帰還
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「ハア、ハアッ、ここ…こんなに遠かったっけ?」
コフとの死闘で錆びきった鉄のように重くて自由がきかない足を引きずりながら、歩くことおよそ一時間。
激しい息切れと共にディランがルーブ村へと帰還した。
「ちくしょう、体力を使い過ぎちまった。もうヘトヘトだ」
今までにない【雷鎧】の長時間使用に【雷の繋縛】の乱発。更には前日うけたダメージが蓄積されているため、身体への負担がその分上乗せされる。
全身ボロボロとはまさにこのことを指すのであろう。
村に着いたからといって、よく考えてみれば一体どこへ向かえばいいのか分からない。出たときには怒り狂っていたため記憶が少々曖昧になっているのは、恥ずかしい限りである。
ただ身に任せて前進を続けている中、ムカつくぐらいの元気な声が遠くの方から聞こえてきた。
「ねえ、あれディランじゃない?」
女の声だ。どこかで聞き覚えがある。それにしてもやけに元気だ。
「あっ本当だ! おーい! ディランー!」
次いでこちらは男の声。はたまたどこかで聞き覚えがある。それにしてもやけに元気だ。
「あいつら……何であんなにピンピンしてんだ……?」
意識が今にも飛びそうで色を失いかけているディランの目に映ったのは、前方で手を大きく上に 伸ばして振っているゼロとメリーだった。
その周囲に何人か人がいるがきっとミラ達であろう。
重要なのは今見えているのが夢か幻でない限り、この二人はいきいきとした明るい表情を浮かべているということだ。
「あれっ……もしかしてあんなに苦戦したのは俺だけなのか……?」
元々垂れ下がっていた肩と首から更に力が抜ける。確かに二人が無事なのは大変喜ばしいことだ。しかし、一体この差は何であろうか。
思い返してみると自分が戦った相手は敵の中でも力がやや劣っていた。対してゼロの相手は全く歯が立たなかったユーリッド。そしてメリーは何の情報もないレイミン。
「俺って実はそんなに強くないのか?」
ふと洩れた一言に、
「何言ってるのさ、ディランはむちゃくちゃ強いよ」
「まぁあたしもそこだけは少しだけ認めるわ。そこだけ、少しだけだけど」
またしても二人の声が届いてきた。
今度は耳元でーー
「お前ら……」
両腕が急に持ち上げられたことに気づいたディランが、首を左右に振って目を丸くする。
ゼロは右腕、そしてメリーは左腕をそれぞれ自身の首の後ろに回してディランを支えていたのだ。
「全然帰ってこないから心配したよ。捜しても見つからないし」
「このお礼はまた今度タップリしてもらうからね」
「すまんな……それよりお前らよくあいつらと戦ってこんなに元気でいられるな?」
その問いに頷きながら答えたのはメリー。
「あたしはさっき治療してもらったからね。それにしても強かったなー」
口で言ってる割にはやけにふわふわしているメリーにディランは、
「へぇ、でもそんなに強いやつにメリーは勝ったんだろ?」
と真面目に聞き返すと、メリーがきょとんとした顔でディランを見つめ返した。
「ん? あたし負けたよ?」
「へっ? 何言ってんだお前。今自分で強かったなーって、てかそもそも負けたやつがこんなとこにいるか!」
「……えーっと、強かったのはゼオンさんよ。本当にすごかったんだからあの人。もう瞬殺よ、瞬殺」
「ふーんゼオンさ…………ゼオンさん!?」
「うん。助けに来てくれたのよ。あたしがやられかけたときに」
疲労であまり頭が回らないディランでも理解した。口を開くよりも早く、ディランの焦点はゼロに移動を終えていた。
「まさかとは思うが……」
この場面でメリーがそういうことなら、ゼロも必然的にそういうことになる。
「師匠が助けてくれたよ」
「やっぱりな。もう何も言わなくていいよ。で、俺のとこには誰もきてくれないと」
負のオーラ全開のディランが拗ねたように独り言を呟いていると、メリーが止めの一撃をさした。
「何かゼオンさんがあんたは気合いでなんとかするから、ってお母様が言ってたって言ってたわ」
「ーーあのクソババアッ! 何が気合いだ! こっちがどれだけ大変だったと思ってんだよ!」
身体のダメージをもろともにしない、魂のこもった叫びはもはや猛獣の雄叫びそのものだった。
「ーー分かりますよあなたのその気持ち。とうとう彼女は自分の教え子にまでこんな悪質なことを……」
「ちょっと人聞きの悪いことを言わないで下さいよライニッツさん!」
どうやら話している間にみんなのいる場所まで到着していたようだ。必死に弁論するメリーを見て見ぬふりして、ライニッツは下ろしたばかりのディランの両手を力強く握った。
「もし学園でまた彼女に酷い目に合わされるようなことがあれば、まよわず私に言って下さい。大丈夫。私はあなたの味方です」
「お……おぉ……」
何か固い繋がりができてしまった二人を見ながら苦笑いを浮かべるゼロと、こりゃダメだと嘆息するメリー。
「ふむ、どうやらあなたはそんなに傷は負っていないようですね。恐らく一晩寝たら回復するでしょう」
ディランの身体のいろんな箇所を軽く触ったライニッツは、特に治療を急ぐ必要はないと判断し、その場に座るよう指示した。
ゆっくりと腰を下ろしたディランはその周りにいる面子を見て固まる。
「何でこいつらまで……」
ディランの視線の先には、ユーリッドとレイミンが並んで寝かされていた。
「いろいろと訊きたいことがあるそうだ」
その隣で片膝を立てて座るゼオンが答えた。
「なるほど……」
ディランはそれ以上は何も言わなかった。
「さて、これで全員そろい……あっ……」
「師匠?」
「忘れていました……そういえばあと一人いたんでした」
「あと一人? それってディランが倒したコフのことですか?」
メリーが首を傾げると、ライニッツは首を横に振った。
「あなた達は直接会ってないから知らないと思いますが、もう一人いたのです。闇属性狩りがーー」
「なっ……」
絶句するディラン達を余所に、ライニッツは少し強ばった表情で探してくると言って立ち上がった。
ーー瞬間。
ライニッツ、それにゼオンの肩が同時にピクッと震え上がる。
一つの巨大な影が接近していたーー
最初に人の気配を感じ取ったライニッツは、その正体を知って身体が硬直した。
誰が見ても明らかであった。いかにも一度会ったことがあると、顔に出ている。
ゼオンはただ怪訝そうに眉を顰めながら、それでも、いつ何が起きてもいいように、掌に若干の炎を灯している。
殺伐とした空気でゼロとメリーが固唾を呑んで見守る中、
「ん、親父か?」
ディランが疑問形でその名を呼んだ。
「何?」
意外にも、この中で一番早い反応を示したのはゼオンだった。
「ディランの……」
「お父さん……?」
ゼロとメリーはまだ目の前の光景と事実が整理されておらず、戸惑っている様子だ。
五人の視線の的となっている人物はそれに動じることなく、鍛えぬかれた太股のような剛腕で、黒こげになって意識を失っているアミハルを抱き抱えていた。
そのまま何も言わずライニッツの前まで来ると、
「お久しぶりですハダルさん」
両足を揃え、真っ直ぐに伸ばした手を横に添えるライニッツが、改まった感じで軽いお辞儀をした。




