26.座長権限
大地の揺れを錯覚させる轟音とともに、狂人の頭部は大地に叩きつけられた。
宙空よりそれを見下ろすギョクトの瞳に驚愕が宿る。
狂人は全くダメージを感じさせない様子で、叩きつけられた勢いのままに逆立ちの姿勢になる。
そして、片腕で大地を押した。
狂人の身体は再び宙空へと跳び上がり、正確にギョクトを狙う。
「立ち塞がれ!【巨壁】!」
ガラの叫びが、魔力を凝らせる。
それは魔力の障壁によって盾の範囲を超えて攻撃を塞ぐ魔闘術だ。
横への展開を削り、縦へと延ばすことで狂人とギョクトの間に割って入る。
だが、ゴンズの盾を割った狂人の大剣を塞げるとは思えない。事実、狂人は今まさに大剣を振るおうとしていた。
「降りろ!」
「おう!」
ただ、それよりも一瞬早く、ガラの言葉に応じてギョクトが魔力の壁を駆け降りる。
「AaaaaaAAA……DoooooOOO!!」
苛立ちか、狂喜か。障壁を斬り裂くのみに終わった狂人が絶叫する。
狂人は、宙空を踏んだ。
魔闘術【空歩】。
魔力によって形成した足場で、空を駆けることができる高等魔術だ。
ガラは、その魔術の存在を知らなかった。驚愕に彩られる思考の空白の中。
咄嗟にとった、いや、とれた行動は二つ。
ギョクトを押し退け、盾を構えた。
「こんのバカ!」
ギョクトの罵声が遠く聞こえる。
ガラの脳裏に過るのは、先程のゴンズの姿だ。
「Aaaaaa!」
狂人が絶叫とともに、蒼き大剣を振り下ろした。
「ぐっ!?」
響いたのは金属音。
狂人の圧倒的な膂力に押されながらも、ガラの漆黒の盾は蒼き大剣を塞いでいた。
「ぐっ……ぁぁぁああ!!報いを受けろ!【応武返し】!」
防いだ攻撃をそのまま撥ね返すカウンター魔闘術。
ガラが現在、使用可能な魔闘術の中で唯一、攻撃的な代物だ。
だが、不発に終わる。
「ぐっ、あ!?」
魔力は願いを叶える力であり、それはより強い願いを叶えることを優先する。
ガラの願いは、狂人の願いを超えることはできなかったのだ。
ガラの脚が大地に沈む。
魔力によって頑強になった肉体が、それでも軋みを上げる。今にも砕け散りそうな重圧だった。
「狼牙流棒術【急襲】」
そこに飛び込む一人の男。『放蕩一座』座長ロウラクだ。
その手に握るのはステッキだ。
伸ばした片手で狙いをつけるようにしながら、打突を放つ。
それは玉突きの如く、狂人の体を突き飛ばした。
「全く無茶をする」
油断なく狂人を見据えながら、ロウラクが言葉を紡ぐ。
「犠牲になるのは俺一人で充分だ。ゴンズ、ギョクト、レンレン、レイレイ、ガラ」
「座長?何を言って……」
ギョクトが思わず問い掛けるも、言葉は続く。
「逃げろ!」
その言葉に、『放蕩一座』全員が硬直した。
真っ先に我に帰ったのは、ギョクトだった。
「ふざけんな!?俺はあんたにまだ何も返せちゃいねぇんだぞ!」
「返す必要はない。次に託すのが、生命の在り方だ」
激昂するギョクトに対して、余りに淡々とロウラクが返す。
「勝手なことを!」
「座長権限だ。こんな美味しい場面、逃してたまるか」
食い下がるギョクトに、ロウラクは芝居掛かって笑みを浮かべる。ギョクトは二の句を告げることができなくなった。
「行くよ、ギョクト」「行かなきゃ、ギョクト」
普段の明るさは何処へやら鳥人双子が悲壮な表情で、それでも座長の言葉に従った。
「任せろ」
ゴンズはただ一言。
「あぁ、任せた」
ロウラクも気負うことなく言った。
「Aaaadooo!!」
時間切れだ。狂人が迫り来る。
「ふぅ、獣術奥義【獣装】」
獣術とは、獣人の高い身体能力に合わせた専用魔闘術の総称だ。
そして、その奥義たる【獣装】は、獣人の獣の因子を呼び覚ます強化魔術だ。
ロウラクの容貌が、二足歩行の狼へと変身する。
「スゥ……アォォオオオン!!」
遠吠え一つ。ロウラクは、踏み出した。
「逃げるぞ、お前ら」
ギョクトは渋々と、鳥人双子も後ろ髪を引かれながら、それでもこうするしかないのだという理性で、ゴンズの言葉に頷いた。
ただ、ガラだけが反応がなかった。
「ガラ?」
「守るんだ、護らなきゃ、もう誰も傷つけない、死なせない、守るんだ、護るんだ、守るんだ、護るんだ……」
ガラは大人しかったわけじゃない。理性で納得してしまったわけでもなかった。
呪いにも等しい覚悟が、思考を止めていただけだった。
「逃げるぞ、ガラ」
残った片腕で、ゴンズがガラの肩を叩く。それと同時に、ロウラクと狂人のぶつかり合う金属音が響き渡った。
顔を跳ね上げるガラ。
その瞳は定まらぬまま、跳び出した。
「やめろ!」
ギョクトの蹴撃が容赦無く、ガラの頭部を襲った。
ガラの意識が、絶たれた。
「こいつは……いや、今、思うことじゃねぇ。逃げるぞ」
ゴンズは、気絶したガラを担ぎ上げた。
『放蕩一座』の面々は、一度だけ激闘を見詰めて、逆方向に駆け出した。
一先ず書き溜めたのはここまで。後は、ゆっくり書いていきます!




