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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
黒の雷編
41/68

暗躍



***


「あのクソババア……なめた真似しやがって」



ディランは手に持つ縦長の白い紙を見ながら一人激昂していた。



滅多に学園内で姿を現さないヴァンの動向を学長であるエフリーナはそれなりには把握していたらしい。



これなら簡単に見つかると思っていたら、ところがどっこい。



ーー木の上、静かなところ、湖の近く、面白いところ。



その他諸々当てにならないものばかりがズラッと書き綴られており、全て目を通す価値もない。恐らくその頃には怒りで血管が破裂しているだろうが……。



「帰ったら絶対に仕返ししてやる……」



全ての恨みを指先にこめて上から真っ直ぐに破る。



半分になった細長い紙を上に重ねてもう一度切り裂こうとすると、



「ーーあれ?」



下の方に村という文字が書いてあることを発見する。すかさずもう片方のメモを見て確認すると、‘イ’という字が僅かに欠けているがそこには‘ヒッタイ’と書かれてあった。




「ヒッタイ村……聞いたことはあるな。ここからだと歩いていったら夕方には着くか」



今から一度戻ってエフリーナに文句を言い、確かな居場所を聞く方が断然効率がいいのは明らかだが、それだと自分が負けを認めたような気分になって腹立たしい。



そして個人的にもヴァンという人物がどのような人格の持ち主なのか興味があったので、最早唯一の手がかりと言えようヒッタイ村に向かうことにした。















***



「何とかうまく撒けたみたいだね」



「あぁ、気付くのがもう少し遅ければやっかいなことになってた」



遠く離れた見えない殺気が完全に絶たれた。



リュウとウラヌスがヒッタイ村から更に学園と逆方向に逃げる羽目になった理由は非常に単純であった。



「あのピリピリした気配は間違いなくハダルさんだね」



「忘れるわけがねえ。ここまで電気を自由に操れるやつなど他にいねえからな。せっかく叩き潰せるチャンスだったっていうのに」



ウラヌスが悔しそうに拳を地面に打ちつける。



まるでハダルと戦いたいーーそれ以上にハダルに何らかの憎しみを抱いているような様子だ。



「覇王様にも戦うなって言われているんでしょ。残念だけど二人がかりでも今はまだあの人には勝てないよ」



「来るべき時を待て……か」 



ウラヌスはどんよりと曇った空を仰ぎながら自らの手を上空に掲げた。




今も、そして昔も到底適わなかった。しかしいつかこの分厚い壁の向こうに行ける日が来ることを実現するために今まで生きてきた。彼に向けるのは深い悲しみという感情ただ一つ。



「ハダル、あんたはいつか絶対に俺が叩きのめすからな」



「それはもう皆分かってるから、そのためにもちゃんとやることはしてくれないと困るよ。せっかく光の五神帥に会うチャンスだったのに」



リュウがそこにあるだろうヒッタイ村の方を見つめながら溜め息を吐いた。できれば目立たないよう村に潜り込み、光の五神帥ヴァン・ウルグと接触したかったのだが、最悪の結果になってしまった。



「……何か全部俺が悪いみたいになってるけど、最終的にあいつらを殺ったのはお前だからな? 俺が頑張って説得していたのをお前の炎が全てを台無しにしたんだよ」



「あれが説得ねえ……僕には野生の猿の喧嘩にしか見えなかったけど」



「このっ……!」



突っかかってきたウラヌスの巨体をヒョイとかわしたリュウは嘲笑いを浮かべる。



「ごめんごめん冗談だよ。ちょっとしたことで怒るんだから……」



「あんなこと言われれば誰だってキレるに決まってるだろ」 



頭に上った血が下がっていくウラヌスは唾を吐き捨ててリュウを睨みつける。



「たった一言で人の心なんて簡単に揺さぶれるものさ」



「は?」



ウラヌスの鋭い眼光に対してリュウが返したのは、ある一つの理屈。



いきなりのことで何を言っているのかさっぱりだったが、すぐに納得できる事柄が思い浮かんだ。それが表情として出ていたのか、リュウはウラヌスの肩の上に手を置いた。



「さすがついさっき経験したばかりのことだけはあるね」



「ーーうるせえっ!! 俺が言いたいのはそっちじゃなくてあの男の方だよ!」



わざとらしい態度はやめろと、マジ切れ寸前のウラヌスは耳まで真っ赤にして乱暴にリュウの手を振り解く。



「こういう心理的な駆け引きにウラヌスはとことん向いていないよね。まあウラヌスみたいな性格の人にしか殆ど効果がないんだけど」



今にも襲いかかってきそうなウラヌスがすぐ側にいるというのに、リュウの脈拍に一切のブレはない。


視界には捉えているが、眼中にはない、言わば空気のようなものだーーと、リュウの中の今のウラヌスはこんな状態になっている。



「俺みたいな性格か……確かにあいつは俺に似ている部分があるな……」



怒りが収まったウラヌスは、一番最初にリュウと会っていた男の様子を別の場所で見ていたのを思い出す。



「彼は心の中に、ある棘が刺さっている。そこに僕がもう一本付け足してあげれば、必ず近いうちこちら側に墜ちる」



リュウがもう一本付け足す棘とは一体何なのかウラヌスは知らない。



本当にあの男が仲間を裏切るようなことがあるのか信じられないが、リュウは決して嘘をつかない。



これは長年のつき合いから導き出した結論。



リュウが想定する未来を想像したウラヌスは全身に及んだ寒気に激しく身震いした。



「今日はのぞき見なんてしないでよ」  



「……気付いていたのかよ」



「僕が気付かないわけないでしょ」



よく見せる不適な笑みを浮かべ学園に向かって歩み出したリュウの白い背中を眺めながらウラヌスは思った。



ーーこいつだけは絶対敵に回したくねえ……。
















***



蒸し暑い。



ボサボサに跳ね上がった黒髪の男の瞼がゆっくりと開いた。



風が全く吹いていないため、せっかくの昼寝も暑さによって無理矢理起こされる。



男は目を擦りながら独り言をボヤく。



「暑い……今何時だ……?」



人が通らないとはいえ、さすがに道端にあった巨大な岩にもたれかかって寝たのは失敗だった。



「ここどこだっけ……てか腹減った」



悲しいことに睡眠によって自分がなぜここに来て寝てしまったのか、数時間前の記憶がきれいさっぱりに飛んでしまった。



「あー、学園にでも戻ろうかな。でもやっぱ先に腹ごしらえかなー」



全てを屈服させるような尖った目つきが特徴の男ーーヴァン・ウルグは欠伸をしながら立ち上がると、行き先を迷った末ようやく決めた。



「ダルいからヒッタイ村に戻るとするか」


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