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寵愛 ~失声症の治療師と呪われし艶麗の皇子~  作者: 月森むつみ
序章

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1/14

――




 このまま、朽ちていくのだと思っていた。


 希望も救いも無く、光すら失われた部屋で、ゆっくりと。

 終ぞ人間らしい扱いはされぬまま、使い古された道具のように錆びていくのをただ待つだけ。


 悲しくはなかった。そんな感情は遠い昔に置いてきてしまったから。

 ただ、闇ばかりが蔓延るここは、冷たくて寒いから。一秒でも早く命の灯が尽きてくれたらいいと、それだけを願っていたのだ。




「なあ、逃げたいか?」




 ――この時までは。



 真っ暗闇に包まれていた世界を、突如閃光が吹き飛ばした。

 人外めいた美貌の男が、呆然とする少女に手を差し伸べる。


 まるで、異国の御伽噺のように。


「生きたいなら、私の手を掴め。必ず助けてやるから」


 後光を背負う男の、なんと神々しいことだろう。

 新雪を思わせる純白の長い髪。血のように赤い瞳を持つ、どこか色っぽい三白眼。


 その容貌は、遠い異国に棲むという血を喰らう妖の姿を想起させた。陽光知らずの白く滑らかな陶器肌がまた、なんともそれらしくて。


 けれども、日のもとがよく似合う男だった。

 男の背負う陽(あか)りの眩しさが沁みて、つと瞬いた瞳から温かな雫がこぼれ落ちる。

 数年ぶりに頬を濡らした水の球(たま)は、記憶の中のそれよりほんのり甘く、堰を切ったように溢れて止まない涙の雨が、少女の思考を混乱で浸して、染めて――目を、逸らせなくて。


「ほら」


 差し伸べられた指先が、微かに揺らされる。

 優しく、そして少しだけ呆れた声で誘(いざな)われて、少女はようやく自覚した。

 

 自身の内にもまだ、救われたい、死にたくない――そんな望みが、浅ましくも残っていたのだと。


「――――――」


 目の前の男は、少女を救ってくれるのだという。

 理由は知らない。都合のいい夢を見ているのかもしれない。


 ――それでも。

 今なら、赦されるのだろうか。人生の終わり、垂らされた一縷に縋る。それを。


 少女は乱れた呼吸を飲み込んで、力の入らない指先を必死に伸ばした。光に向かって、懸命に。


「よし」


 男(光)が嬉しそうに呟いて、少女の手を救う。

 そうして重なった手は、広く、温かく――触れた瞬間に強く手首を掴まれて、少女は水底から引き上げられるように立たされた。


「よく頑張ったな」


 男の衒いの無い微笑みに、少女の瞳から新たな雫が溢れ出る。

 頑張ったな、なんて。そんな言葉を掛けられたのは、たぶん、生まれて初めてだった。


 男の手を、ぎゅっと握り返す。

 ひくりと喉を引き攣らせる少女を、真紅の双眸が静かに見つめていた。





好きな設定を好きなだけ詰め込んだ和風恋愛ファンタジーです。よろしくお願いします。

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