2人の光属性
それは本当に唐突すぎる質問だった。
「俺がマルコ兄弟のことを知ってる……? 急に何言い出すかと思えば、そんなもん知るわけねえだろ」
サウスは誰でも見て分かるような笑いを浮かべながら、大きくかぶりを振る。自然に出た笑顔ではなく作り物──だ。
「……そうか。変なこと訊いて悪かったな」
「えっ……お、おう」
ディランはこれ以上のことについては追及しなかった。ちゃんとした収穫はできたからだ。
マルコ兄弟が発した‘サウス’は、自分が想像していた通り、そして最もあってはほしくない真実だった。
──何かあれば自分の口からちゃんと話してくれるだろう。
ディランはサウスを信じて待つことにした。
──話は元に戻る。
「気になってたんだけど、学長はヴァンさんがヒッタイ村に来るなんてどうして分かったんだ」
ディランがヒッタイ村に足を運んだのは、よく言えばただの偶然である。最初から意図していたのではなく、エフリーナから授かったメモに記されていたちゃんとした場所がそこしかなかったため、しかたなくだ。
「何だ、そんなことか」
エフリーナは意外だったのか、暫しの間無言でディランを見つめた。
その反応でディランは、自分がずっとモヤモヤしていたことが、実は何の深い意味もなかったということに無理矢理、分からされた。
そう、無理矢理──エフリーナのプレッシャーによって、強制的にだ。
「それぐらいは本人に直接訊け」
いちいち説明することすら面倒くさいのか、とディランは勝手に思っていたが、実際はその逆。他人が語れるほど、浅はかなものではなかった。
このどうでもいいようなことがまた、ある一つの重大な事柄に関係しているとディラン達が知るのは、もう少し先のことである。
***
「一年生のうちから五神帥だなんて、やっぱりディランさんはすごいですね!」
「まあな」
あの後メリー、ゼロ、サウスは学長室に残ることになり、なぜかは分からないがディランとシノリアは部屋を出るように言われた。事実上の追い出しというやつだ。
今までならこんな仲間外れをくらったらエフリーナに飛びかかってもおかしくないディランだが、今回は素直に指示に従った。
なぜなら──
「ディランさん! わたしあの噴水がある所に行きたいです!」
「よし、じゃあ次はそこにするか」
初めての学園に無邪気にはしゃぐシノリアに手を引かれるディランは、この上ないほど楽しそうに笑っている──とだけ言っておこう。
今は一般の生徒達は授業中なのでここにいるのはディランとシノリアだけだ。つまり貸し切り中。今なら何をやっても誰にも文句を言われることはない。
「わー! これが噴水かぁ、本物を間近で見るのは初めてです!」
「あんまり近づきすぎて落っこちるなよ」
顔をグイッと噴水に向かって寄せ、気持ちよさそうに水しぶきを浴びる姿は、金髪が輝きを放ち、眩しすぎて見ていられないほどだった。
──何か最初会ったときと全然印象が違うな。
しみじみにそう思うディラン。そもそも出会ったのはつい昨日のことである。ここに一緒に連れてきた本当の理由を伝えたらきっと怒るに違いない。
ディランは学長室から出て行く際、エフリーナに言われた一言を思い出した。
『ディラン、せっかくだからその子に学園を案内してやれ。今日の授業代わりだ。二時間後、またここへ戻ってこい』
これはディランの勝手な偏見だが、エフリーナはどうしてシノリアと一緒なのか、とっくに理解していると、なぜかそう感じてしまった。そう、これはシノリアへの罪滅ぼしでもある。
楽しんでもらうことにより、少しでも過ちを水に流してこいというエフリーナの命令と、ディランは受け取った。かといってディランのエフリーナへの罪が消えるわけでもないのだが……。
「シノリアはまだ噴水に見入っているし、俺はちょっと休憩でもしようかな」
すぐ近くにあったベンチに仰向けに寝転がり、ゆっくりと流れる雲をボーッと眺める。
「そういやメリーのやつ、やけに機嫌悪かったな」
これもまた部屋から出ていくときの話だ。理由はよく分からないが、時折メリーが軽蔑するような眼差しをこちらに向けていたことは知っていた。
話しかけると面倒くさいことになりそうなので敢えて無視をしていたディランであったが、最後にエフリーナのシノリアを案内してやれ、の後だった。
ディランが了承すると、シノリアが喜びの声を上げながら腕に飛びついてきて 、ぎゅっと自分の身体にディランを引き寄せたのだ。
その瞬間、どこからか今に人を殺しかねない殺気に襲われ、壁を思いっ切り叩く音が聞こえた。
怖くなってその時は振り返ることなく外に出たが、後々消去法でいろいろと検討してみた結果、最後に残ったのはメリーだった。
「まあ、と言っても今回は俺何も悪いことした覚えないし関係ないだろ」
気にしない気にしないと、心の中で呟いていたディランは、そよ風に乗って耳に届いてくるシノリアの興奮した声に頬を緩ませながら、ゆっくりと目を閉じた。
***
「暇だ……」
そして蒸し暑い。
ヴァンは今、エフリーナからの指示でライニッツという人物を待っていた。この家には窓が一つ付いているだけで、風通しが非常に悪い。
体感的には何の問題もないとはいえ、やはりこの時期にブレザーと長ズボンは自分で目にするだけで精神的にこたえる。
ディランとシノリアが学園に向かい始めてからもうすぐ一時間になろうとしていた。
「あいつのスピードならもうとっくに着いている頃か……」
マルコ兄弟と戦うディランを初めて見たヴァンの感想は、一年にしては出来過ぎている──だった。
「学長が前にオレとゼオン以外の五神帥が一年だと言っていたが、こりゃ納得だな。だからといってオレからしてればただのザコだけど」
マルコ兄弟はまだ眠っている。それを確認したヴァンは大きく伸びをしてドンッと背中から床に倒れ伏した。
「あー……もう一眠りするか」
何もすることがなければ、寝るしかない。目を瞑っているうちに徐々に意識も曖昧になってきた。
周りの音も段々と途切れていき…………それこそ本当に浅い眠りに落ちかけてきた頃、ヴァンは両目を見開いて、何かに弾かれるようにして飛び起きた。
──何だこの気配。
周囲への警戒心を解いていたにも関わらず、身体が本能的に危険信号を出した。
──ここに来る……。
念のためいつでも【聖虚壁】を作り出せるよう準備を整える。ヴァンが固唾を呑んで扉を凝視していると、予想通り外から何者かが扉を開いた。
「誰だ」
ここまで誰かの前で緊張したのは過去に一度だけ、エフリーナ以来である。
日が差す扉の向こうにいる人物が躊躇することなく中に入ってきた。
「おや、あなたがヴァンさんですか? 私はエフさんに言われてやってきたライニッツという者ですが」
「ライニッツ……何だ、あんたがそうか……」
敵でないということが分かった直後、一気に肩の力が抜け落ち強ばっていた顔にいつもの気怠げさが追加された。
「それにしても遅すぎるぜ……」
「すみません、何せ私も一応他にもやることがありますので、これでも結構急いできた方ですよ?」
「……まあ過ぎたことを言っても意味ないか。とりあえずオレは学園に戻るぜ。あとのことは任せた」
と言いつつも、ヴァンはその場から動かなかった。その前にライニッツが声をかけてきたからだ。
「ヴァンさん、あなたは普段学園に行ってないそうですが、なぜなのですか?」
急に説教じみた問いかけをしてきたライニッツにヴァンはそっぽを向いた。面倒くさいというのも含まれているが、それよりもあまりこれ以上は関わりたくなかった。
簡単に言えば、ライニッツと自分との力の差がありすぎた。このままだと、どうしても試したくなってしまう。
「なぜって訊かれると、退屈だからって答えるしかねーな。あそこでオレが全力を出せるのはゼオンと学長ぐらいしかいねーからよ」
ライニッツは驚きを隠せなかった。実際に手合わせしなくても分かる。
──ヴァン・ウルグ。エフさんから聞いていた通りの子だ。当時の私やエフさんに引けを取らない戦闘能力。
加えて私達にはなかった異常なまでの戦闘狂。これでもまだ発展途上とは……。恐らくゼロ達が戦ってもほとんど勝負にならないでしょうね。
「なるほど、確かにあなたほどの方ならそう思ってしまうのは無理もないでしょう。ですが、そんなに学園に背いた行いばかりしていると、入りたくても入れなくなりますよ」
「それはオレがヘブンズ・ゲートに悪の心を持っていると判断されるからか?」
「そうです」
「多分それはねーと思うぜ」
「と言うと?」
ライニッツが怪訝そうに眉間にしわを寄せると、それを見たヴァンがライニッツを越えるびっくりした顔つきに変わった。
「……あんたもしかして知らねーのか? ──あの噂」
「噂……? 何ですかそれは」
首を捻るライニッツは嘘を言っているような感じではない。何の信憑性もない、悪魔でも噂だが、これは今後の歴史に大きく影響しかねないものなので教えておくべきだろうか。
しかし早くこの場からおさらばしたいのも本心だ。だがヴァンの、自分ですら知らない心の内にある戦闘狂としての本当の本心が、全てを打ち消した。
「なあ……だったらギブ・アンド・テイクといかねーか……?」
「……?」
「あんたはオレの持ってる情報が知りてーんだよな?」
「まあ……」
「オレはあんたの実力が知りてーよ」
「はい?」
「オレの知ってる情報は与える。その代わりにオレと勝負してくれよ、いいだろ?」
「あのー……私には言っている意味がよく…………」
「誰もいない場所に移動するぜ」
ヴァンの笑いを引きつったような表情と、その他諸々に疑問を抱きながらもライニッツはヴァンの後を追う。
勝負というのはやはりあれか。一騎打ちとやらなのだろうか。
──よく分かりませんが、手を抜くと冗談抜きでマズいことになりそうですね……。
更にライニッツは思った。
──どうして私がこんな目に遭わなければいけないんだ!
ライニッツの目には、涙が浮かんでいた。




