかは遠ざけられるようになるかもしれないって……」



何となく空気が違うと感じることは何度かあった。



本人達にそのような意識はこれっぽちっもないということをサウスは十分承知していたが、それでも不安と焦りは取り除くことができなかった。



攻撃の手を止め、ただただサウスに耳を傾けるディランを見つめ、消えていく黒い電気と共にサウスはずっと我慢していた本音を口にした。



「俺は……お前達が羨ましかった……! 学園に入ってお前達と出会い、いつか同じ場所に立てるようずっと努力してきた。だけどそれは叶わぬ望みで……そんな矢先に家族と村人を失い……あいつが言ったから……だから俺は……!」



あいつとは誰なのか、何を言ったのか、その先の言葉は何か──ディランは一切訊ねなかった。



何も言わず、泣きじゃくるサウスの頭を引き寄せる。



「もういい……」




他に何て声をかければよいのか思い浮かんでこなかった。ディランはこのとき改めて、自分が不器用だと思った。





──しばらくサウスの背中をさすっていたディランだったが、サウスの呼吸が整ってくると別人のような憤怒に満ちた表情で、どこか遠い所を見据えて言った。




「誰だ……俺の大切な友達の弱った心につけ込んで、こんなことをさせたのは一体誰だ!」



他人のためにここまで激怒したのは生まれて初めてかもしれない、とディランは思う。誰にも届くはずはないが、言わなければ気がすまなかったのだ。












だがそれでも──あいつはちゃんといた。
















「──僕を呼んだかい? ディラン・ラーシュ君」








視界の奥。



荒れ果てた大地の上を颯爽と歩く黒い人影。



黒のズボンのポケットに両手を入れ、全開にした白いパーカーをたなびかせる一人の青年──リュウが不敵な笑みを浮かべてやってきた。






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