序章
意識がブツっと途切れた。
俺は死んだのだ、と自覚した。
すぐに、覚醒。
やけに庶民的な光景が目に映った。
キッチンだろう。
テーブルがあって、炊事をする場所がある。
テーブルには男が一人、椅子に座っていた。
目をぱちくりさせている。
青年だ。
紺青の髪と瞳をした、青年。
「え、だれ??」
青年は、俺を見てそんな言葉をぽつりと漏らした。
そして、ジィっと俺を見てくる。
何かを見抜くかのように、俺を凝視する。
「あ、あぁ、はいはい。
そういうことか、なるほどね。
でも珍しいなぁ、ここに君のような子が来るなんて」
と、青年は納得している。
「ん?
でも、君……あ、はいはい。
わかった、そういうことね」
と、青年はずっと独り言をつづけている。
なにがわかったと言うのだろう。
俺はそこでようやく口を開いた。
「あ、あの、ここは??」
きょろきょろと周囲を見回す。
やはり、庶民的な光景だ。
「君にとっては死後の世界、になるのかなぁ。
君、死んだのは自覚してる?」
俺は頷いた。
死んだ。
そう、俺は死んだのだ。
しかし、死後の世界にしては、なんともまぁ、生活感溢れる空間である。
「そっかー。
大変な人生だったんだねぇ。
でも、頑張ってきたんだねぇ」
と、青年――神様はやはり俺の顔を穴が空くほど見つめて言ってくる。
なにもかも見透かされている。
きっと、この人は神様なんだ。
それなら彼が口にした、【死後の世界】という言葉にも納得できる。
頑張ってきた、その言葉に記憶が一気に蘇る。
大切な人を、大好きな女の子を、恋人を守りたかった。
俺と家族となってくれるはずだった人を、守りたかった。
ずっと一緒にいたかった。
死がふたりを分かつまで、ずっと一緒に生きていきたかった。
ただ、それだけだった。
でも、それは叶わなかった。
彼女は、龍皇に奪われてしまった。
何十人、否、何百人もいる側室の一人として、奪われてしまった。
取り戻そうとしたけれど、結局それも上手くいかず。
最期は、他ならない龍皇によって俺は首を落とされた。
「龍皇??
あぁ、亜人族の皇帝のことか。
君の生きた世界だと、龍神族が世界を支配してるんだね。
【龍皇】っていうのは、その中の王様かぁ」
ふんふん、と神様は確認するように言ってくる。
それから中空に指を滑らせる動作をした。
その指を滑らせた場所を神様はみている。
なにもない。
けれど、確実にそこには何かがあるようだ。
神様にしか見えない、なにかが。
しかし、神様なのに、【龍皇】のことは知らないのか?
「んー、まず、神様じゃないからね、僕」
え、そうなの??
「そうなの」
神様はすぐさま返してくる。
これで、確信する。
「あの、もしかして、俺の考え読んでます?」
「あ、やっと気づいた」
カラカラと神様は笑った。
「話すより、記憶を読んだ方が早いからね。
普段は、あんまりしないんだけど。
……ちょっと、君を見てると放っておけない感じがしてね、ごめんね」
「はぁ?」
頭の中を読めるのに、神様じゃないらしい。
……ちょっと何言ってるかわからない。
そんな超常の能力を持つ存在は、神様のはずだ。
普通の人にそんなことはできないのだから。
「でも、これは……ふむ」
神様はぶつぶつと、やはりなにもない所を見つつ、なにやら呟く。
そしてまた、俺を見た。
「話は変わるけど、君、やり直したかったりする?」
唐突に神様がそんなことを口にした。
「はい?」
神様は言い直す。
「人生、やり直したかったりする?」
人生のやり直し。
出来るならしたい。
やり直して、そして、今度こそ。
「恋人を救いたい??」
「はい」
神様は俺の目を真っ直ぐ見る。
今度は、射抜くような威圧感があった。
「もう二度と、君が恋人と結ばれなくても?
恋人が、君や龍皇以外の誰かと添い遂げる人生になっても??」
神様が確認するように聞いてくる。
否、紛れもない確認だった。
彼女が、俺でも龍皇でもない、他の誰かと人生を歩む。
それを想像する。
龍皇よりはずっといい。
彼女をみすみす奪われ、目の前で首を刎ねられるという醜態をさらした俺なんかよりもずっといい。
「どう?」
俺は神様を見返した。
神様は、ジッと俺を見ている。
観察している。
返答を待っている。
俺は口を開いた。
「彼女が、幸せな人生を送るのならそれでいいです。
そのためなら、俺はなんだってする。
俺は、彼女と結ばれなくていい!!」
本心だった。
心の底からの願いだった。
彼女と家族になれたなら、きっと俺は幸せだったことだろう。
でも、その幸せはけっして叶わないと知っている。
「わかった。
じゃあ、特別に願いを叶えてあげるよ。
君に新しい人生をあげる。
君が恋人を救えるように。
やり直し、とは言ったけどちょっと違うかな。
別人に生まれ変わらせてあげる。
それで次の人生を生きなさい。
そして、恋人に同じ道を辿らせにないようにするんだ。
そのために……君の願いを叶えるために能力を二つ、渡すね」
「二つ?」
「そ、一つは他人に頼る――相談する能力。
まぁ、有効活用できるかは君次第だよ。
もう一つは、僕にはもう不要な能力だから、君にあげる。
なにせ、君に待つのは茨の道だから。
あ、そうだ、ついでにこれも特別に付けておこう。
能力とは別の、一周目の世界での龍皇関連や世界の情報を与えておくよ。
これで動きやすくなると思う。
あと、ある程度、君自身に調整をしておいた」
パチン、と神様が指を鳴らした。
直後、俺の意識が遠のきはじめる。
「ほどよく、ゆるく、頑張りなよ」
おだやかに、神様が言ってくる。
――はい!!ありがとうございました!!
力いっぱい、返事をしたけれど神様にとどいたかはわからない。
こうして俺は恋人の運命を変えるためにもう一度、別人として生きることとなった。
……女の子として。
龍皇の婚約者としての人生が始まったのであった。




