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冒険王ー世界最強の称号ー  作者: 龍崎 明
一章 盾の誓い
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27.獣性と狂気

 【獣装】を編み出したのは狼人だったと伝わっている。


 獣の因子を呼び覚ますこの魔術は、その思考をより本能的なそれへと変える。


 柔軟に欠ける思考を圧倒的な身体能力で補って、守勢に回る気質を本能で塗り替える。


 正に狼人の弱点を補うようにできていた。


 しかし、それは諸刃の剣でもあった。


 本能の発露は、人が理性や知性と呼ぶモノを消し去ってしまう。


 駆け引きがなくなってしまう。だが、それは狂人を相手にするならば、気にする必要のないことだろう。


 最も問題となるのは別のことだ。


 本能は、純粋な願いに近く、戦闘中は常に魔闘術を発動ささせているのと何ら変わらない状態にある。


 相手を斃す。ただ、その一点を突き詰めた願いは、術者をより強くするが、強大な力は消耗も激しく長期の戦闘を困難にさせる。


 仲間を逃すための戦いだ。敵を斃せないのならば、できる限り戦いを長引かせる必要があった。


「Aaaadoooo!!」「ガァアア!!」


 もはや、この場に意味ある言葉を使うモノはいなかった。狂人の絶叫と人獣の雄叫びが重なり合う様は、気迫こそが勝敗を左右するかのような錯覚を起こさせる。


 しかし、現実は無情だ。戦況は始終、ロウラクの劣勢で変わらない。


 ゴンズの盾を斬り裂いた狂人の剣は、ロウラクのステッキも容易く切り刻んでしまうだろう。防ぐという行動を選ぶわけにはいかず、全ての攻撃を避けねばならなかった。


 そんな条件で防戦一方となれば崩れるのは時間の問題だ。圧倒的な力の差がありながらも、ロウラクは攻めに出なければならない。


 ほんの僅かな隙を縫って、ステッキを縦横無尽に奔らせる。


 だが、その全てが硬質な音ともに弾かれた。


 ロウラクのステッキは、それほど長くはない。だが、魔獣を相手取ることを考えて制作されたそれは総金属製の特殊な代物だ。

 軽い金属を素材に、【軽量化】の魔術刻印エンチャントを施されているとはいえ、一般人ならば持ち上げることも困難であろう。


 そのステッキによる打撃は、しかし、狂えるオルランドの肉体が変質したものだとされる漆黒の棘鎧に傷をつけるどころか、狂人に衝撃を与えることすらほとんどできていない。


 辛うじて腕を打つことで、攻撃の威力やタイミングを僅かに変化させる程度だ。それも目に見える変化ではなく、髪の毛一本、薄皮一枚程度のズレだ。


 綱渡りという表現が生温い、敗北必至の死闘はしかし、意外なほど長く続いた。


 理性亡き筈の狂人の視線は、ロウラクではなく逃走したゴンズらの方を向いていたからだ。


「グルル!」


 行かせるものかよ。


 ロウラクの唸り声は、言外にそのような意味があったことだろう。


 だが、狂人の視線が変わることはない。


 余所見をしながらの大振りな一撃。


 本能のままに最短で、しゃがみ込むことでそれを回避するロウラク。


 跳ねるように前へと上体を起こし、その勢いを乗せてステッキを突き出した。


 ステッキは、狂人の重心を正確に強打する。狂人の足が一歩だけ後退する。


 だが、ロウラクは攻め続けることはせずに、警告する本能に従って飛び退いた。


 一瞬遅れて、後退するに任せて回転した狂人の大剣が通り過ぎる。そのまま、攻め入れば致命の一撃となっていただろう位置だった。


「Aaaaadoooooo!!!」


 絶叫。魔力を含んだそれは、物理的衝撃を伴った。


「グゥ!?」


 ロウラクは重心を低く踏ん張らなければならなかった。


 その余韻は終わらぬうちに、狂人が大剣を振りかぶる。


「ガァアア!?」


 整わぬ体勢。無理を押してロウラクは身を捩って凶刃を躱そうとした。


 しかし、響く悲痛な咆哮。遂に、左肩から胸部にかけての重傷を負った。どくどくと溢れる鮮血がロウラクの衣服を赤黒く染め上げる。まるで染まり切ったときが刻限(リミット)であるかのようだ。


「Aaaaadoooooo!!」


 狂人に嗜虐心はない。どこまでも純粋な強さへの渇望は、ただ相手を殺すことにのみ注力させる。


 絶叫とともに振るわれるは、必殺の一撃。断首の軌道。


 しかし、それは空振った。


 避けたのではない。ふらついたのだ。


 失血と疲労が意識を曖昧にし、ロウラクを支える気力が一瞬、途絶えた。


 それは何の役にも立たない奇跡だった。


「はは!」


 灯る意志。意識が一度、途切れたがために、ロウラクに理性が宿る。


 目的を思い出す。


「倒れんよ、倒れるものか。は、アイツらに生きて幸せになってもらいてぇんだ!」


 笑みが浮かぶ。ロウラクの獣面に、優しげな笑みが。


「白き獣よ!我らが祖神よ!我が最期の闘争を御笑覧あれ!」


 獣人の祈りを捧げて、ロウラクは手負いの獣を警戒する狂人に牙を剥く。


 その体躯は数倍に膨れ上がり、ヒトの名残を捨て去って四肢で大地を踏んだ。


 口に咥えるステッキと頭に残るシルクハットが、妙に似合っていた。

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