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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
黒の雷編
40/68

学長の頼み




***


「何とかギリギリ間にあったかな」



「はあ、疲れた」



校舎の二階スペースをほぼ全部占める蒼術訓練場の扉が勢いよく左右に開かれると、息を切らしたゼロとメリーが飛び込んできた。



一組の本日最後の授業はこの訓練場を使って実践形式で行われる。何度も頭を下げながらクラスの輪の中に入るが、教師はもちろんクラスメイトもちゃんと事情を理解しているのでいちいちとがめたりはしない。



「よお、今回は随分と長かったな」



「まあいろいろあって……」



教師が説明をしている最中、再後列で話を聞いていたサウスがお疲れといった表情で微笑んできた。隣に立つゼロとその奥のメリーをそれぞれ労うと、ディランがいないことに気づく。



「ディランのやつはまた腹でも壊したのか?」



「いやいや違うよ。このことは授業が終わってからまたゆっくり話すけど、ディランなら今は用があって学園の外にいるよ」



「へえー、あいつもあいつで大変何だな。それにしても学園の外……か」



「どうかしたの?」



「いや、何でもない」



学園の外にいると聞いたサウスが深刻そうに顔を曇らせる。心配を装うゼロにはかぶりを振ってごまかしたが、ゼロには見抜かれていた。




それでもそれ以上ゼロは言及してこなかったーーのではなくしなかった。



「あのバカにはこれくらいがちょうどいいのよ」 



腰に両手を当てるメリーが自業自得と言いたそうにディランを全く養護することなく前を向きながら言った。



不思議? なことにサウスは入学当初からメリーの美貌に関して少しも興味を示さなかった。そのためメリーはサウスの前では余計な振る舞いはせず、普段通りの自分で接している。かといって他の人には性格を偽っているわけでもないが。



「そういや今日は三人一組でペアを作ってやるらしいぜ。どうせだから俺らで組まねえか?」



ディランについての話に花が咲きかけたところで教師の説明が終わり、みなそれぞれ三人のグループを作り始めていた。



「僕は全然構わないけど」



「あたしもいいわ。正直他の人と組んでも授業にならないからね」



このメンバーの中だからこそ言えること。もし今の発言をメリーのファンの誰かが聞いたら一体どういう反応を示すか、少しだけ気になったゼロとサウスだった。



「そういえば近頃はメリーの後ろをつきまとうやつも少なくなったな」



「言われてみればそうかも……どうしてかしら」



「メリーには最強のボディガードがいるからでしょ」



「ハッ、確かにそうだな!」



「二人とも返答次第ではただじゃすまないわよ……。その最強のボディガードとやらはディランのことじゃないでしょうね」



顔を真っ赤にして全身から怒気を放出するメリー。毛羽立った髪の毛が事の恐ろしさを物語っている。



「えっと……そろそろ僕達も練習始めよっか」



「そっ、そうだな。あそこら辺人が少ないから移動しようぜ」



既に散り散りになりかけていた訓練場の端に空いているスペースを見つけ、逃げるようにして二人はそこへ向かう。



「あっ! ちょっと待ちなさいよ!」



ひっとらえようと背中に手を伸ばしながらメリーはふと思った。



ーーあたしって何でディランのことが嫌いなんだっけ?



よくよく考えてみれば嫌う理由がないような気もする。あるとすれば、お調子者でふざけたやつに自分が負けているのが気にいらないのはただの嫉妬ではないか? と最近思い始めてきているのもまた事実。



この前の事件でメリーのディランに対する見方はかなり変わった。ただの自分勝手なやつではない、それだけだ。



「別にあいつがどう思って何をしようとあたしには関係ないから……。一人で外に出て危険とか全然思ってないし……」



段々と何を言っているのか聞き取れないぐらいか細くなっていく独り言に、本音が洩れていることに本人は気付いていないようだった。












***



「本当に一人で行かせていいんですか? あいつを呼び戻すなら俺の方が適任では……」



雑務と知らず、エフリーナにまんまと乗せられ、光の五神帥ヴァンがよく出没する場所のメモを手にしたディランが部屋を出ていってから数十秒後。ゼオンの引きつった表情はまだ元に戻っていなかった。



「確かにヴァンと親しい貴様がこの中では妥当だ。だが遅かれ早かれ、ディランにはここから先の話を聞かすつもりはなかった」



先程とは打って変わって敵を見るような目に変化したエフリーナの威圧感に、ゼオンだけでなく傍らに立つゼロとメリーも竦み上がった。



「最近、夜中に無断でゲートの外に出る生徒がいるらしい……」 



椅子を引いて立ち上がったエフリーナは、黒く塗られた後ろのカーテンを半分ほど開ける。



それまで遮断されていた太陽の光が部屋の中に射し込み、その眩しさで思わず目を細めながら顔の前を手で覆うゼロ達。



窓の外を眺めるエフリーナは真正面から日光を浴びているにも関わらず、人形のような無表情のまま口の筋肉だけを動かした。





「私が学長になってから十年以上経つが、今までそのようなことは一度だけ。ゼロ、貴様が翠玉の森に飛び出していったときだけだ」 



「……」



ゼロは何も言わず、ただ学長の話に耳を傾ける。あのときのことは、悪いことをしたかもしれないが、間違ったことはしていない。そんな意志が澄んだ黒い瞳にこめられている。



「私は生徒のことを信用している。だから夜回りなどは一切行っていない。そもそもここに暴動を起こすようなやつは入れないからな」



「でもこちらから外に出ることは可能」



娘の言葉にエフリーナはゆっくりと首を縦に降ろす。 


 

「ここ一ヶ月、正確には夏休みの前からか、毎晩外に出ている生徒がいると他の教師から聞いて知った」



「一体何のために……」



ゼロが首を捻って考えるが、納得できる理由は浮かんでこない。

 


「何のため、よりまず誰が、の方が肝心ではないか?」



「確かにそうだわ」



「あっ」



盲点を突くゼオンの初歩的な意見に唸るゼロとメリー。



「……誰かはもう分かっている。昨日ライニッツのやつに一晩中空中で見張らせておいたからな」



驚きの声を上げるよりも先に、


ーーいくら何でもこき使われすぎだろ! と心の中で思いっきりツッコんでしまったが、気持ちを静めて続きを待つ。



「さすがに暗闇の中、空から誰か判断するのは難しいが何をしていたかは分かった。巨大な岩をも砕く一直線に伸びた黄色い閃光。間違いなく雷属性の技だ。威力から考えてかなり上位の技に値する」



その技を使う人物に一番心当たりがあったのはゼロ。驚きを隠しきれず言葉も出てこない。



しかしそれはただの蒼術の修業ではないか。そこまで深刻になる必要がないのではと、それぞれが疑問に思う中、エフリーナは一瞬にしてその心持ちを覆す。



「それだけならまだいい。注意すればすむ話だからな。だが問題はその先だ。そいつは帰り際に誰かに会っていたらしい。ここの生徒ではないのは間違いなく、その人物の外見はーーーー」


























エフリーナは両目を大きく見開いて戦慄する三人の方を振り向くと、思い詰めたような顔をして言った。



「貴様らに一つ、頼みたいことがある」

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