第十二話 尋ね人
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──絶対におかしい。白の中で生まれた違和感は、ここ数日で不信感へと形を変えて渦巻いていた。
「なあ」
「はい……、っ!? な、なんでございましょう!」
村に到着した白が近くの村民に声を掛けると、村民は何となしに振り向いてからぎょっとしたように目を丸くした。その頬は、ほんのりと朱く染まっている。
「この村に診療所があるだろう。大きい屋敷の」
「え、ええ。椛島先生のところでございますね」
「ああ。あそこは暫く休診しているのか」
単刀直入に問うと、村民は表情を曇らせて肯定する。
「はい……。なんでも、薬の材料を切らしてしまったとかで。いつごろ手に入るかも分からないそうなんです」
「薬の材料?」
「はい。先生のところのお薬は本当に凄くて、塗るだけであっという間に痛みが無くなってしまうんです。その分、きっととても貴重な材料が使われているのでしょう」
「なるほど。状況は理解した、ありがとう」
白が微笑むと、村民は更に顔を赤くして「い、いえ! また何かあればなんなりと!」と上擦った声で申し出た。白はそれにまた感謝を述べて、その場を離れる。
──村人の証言は事実、白が秀一から聞いた話と相違なかった。村民に聞き込みをした足で向かうのは、当の診療所だ。
診療所は相変わらず薄暗く、明かりの一つもついていない。しかし白が覗き込んだと同時、どこから見ていたのか、一人の使用人が足早にやって来た。
「お客様。お待ちしておりました、旦那様が中でお待ちです」
無論、約束を交わしているわけでもなく、白が勝手に訪れているだけだ。しかし白の姿はすっかり周知されており、且つ、追い返すなとでも言われているのだろうか。必ずこうして通してくれるのだ。
「ああ……」
正直、気乗りはしない。着いて行ったところで白が求めている人物には会えないからだ。そも、「旦那様が中でお待ちです」の意味も分からない。明確な約束も無いのになぜ待たれているのだろうと不快感すら募る。
あの子はどこに居るのだろうか。最後に見た傷だらけの腕を思い返しては、苦い感情が蘇る。
前を歩く使用人を、秀一を、今すぐにでもひっ捕らえて問い詰めたい。
しかし、秀一が白に向ける眼差し。そしてあの子に対する態度を鑑みれば、秀一をいたずらに刺激すべきでないことは明白だった。分かっている。──だが。
だからと言って、ただ手を拱くばかりの男に成り下がるつもりもない。
診療所が閉じられて以降、白が案内されるのは専ら母屋の一室だった。
「少々お待ちください」
広い和室に通されて、緑茶と和菓子でもてなされる。こんなに容易く屋敷の中に人を招いていいのかと疑問に思いつつ、こうして歓待を受けているのが自分だけであろうことも理解していた。
暫くすると廊下から足音が聞こえてきて、白が目を向けると同時に襖が勢いよく開け放たれた。その騒々しさに一瞬眉を顰めつつ、すぐに微笑みの裏へと隠す。
「先生」
「ああ、白様……! お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いや、こちらも休みの日にすまない」
白の言葉に、現れた秀一は「いえいえ!」と慌てながら向かいに座った。
「定期的に診せてほしいとお願いしているのは私ですから。では早速──」
「診療所は、随分と休みが続いているみたいだな」
手を伸ばしてきた秀一の声を遮ると、秀一の動きが不自然に止まった。妙な間を空けてから「困ったことに」と秀一の顔が苦笑を象る。
「まだ、薬を切らしておりまして……」
「材料が不足しているんだったか。入手の目処は立っているのか?」
「ええ、まあ……」
煮え切らない返事のまま、秀一が再び手を伸ばす。白はそれを弾くように退けた。
狼狽えた二つの瞳に、袖を捲って己の腕を見せる。
「前回同様、傷はもうない。無論、他の場所にもだ。私より先に、診るべき患者がいるんじゃないのか?」
「いや、それは……」
「薬は軟膏だったな。内科の患者はどうしてるんだ」
「な、内服薬にも、同じ材料を使っておりますので……」
「ふうん」
返す言葉は気のない音になった。袖を戻して、一度、秀一から目を逸らす。御託はもう懲り懲りだった。
「ところで」
卓子に肘を突き、組んだ拳に顎を乗せる。白はにこりと小首を傾げた。
「ずっと思っていたんだが、ここはいい屋敷だな」
「え? そ、そうでしょうか」
白の急な話題転換に驚きながらも、秀一は安堵の表情を浮かべた。白は「ああ」と目を細める。
「庭の手入れも行き届いているし、この母屋も立派だ」
白の賛辞に、秀一の顔は喜色に染まった。
「専属の庭師を雇っておりまして。もしよければ、ご紹介いたしましょうか」
「本当か? なら、ついでにもう一つ頼みがあるんだが」
「ええ、ええ! なんでも仰ってください」
「あの蔵の見学がしたい」
今にも立ち上がりかけていた秀一が、目を丸くして白を見る。白の瞳は既に秀一を離れ、障子の向こうを見透かしていた。
「ここからも見えるだろう? ほら、あの蔵だ」
白は立ち上がって障子を開ける。秀一が入ってきたのとは反対の、縁側に繋がる戸だ。開くと見晴らしの良い庭が広がり、遠くにぽつりと建つ蔵が見えた。
「随分と頑丈そうな蔵だ。丁度、ああいう蔵が家に欲しいと考えていたところなんだが、安い買い物でもないだろう? よければ参考に中を見せてほしいんだが」
さて、秀一はどう返してくるか。
意外と呆気なく快諾するのかもしれない。それならそれで、白の考えが杞憂に終わるだけだ。
だが、もし渋るようなら──、
「……他人様に見せられるほど、片付いておりませんで。また、別日でもよろしければ」
引き攣った笑みに、動揺に揺れる瞳。
外れてほしかった予感が、現実味を帯びて白を襲う。
つい低くなってしまった声を自覚しながら、白は「ああ、ぜひ」と精精の笑顔で頷いた。
私室に戻ると、文弥が仁王立ちで構えていた。
「……不法侵入か?」
「白璃様が無断外出ばかりなさるからですよ!」
「今回は手紙を残しておいただろ」
「手紙ひとつで許されると思われないでください!」
怒りながらも白璃の上着を預かり、温かいお茶を淹れ、文弥は甲斐甲斐しく世話を焼く。白璃も世話は焼かれ慣れているので気にせず享受しながら、一人掛けのソファーに腰を沈めた。
「今日も例の治療師の所へ?」
「ああ。いつも通り会えなかったけれどな」
「……まさか、また木登りなんて真似、されてないですよね」
信用の欠片も無い目つきで睨まれて白璃は笑う。最近、目的の治療師に──都々に会わせてもらえなかった白璃は、椛島家の屋敷全体を見渡せる木の上で、屋敷の様子をたびたび窺っていたのだ。
一度だけ、白璃を探しに来た文弥にちょうど目撃されてしまい、皇子ともあろう御方が木登りなんて、とくどくど叱られたことがあった。勿論その後も必要があれば躊躇いなく登ったが、気づかれていないのであれば申告は不要だろう。
「安心しろ、もうしない」
にやりと白い歯を覗かせた白璃が、胸元から一枚の紙を取り出す。手のひら程度の薄い紙に白璃が二本の指を突き立てると、指先からじわりと黒い靄が滲みだして、インクのように紙へと吸い込まれていった。
「それは……?」
「視覚共有の式だ。対となる式を椛島秀一に施してきた」
滲んだ黒は、やがて紙の上で不思議な文様を描く。文様は完成と同時に淡く光り、術式の成功を表した。




