全国準々決勝 霞北高校―城徳学園
全国準々決勝 霞北高校―城徳学園
選手招集の放送が入った。
「霞北高校、城徳学園の選手は、指定された試合場へ集合してください」
「行くぞ」
大島が立つ。
ここから先は選手五人と大島。
山口、拓真、神戸、熊谷、小松崎。
六人で観客席側を離れ、指定されたコートへ向かった。
全国大会二日目。
ベスト8が出揃い、試合場は二面まで絞られていた。
昨日までとは違う。
広い日本武道館の中央に残された二つのコート。
そこへ視線が集まっている。
反対側から、黒い道着の城徳が入ってきた。
先鋒。
山口郁人――加藤正輝。
次鋒。
佐藤拓真――近本。
中堅。
神戸寛――田川秀長。
副将。
熊谷桜太郎――渡会大。
大将。
小松崎堅介――田川秀吉。
五試合。
全国ベスト4を懸けた戦いが始まった。
先鋒 山口郁人―加藤正輝
開始直後から、二人は速かった。
山口が入る。
加藤も入る。
一度離れれば、今度は加藤。
山口は横へ切って、すぐ返す。
一年生同士だった。
だが、どちらにも一年生らしい遠慮がない。
山口が先に入れば、加藤は下がるだけでは終わらない。
逆に押し返す。
山口もそれを嫌がらない。
むしろ楽しそうだった。
「山口、下がるな!」
風呂の声が飛ぶ。
山口が踏み込んだ。
拳が交錯する。
旗。
点が動く。
また動く。
だが、少しずつ加藤が上回った。
山口が変化をつけても、二度目には加藤が対応する。
それでも山口は止まらない。
残り時間が削られていく。
電光表示は、
4―2。
城徳、加藤。
「あと少し!」
大島が叫ぶ。
山口が前へ出る。
加藤は当然、時間を使う。
追う。
逃がさない。
山口が一気に距離を消した。
拳ではない。
足が走った。
中段。
蹴りが加藤の胴へ入る。
「やめ!」
山口が振り返る。
入った。
そう思った。
だが主審は時計を確認した。
副審が集まる。
審議。
霞北の六人も電光掲示板を見る。
「頼む……」
拓真が呟く。
判定が出た。
時間外。
無効。
山口が一瞬だけ天井を仰いだ。
それから加藤へ向き直る。
礼。
2―4。
先鋒、城徳。
戻ってきた山口は悔しそうだった。
だが、拓真を見ると、
「悪い」
とだけ言った。
拓真は立ち上がる。
「取ってきます」
次鋒 佐藤拓真―近本
開始。
その瞬間から、拓真は苦しかった。
近本が来る。
速い。
拓真が手を出す。
近本がそれを見ている。
カウンター。
「やめ!」
城徳。
再開。
今度は拓真が待った。
来る。
分かっている。
だが――。
刺された。
「やめ!」
また城徳。
手を出せば取られる。
待てば来る。
なら先に。
近本が動く。
拓真が反応した。
逆突き。
いつもの左。
だが近本は、その左ではなく――その前を見ていた。
右手。
身体が動く前の、ほんのわずかな反動。
拓真が入る。
近本はもうそこにいない。
簡単にいなされる。
「……っ」
何をすればいい。
近本は待ってくれなかった。
城徳は先鋒を取っている。
それでも近本は守りに入らない。
取れるだけ取る。
団体戦だからだ。
一点でも多く。
後ろへ残す。
拓真が追われる。
また来る。
反応する。
外される。
今度は先に行く。
そこへ合わされる。
気がつけば、自分が何を見ているのか分からなくなっていた。
それでも一度。
近本が来るより先に、拓真は身体ごと飛び込んだ。
形も何もなかった。
右。
左。
「やめ!」
旗が上がる。
赤。
一点。
「……よし!」
拓真が拳を握った。
だが近本の顔は変わらない。
再開。
また来た。
最後まで。
5―1。
礼をしたとき、拓真には四点差以上の差があったように感じた。
戻る。
山口が黙って場所を空けてくれた。
拓真は座った。
霞北は二敗。
点差はさらに広がった。
その前を神戸が通る。
「行ってくる」
中堅 神戸寛―田川秀長
空気が変わった。
神戸も秀長も、簡単には入らない。
牽制。
一歩。
止まる。
また一歩。
長い。
二人とも長い。
先ほどまでの試合とは違い、時間だけが静かに流れていく。
先に均衡を破ったのは神戸だった。
秀長がわずかに前へ出たところ。
神戸の拳が伸びる。
「やめ!」
赤。
1―0。
神戸が先取。
そこから神戸はさらに慎重になった。
だが、下がるわけではない。
前蹴り。
秀長がかわす。
神戸はそのまま前へ出る。
また前蹴り。
当てるためだけではない。
距離を作る。
秀長を、自分の欲しい場所へ置く。
城徳はすでに二勝している。
だが秀長自身は負けている。
取り返さなければならない。
秀長が入った。
神戸は身体をさばく。
長い腕が伸びた。
カウンター。
旗。
赤。
さらに一点。
終盤にも神戸が取った。
3―0。
霞北、ようやく一勝。
神戸は戻ってきても大きく喜ばなかった。
熊谷の肩を叩く。
「頼む」
「おう」
熊谷桜太郎が立った。
副将 熊谷桜太郎―渡会大
ここまでの総得点。
霞北は、四点負けている。
勝敗だけではない。
点も必要だった。
熊谷が前へ出る。
渡会も下がらない。
「でけえ……」
山口が思わず漏らした。
熊谷が大きい。
渡会も大きい。
それなのに、二人とも動く。
熊谷が圧をかける。
渡会が押し返す。
拳が出る。
身体で潰れる。
蹴りが出る。
距離がなくなる。
接近。
主審が割る。
再開。
またぶつかる。
いつの間にか、技の応酬というより巨体同士の場所の奪い合いになっていた。
組み合う。
崩す。
渡会が投げようとする。
熊谷が耐える。
今度は熊谷が返す。
渡会も倒れない。
2―2。
残り十秒。
これでは足りない。
「熊谷!」
大島の声。
熊谷が入った。
渡会も来る。
相打ち気味。
だが熊谷は止まらない。
そのまま接近。
押し合う。
熊谷が一気に渡会を放した。
後ろへ体勢を崩す渡会。
そこへ熊谷が無理やり突っ込んだ。
逆突き。
「やめ!」
旗を見る。
上がらない。
時間。
2―2。
引き分け。
熊谷は数秒、その場に立っていた。
それから礼をして戻った。
誰も責めなかった。
これで四試合が終わった。
そして。
大島が得点表示を見る。
霞北が団体で勝つ方法は、一つしかなくなった。
小松崎が立ち上がる。
三点差で勝つ。
それだけだった。
大将 小松崎堅介―田川秀吉
向かい合うと、身長差がさらに際立った。
およそ二十センチ。
田川秀吉は大きい。
長い。
そして、大将戦の状況を理解している。
田川は勝つ必要がなかった。
三点差で負けなければいい。
「始め!」
田川が出る。
だが決め切りには来ない。
半端に攻める。
小松崎が返そうとすれば離れる。
仕切り直す。
また入る。
また切る。
時間が削られていく。
「先輩……」
拓真は拳を握っていた。
小松崎が動いた。
遠い。
そこから手を伸ばす。
掛け手。
刻み突き。
田川の長い腕に触れる。
右。
左。
また右。
拳を出すというより、相手の腕を伝っていく。
這う。
田川の長い腕を邪魔とせず、その上を道にするように。
左。
一気に内へ入った。
逆突き。
田川の上段へ差し込む。
「やめ!」
旗。
赤。
1―0。
「よし!」
霞北側から声が上がった。
あと二点。
再開。
今度は田川が間合いを詰めてきた。
じりじり。
小松崎も動く。
田川が刻み突きで突進した。
小松崎が身を沈める。
かわす。
身体を入れ替える。
右足で床を踏ん張った。
その足を残したまま、反動を使う。
追い突き。
伸びる。
だが――。
田川が大きすぎた。
拳は上段へ抜けず、腕に当たった。
旗は上がらない。
それでも小松崎は止まらなかった。
流れた身体のまま、田川の肩へ手を添える。
押すのではない。
支点。
そこから田川の後ろへ回り込む。
田川はまだ前へ流れている。
小松崎が振り向く。
逆突き。
入った。
「やめ!」
旗。
赤。
2―0。
「先生!」
大島がすぐ立った。
主審へ申し出る。
今の田川の体勢。
完全に崩れていた。
自力で即座に攻撃へ戻れる姿勢ではない。
「今の技について確認をお願いします!」
審判団が集まった。
試合が止まる。
霞北の選手たちは誰も喋らない。
もし二点なら。
あと一点。
いや――今の判定が技あり相当になれば。
大島は審判へ説明する。
田川は完全に体勢を崩していた。
その状態への有効打。
技あり、二点ではないか。
協議が続いた。
長い。
やがて主審が戻る。
判定は――変わらない。
一点。
2―0。
「……くそ」
山口が漏らした。
再開。
残り時間はほとんどない。
小松崎はすぐ前へ出た。
田川は付き合わない。
距離を切る。
小松崎が追う。
田川が半端に手を出す。
止まる。
仕切り直す。
また時間が落ちる。
「行け!」
大島が叫ぶ。
小松崎が踏み込む。
田川が下がる。
さらに追う。
ブザー。
終わった。
小松崎は止まった。
電光表示。
2―0。
大将戦。
小松崎堅介、勝利。
だが。
団体総得点。
あと一点。
たった一点、届かなかった。
霞北高校。
全国大会、ベスト8。
城徳学園、準決勝進出。
小松崎は表示を見た。
それから田川秀吉へ向き直る。
礼。
「ありがとうございました」
田川も深く礼を返した。
戻ってきた小松崎に、大島はすぐには何も言わなかった。
熊谷も。
神戸も。
山口も。
拓真も。
小松崎は自分の試合には勝った。
二点差をつけた。
それでも必要だったのは三点だった。
「……すみません」
小松崎が言った。
大島が首を振る。
「違う」
短く言った。
「団体戦だ」
その一言で、拓真は顔を上げた。
自分は五対一で負けた。
山口も負けた。
熊谷は引き分けた。
神戸が三点取った。
小松崎が二点取った。
全部合わせて、霞北の試合だった。
誰か一人の一点ではない。
それでも拓真の頭には残った。
近本から、無我夢中で取ったあの一点。
右から左へ飛び込んだ、ぐちゃぐちゃの一本。
そして――取られた五点。
全国ベスト8。
すごいところまで来たはずだった。
なのに。
最後に残ったのは、
あと一点。
その一点だけだった。




