風は月を、ずっと
番外編的な
風は決して穏やかではない。
気ままに、嵐をともなって激しく吹き付ける。
時には周りにも甚大な被害をあたえながら、その脅威を見せつける。
月は、それを黙ってみている。
高みからただ見ている世界は関わることもなく動いている。綺羅の世界は、彼からはただ遠い。美しい分だけ、月は孤独だ。
孤独、だった。
* * *
「よう、月山。お前には世話になったな。……悪かった。謝らないといけないと思ってたんだ」
「否。花さまが笑っているならそれで良い」
「なんで月は花にだけはこんなにデレるんだろうな。正直うらやましい」
「あ?なんだ、嫉妬しているのか」
「ああ、花にな。……って、だからその顔をやめろ、相変わらず怖すぎるっ!」
「二人が揃っているのがうれしい」
「月は素直なんだよな。たまにすごく分りにくいだけで。他の人とも、もっと話してみたらきっとすぐに人気者になるのに」
「否。皆会話してくれない」
「こいつと話していると時々自分がすげえ馬鹿になった気がするからな。器が小さい人間はきついんじゃね?」
「花、今さりげなく自分の器の大きさを自慢したよな?」
「揚羽の自慢もしたつもりだけど?」
「~~っくそ、たまに真顔でとんでもないことを!これだから無差別タラシは!……それはさておき、月。会話がつづくのは私たちだけじゃないだろ?月が嫌じゃなかったら、もっと周りの人とも交流してみたほうがいい」
「周りの人」
「そう。おせっかいかもしれないが、世界は広い方が楽しいぞ?」
後日。周りの人、と呟きながら歩いている天才が、結局たった一人の女性しか思い浮かばずに途方にくれたという噂。
「なあ、月。朝野さんとは昔から仲良かったのか?そのわりに、大学でもあまり一緒のところをみたことがなかったが」
「保留。付き合いは長い。『仲が良い』の定義が不明」
「そんなに難しく考えなくても。ほら、一緒にいて楽しいとか、外にいって遊んだりとか。また遊びたいと思ったりさ。ないのか?」
「――――否。思考したことがなかった」
「そっか。じゃあ、考えてみたらいい。きっと、月の役にたつ」
「役に」
「そう。考えるのは得意だろう?楽しいかどうか、一緒にいてほしいかどうか、嫌われたくないかどうか。考えてみて、それで、できたら教えてほしい。朝野さんにも伝えてあげたらきっと喜ぶ」
「何故?」
「それも考えてみてっていうのは月にはまだ酷かな。――――なあ、月。人の情ってもんは、どろどろに汚れて疲れるが、一度知ったら病み付きになるぞ」
後日。ぼんやりと虚空を眺めたまま立ち止まる男が紙一重側の人間だと気づいて皆が不思議そうに、でもどこか納得したように眺めていたという噂。
「風子」
「え、旭?あなたから話しかけるなんて、――――言っておくけど、花宮くんと揚羽さんに何かあったとしても今度は私関係ないわよ」
「否。二人の話ではない。風子との話」
「私、の話?今更何を知りたいの?大体の事は知っているでしょう、付き合いだけはながいんだから」
「是。データは知っている。だから、データにはない情をしりたい」
「っ、絶対自分で考えたことじゃないわね。あの二人に何か言われたの?」
「是。人の情は病み付きになるそう。風子の情に興味が」
「……いいの?私の情は、激しいわよ。初心者には向いていないわ」
「是。それもまた世界」
「たぶん、旭はまだ全然わかっていないわ。何もわかっていない。でも、ね。私ももう諦めたくないから手加減なんかしてあげない」
後日。ようやく月に追いついた風が、手を伸ばした先にあった影を必死に掴み取ったという噂。
「ねえ、旭。聞きたいことがあったの。花宮君と揚羽さんと、なんで友達になりたかったの?どこが気に入ったの?」
「生態系と空気」
「……悪いけど、もう少しわかりやすく言ってくれないかしら?」
「是。美しい形だった。過不足なく、まとまった一つの完成系。あるべきところに在る形は美しい」
「それ本当にわかりやすく言ったつもり?まあ、つまり、二人の関係が理想だったっていうことなのかしら。それなら邪魔した私はさぞかしめざわりだったでしょうね」
「否。完璧な理論は美しいが、不定因子Xを解き明かすことも面白い」
「……私、旭の手の中で遊ばれるためだけに存在しているんじゃないわよ?」
「是。風子はパターン通りに動かない。――――だからこそ、面白い」
後日。うずくまったまま呻いている女性が、ばっかじゃないのと呟きながら赤くなった頬を必死でおさえていたという噂。
「そういえば、月のこと朝野さんだけが『旭』って呼んでいるな」
「是。家族はそう呼ぶ」
「まあ血縁者で昔からの知り合いならそりゃそっか。月も綺麗だが、旭――――朝に昇る陽の方が身近に感じられるしな。中身も意外と灼熱みたいだし、そっちの方があっているかもしれない」
「揚羽、名前の話?」
「そう、月山旭の話。私は『月』も『旭』も好きだよって話だ」
「……ありがとう」
「うん。どういたしまして。月はどうだ?地上に降りて、人の情にまみれて、楽しいと思ってくれているか?好きになってくれている?」
「是。知らないことを学ぶのは楽しい。一定の視点から無理やり動かされて周りをみるのも楽しい」
「よかった。朝野さんは行動的だからな、一緒にいるときっといろんなところに連れて行ってくれる。でもたまには月から動かないとだめだぞ」
「是。……揚羽、ありがとう」
「うん?今度はなんにたいしての礼だ?」
後日。答えないままただ笑っているその顔が柔らかく、孤独さをまったく感じさせなかったという噂。
「ねえ、旭。私ね、ずっとあなたのこと見ていたの。知ってた?」
「否。何故?」
「さあ、なんでかしらね。最初はこっちをみてくれない旭に対する意地だったのかも。今はそれが癖になっているだけかしら。そう言い聞かせてもどうせ私は止まれないんだけど」
「風子?」
「ねえ、旭。あなた私の情がしりたいって言ったわね。いいわ、全部教えてあげる。全部あなたにあげる。その代り対価が欲しいわ」
「何」
「月山旭。あなたをください、全部」
「――――是。あげよう。私を全て」
「……ほんとにわかっている?私のものになるのよ?たとえ離れていても、あなたの居場所は私一つしか許さないのよ?」
「是。それが対価。代わりに、風子も私のもの」
「ええ、もちろん。もちろん私は旭のものよ。……ずっと前から、あなたのものだったのよ」
後日。月まで届いた風は吐き出した気持ちに幸せそうに泣いていたという噂。
* * *
月は孤独だった。
一人で立てるがゆえに、後ろを振り向かず、輪に入ることもなく、ただ綺麗な憧れだった。
月はいつも見下ろしている世界に、一つの花をみつけた。
大輪の花は美しく誰をも引き付けるが、蜜をささげるのはたった一匹の蝶のみと決めていた。
散りそうなぎりぎりの華麗さに引き付けられた。
蝶はゆっくりと羽をうごかしてその蜜を求めた。誘われるがままに、惑わされるがままに、でも己の意思でもってのみその花で羽を休めた。
触れてみたい、と初めて思った。
自ら降りた下界は、騒々しく、息苦しいほどに、色鮮やかだった。
風がふいた。
気ままに吹き付ける風は昔からそこにあったという。
そうだったかもしれない。
昔から、この風が体にあたることを知っていたかもしれない。
身を委ねれば、ああ、そこは、なんと心地いい――――。
風子がかわいそうだったので救済。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




