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花と蝶  作者:
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花に蝶

花宮 玲は信じられないことに男だ。

何が信じられないって、二十歳過ぎても麗しい姿形をもち、尚且つ素でいい匂いが漂うという男にはありえないほどメルヘンな体を持っている。皆は彼を「花さま」と呼ぶが、何一つとして違和感がないのが逆に怖い。


鈴原 揚羽はもっと信じられないことにその花宮の彼女だ。

何が信じられないって、彼女はごく普通の容姿とごく普通の感性しかもっていない。それがあの「花さま」と付き合っているという噂は、嫉妬と同量の哀れみすらもたらした。美しい花は、時に甘く痺れる毒をもつ。



*          *



「なあ、揚羽。仮にもオレ様の彼女っていうんだったら、もっと美人になれよ」

「……もって生まれたものをどうやって?整形しろとでも言うのか?」

「美学に反する。根性でどうにかしろ。とりあえず胸だな。せめてもう1サイズ大きくなれ」

「無茶を言うな」

「なんなら手伝ってやろうか?ん?」

後日。赤くなって逃げ回る女を押し倒す美しい男を目撃したという噂。




「あ~暑い。どうしてこの国には夏なんてものがあるんだろうな!」

「それは仕方ないだろう。四季があるというのは素晴らしいことだぞ。不平ばかりを漏らさず、もっと前向きに捉えたらどうだ?」

「前向き、ねえ。揚羽、そんなことオレに言っていいわけ?」

「…………何がだ」

後日。暑いからという理由で服を脱ぎ捨て、美しい体を堂々と晒した男に女が悲鳴をあげていたという噂。




「花。これは何だ?」

「ん~お前にやる。好きだろ」

「確かに嫌いではないが。だからと言って私が貰っていいものなのか?」

「オレがやるって言ってるんだ。揚羽は素直に礼でも言えばいいんだよ」

「しかしこの百本の赤い薔薇は明らかに花あてだろ。ほら、カードまでついているじゃないか。……『花さま、どうか僕を奴隷にしてください』?」

「揚羽?なんだ、奴隷にして欲しかったなら素直にそういえばいいのに。揚羽なら特別にオレ直属の奴隷にしてやるよ」

「わ、私はただカードを読み上げただけで!わわわ悪かった、私が悪かった!だからそこで服を脱ぐな!」

後日。非常に楽しそうな顔した男が、卒倒しそうなほど怯えていた女を苛めていたという噂。




「眠そうだな、揚羽」

「このところ眠れなくてな。だがレポートも提出したし、今日こそは眠れる!」

「ふーん。最近オレの誘いを生意気にも断っていたのはそういう理由なんだ?」

「な、なんだ花。目が据わってるぞ」

「揚羽、もうレポートの懸念はないんだな?そして明日は休みだと」

「…………そそそそういえば何か重要な用が急にできた気がするから私はそろそろ帰ろうかな!」

「逃がすかよ」

後日。いつもにもましてぐったりとした女と、上機嫌な美しい男をみたという噂。




「揚羽、今日は何の日だ?」

「何!レポートの締め切りは今日までだったか!?明後日までじゃないのか!?」

「……なんでそういう発想になるんだよ。おれは何の日だって聞いてるんだぜ」

「なんだ、違うのか。あまり驚かせないでくれ。じゃあ何だ?えっと祝日じゃないし誕生日でもないし」

「正解聞きたいか?」

「ああ。……待て。その顔は嫌な予感がする」

「今日はお前が始めてオレに啼かされた」

「ぎゃああああ!!!」

後日。今にも殺されそうな絶叫をあげたのがいつものバカップルだと知り、見ないふりで多くの人が早足で通りすぎたという噂。




「花。見知らぬ女性からこれを渡してくれと頼まれたんだが」

「ああ、何。いまどき手紙?ラブレターとか言ったら寒すぎて死ぬぞ」

「いや、これはどちらかと言ったらファンレターの方だ」

「はん。お前もそんなん預かってきてるんじゃねえよ。ほら、かしな」

「……いや。花のいうとおりだ。これは返してくる」

「見知らぬ女性だったんだろ?多分手紙に連絡先が書いてあるはずだからそっち見たほうがはやいぜ。見せてみろよ」

「いや。これは私が返す。花の手を煩わせるわけにはいかない」

「揚羽?」

「何だ」

「反応が遅い上に鈍感で不自然で分かりにくいけど」

「私をけなして楽しいか?」

「妬いてる?」

「!!」

後日。いつもは面倒くさがって受け取ろうともしない手紙をにやにやとみつめては悦に入っている男をみたという噂。




「月が綺麗だな」

「そうか?」

「ほら、珍しく星までくっきりと見える。花もみてみろ」

「興味ないね」

「折角こんなに綺麗なのに」

「……揚羽」

「ん、なんだ?やっぱり一緒にみるか?」

「オレ以外のものに目を奪われるな」

後日。珍しく首筋を赤く染めた男が、いつもより美しく見えたという噂。




「……な。はな、花!」

「っはあ、はあ、はあ。ぁ、揚、羽?」

「ここにいる。起きたか。ずいぶんうなされていたぞ。大丈夫か?汗をかいているな。今水を」

「揚羽!」

「痛っ。花、力をゆるめてくれ」

「どこにも行くな!」

「花?水をとってくるだけだ。すぐに戻る」

「何処にも、行くな!」

「……わかった。ここにいる。ここに、花の側にずっといる」

「     」

後日。その美しく咲き誇る花が、いったいどんな夢をみて何を恐れ何を口にしようとしたのか、誰も知らない。




「花。どうした?最近、何だか変だぞ?」

「何でもない」

「花?」

「……オレは、色々なヤツから綺麗だと言われてきた」

「そうだな」

「甘い匂いに引き寄せられるとも言われた」

「ああ」

「まさに大輪の花だと。誰もがオレを手に入れたいと欲するんだそうだ」

「うん」

「跪いたヤツ等から絶えず賞賛を浴びせられるのが日常だ」

「もしかして今私は自慢話を延々と聞かされているのか?」

「なのに」

「……」

「ほんとに、一体何がこんなに不安なんだろう、な」




*          *




花はその美しさで引き寄せる。

甘い香。華やかな姿。目をひく存在感。

誰もが見蕩れて溜息をつく。


それでも。


選択権は蝶にある。

ひらりひらりと自由に飛び回る蝶は、たくさんの花の中からたった一つをみつける。

見つけて羽を休める。甘い甘い蜜を啜るために。




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