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【化かしあい 果たしあい】

 美樹は、寝言から『高橋さん』を武器に問い詰めているだけで、証拠など内のだろう。勝手に想像し、思い込んで確信しただけなのだろう。ならば強行突破も可能だが、言い返せば激高するだろう。ここは敢えて引く方が得策だと考え、謝った。不意の詫びで呆気に取られている今のうちに、説明する。


 「実は、夜勤になってから毎日イライラしてた。娘たちも反抗期だし、美樹ともすれ違いってたし。」


 認めるかのように話し始めると、妻は聞く体勢になった。妻はいつもこうだ。俺が強気なら、威圧的な態度をとる。俺が弱気なら、寛大なふりをして全てをしゃべらせようとする。


 「半年前かな、頼道の交差点の裏にあるスーパーに行った。そしたら、そこのレジの店員さんの笑顔が素敵でさ。3度目には、俺のタバコの銘柄まで覚えてくれてて、なんか嬉しかったんだよね。」


 そう、俺はただ、スーパーのレジにいる高橋さんの笑顔に癒されていただけ。スーパーに入ると、左側に並ぶレジを見る。そこに、高橋さんがいるのを確認してから買い物をする。

 朝だから客はまばら。希に、高橋さんが他の客の接客(レジ打ち)中でも、他の店員さんではなく高橋さんに並ぶ。

 それだけだ。そう、それだけだ。絶対に…。


 説明を終えて、美樹の顔を見る。美樹は少し考えてから静かに口を開く。

 「ふぅん。で、その若い高橋さんって店員さんと浮気した訳ね?」


 妻は、疑うことを止めないようだ。だが、どんなに疑おうと、証拠などあるはずがない。納得させる言葉を探しながら返す。

 「そんな訳ないだろ。高橋さんは、俺より5つ上だ。若いどころかおばちゃんだよ。それに…。」


 “それに…”に続く言葉は、まさしく決定打にする。


 「月3万円の小遣いしかない俺が、浮気なんて出来るか? そんな貧乏で、ビール腹で、顔も悪い中年親父になびく女性なんて、こんな俺と一緒にいてくれる女性なんて、美樹くらいだよ。」


 決まった。秘技“弱気な自虐からの、愛”。俺のなまくら刀で出せる、唯一最大の技。若い頃から負け犬人世の俺は、かっこいい男を演じるなんて出来ない。むしろ、こんな情けない俺を愛してくれる美樹に一筋。喧嘩の度に繰り出すこの秘技が、気の強い美樹とやってこれた要因だ。


 「なるほどね。確かに若い女の子ってのは無理ね。じゃぁ、高橋さんは、私のように、隆司みたいなのでもいいって思ってる変わり者って線は残るね。」


 今日の妻は、一味も二味も切れ味が鋭い。


 「それに、5つも歳上か。なら、年齢では隆司をストライクゾーンと見れるわけか。それに、その歳なら、お金も無い顔も悪い中年でも、八方美人で傍目には人当たりの良い人畜無害そうな男を好むってありそうね。」


 妻の言いように、流石に腹がたった、

 「お前さぁ、それは俺にも高橋さんにも失礼だろう」


 嫌気がさしたような口調で言い放った瞬間に、後悔する。目の前の妻は赤鬼化してしまった。


 「じゃあこれは何よ。」

 妻が、真剣を振り下ろすが如く叩きつけてきたのは、クレジットカードの明細。


 「ピザリアン、インドカレーチャイ、カフェデリー。確かにあんたの小遣いで行ける店。あんたがこんな女性受けする店に行くなんて知らなかった。でも、安さが売りの店なのに、どう見たって一人で食べた値段じゃないわよね。これは二人前かしら?」


 言葉を失った俺に、妻がとどめを刺しに来た。


 「スマホ見せなさい。見せなきゃすぐ、これ。見せるなら、もう少し考えてやる。」


 そう言った妻は、半分書き終えてある離婚届を手にしている。

 

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