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家入紗希より今日という日をよく知っている人はいない  作者: 夜空
運命の女

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3/3

境界のトロイメライ②

 半年遅れの巴にとってありがたいことに、新学期初日はオリエンテーションで一日が終わった。

 窓の外の景色は薄明りの夕暮れ。壁掛けの時計をちらりと見ると、時刻は15時半きっかり。

 もう下校の時間だ。


「──はい。じゃあ、今日はこれで終わりです。みんなお疲れ様」


  2-A担任の藤原鏡(ふじわらきょう)

 教壇の上に立つその人は、そう言って緑のバインダをパタリと閉じた。

 教師陣の中でも比較的若い年齢の彼女は、年の近さとその親しみやすさから、気軽に話せる先生として生徒からの人気が高い。

 そんな藤原先生は、雑談はそこそこに淡白な挨拶と涼やかな笑顔だけでホームルームを終わらせた。新しい出会いに浮足立つ生徒と違って、教師にとっては落ち着く暇はないらしい。

 だが。そうして教室を出ていく直前に、思い出したと、藤原先生は生徒たちに向き直った。


「あ、そうでした。みなさん。明日には世界史の授業がありますから、課題を忘れないようにね。

 くれぐれも初回の授業から忘れ物なんてそんなことは無いように!」

「えーー藤ちゃんそりゃないよー!」

「藤ちゃんそこを何とかーーっ!」

「お願い藤ちゃんっ今度いい人紹介するからっ!!」


 忘れていたのならそのままで良かったのにと、抗議の声と余計なお世話が次々とあがる。

 それに、態度は毅然としかし柔和な声で藤原先生は応えた。


「ダメです。担任だからと初日に回収しないだけ、ありがたいと思ってください。

 ……ふふ、なんて。実はちょっと忘れてましたから、一日オマケしましょうか」


 ”内緒ですよ?”と。いたずらっぽい笑顔を残し、藤原先生は教室を出ていった。


「あああっうおーー女神っ!これぞ女神!!

 藤ちゃんはやはり朽ノ木のアイドルだった」

「おい誰か、誰か今の撮ってないのか!?

 ──ちぃこの役立たず共め……!」

「待て写真部だ! 一人くらい写真部がいるはずだっ。

 付属品の機能であの一瞬を納めるなんて許されない行為だ!」

「どこだっ、どこだ写真部!! 英雄になるんだ。ここがお前の輝く時だぞ!!」


 興奮する男子(バカ)ども。反対に、女子生徒たちが彼らに向ける視線というのは実に冷ややかなものである。

 全く本当に。どうしてこう勘違いをするのだろうかと。


「ホント男子ってさぁ……」

「ねー。高島(たかしま)とか、鼻の下伸ばしすぎなんだけど」

「藤ちゃんはあたらしのもんだし。ちょっと思い上がりすぎだっての」


 思想の違いからくる断絶は根深いもので、おそらく2-Aが団結する日は来ないだろう。

 さらば青春の一ページ。あの夏の日、文化祭準備で日々遅くまで集まるとかいうイベントなど、そんなもの初めから無かったのだ。

 (いさか)いを遠巻きに眺めた巴はそんなを感想を抱いた。

 何はともあれ、間違っても巻き込まれないよう、いそいそと巴は帰り支度を始める。加わるつもりもないけれど、あの熱量には多分ついてはいけないだろうから。


「とっもえー!! って、あれ。帰っちゃうの?」

「ああ、うん。どうせやることもないし……。『さざなみ』にいこうかなって」


 工藤はこの後部活があるとかで帰りは遅くなるらしい。

 終わるまで待っていようとも思ったが、その間の数時間を潰せる程の娯楽は巴にはない。例えば図書室はちょっとインテリすぎる。

 選択肢はそう多くなく、ならば半年ぶりになじみの喫茶店にでも行こうと席を立った。


「なんだなんだぁ……? 初日から楽しそうな事になってるな、巴のクラス」


 教科書を鞄に詰め終えた時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると黒髪にすらりとした長身の男子生徒がそこに。教室の後ろ、真白い扉に手を掛けながら彼は巴に笑いかけていた。


谷内(たにうち)……!」

「よ。久しぶりだな、巴」


 谷内仁(たにうちじん)。面倒見のいい生徒会役員。

 キリっとした目つきとスマートな立ち振る舞いは密かにファンクラブができるほどの人気ぶり。巴とは昨年に同じクラスになってからの友人である。

 とはいえ彼が気の合う友人同士になったきっかけというのは、巴が放っておけない危うさがあるとかいうので……それには巴も、ちょっと文句を言いたいところではある。


「あ、谷内じゃん。おひさー」


 気さくな挨拶で工藤は谷内を迎えた。

 巴程ではないにしろ工藤と谷内は親しい間柄だ。それこそこの三人で遊びに行くことはしょっちゅうだったし、きっと入院している間にも二人は遊びに出かけたんだろうと期待できるほどに。

 だが巴の予想に反して、谷内は工藤の言葉にうんざりだとばかりに顔をしかめた。それはどことなく──いや、ハッキリとそれはげんなりとした顔つきである。


「な、ちょっと何その反応ー。流石に傷つくんですけどぉ」

「おひさっておま……、ほとんど毎日顔合わせてんだろうが。

 それとも適切な挨拶の指導でもしてやろうか? 工藤」

「へぇー『さざなみ』の常連にそんな言い方するんだ~。毎朝毎朝、部活前に通う私に感謝とかじゃなくて。ふーん」

「はいはい。こんどともごひーきに。売り上げに貢献してくれてどうもありがとう」

「あ、また! うんざりって顔すんな!」


  『さざなみ』は谷内仁の両親が経営する喫茶店で、彼は朝と放課後に店の手伝いをしている。

   実の所、内陸の朽ノ木には海が無いというのはともかくとして。これといった飲食店が近くに無い朽ノ木の事情から、『さざなみ』は学生たちの憩いの場として有名だ。

   特にオムライスは有名店にも負けずとも劣らない絶品で、何よりそんな一品を振舞うエプロン姿の谷内を拝めるともなれば、大盛況になるのは太陽が明るいのと同じくらい自明の理。聞くところによれば最近メイド服も導入したらしい。まったく商売の上手いことだ。

   おまけに学生優しい料金体系。僕らが通い詰めるには十分な理由だった。

   

「谷内、あんまりそういう言い方は良くないんじゃないのか?

 工藤と同じ常連の身としては、その言葉は若干刺さる」


 それこそ空白の期間を取り戻す勢いで通ってやると意気込んでいた巴。

 そんな巴の言葉に谷内は”違う違う”と、首を横に振った。


「なにも来るなって話じゃない、二人なら大歓迎だ。

 だけどほら限度ってもんがあるだろ? つまり俺が言ってるのは、節度とか適度とかその辺の言葉だよ」

「……?? いやしかし、通い詰めるからこそ常連なのではないだろうか?」


 なんだか哲学的な問題に思わず堅苦しい言葉遣いで答えた巴。谷内も返答は曖昧で、それはそうなんだが、と難しい顔をした。

 そんなもどかしい谷内の心情表すならば、それは例えようのないもどかしさに苦しんでいるというよりも、具体的すぎて言うべきか言わざるべきかを悩んでいるといった感じ。

 しばしそんな風にして谷内は考えこんでから、ようやく決心したとばかりに彼は深くため息を吐いた。


「コイツ、お前さんが事故に遭ったて聞いてから毎日通ってんだわ。

 そんで口を開けばお前の話。学校帰りはウチに来ては巴の話ばっかりしてよ。今朝なんか──」

「わーっわっ!! ちょ、谷内それはズルだよっ卑怯者!!」

「ま、おいっ、そんなナチュラルに首をっ──! このっ……ウ、死ぬ……。

 おもっ──おま、それくらい本人いつも言ってるだろうが……っ」

「自分で言うのと人から言われるのは違うのっ!! てか重いって言うなっ!」


 背後からぶら下がるようにしてロックを掛けた工藤は、ギブアップの一声でようやく谷内を解放する。

 谷内はエビぞりになった腰を抑えながら、肩を大きく揺らしていた。

 下らない、それでいて愛おしいそのやり取りに、巴は思わず笑みがこぼれる。


「あっはは! なんだ良かったそういう話か。てっきり迷惑になってるものだとばかり。

 まあとにかく、元気そうで何よりだよ」

「たった今死にかけたけどな。というかそりゃ入院してたヤツの台詞じゃねーだろって」

「ま、まあ……うん確かに。それもそうだ」

「はあ。なんつーかその感じも懐かしいわ……」


 ほっと一息、そんな瞬間。それはようやく日常に帰ってきたんだなと感じられる、平和で和やかな雰囲気であった。

 だが工藤はやっぱり我慢ならないようで、どうにも頬を緩ませている谷内を鋭い目つきで睨みつける。


「で。アンタ何しに来たの。今日も手伝いあるんでしょ。

 もう帰りなよ。てかもう帰ったら~」

「あのな、どっかの乱暴女のせいでまともに話ができなかったんだろうが」

「知らないそんなの。隠し事をばらす方が悪いんだから。ばーかっ!」

子供(ガキ)かお前は……っ、あーもういい、もういい!

 巴。遅くなったが、ここに来たのは巴の顔を見に来たってのもあるが……お前さんの呼び出しに来たんだよ」

「呼び出し……? 藤原先生、特に何も言っていなかったけど」

「ああいや、教員からのじゃない。

 何を隠そう生徒会長サマからの呼び出しだ。生徒会室まで来てくれとよ」


 聞きなれない言葉にちょっと頭がフリーズする。

 生徒会長、呼び出し。誰が、僕が。なるほど、なるほどじゃがないが。

 心当たりのない巴は一体何をしでかしたんだと自問するが、思い当たるものは彼には無かった。

 それは体力が落ちていて、巴はちょっともう眠気がすごかったのもあったかもしれない。


「巴?? 幼馴染の私に黙って何をしたの……?」

「何もしてないよ……」

「悪い、言い方がまずかったな。別にお前がやらかしたからってんじゃない。

 俺も無関係ってワケじゃあないんだが……ちょい今日は都合悪くてな。工藤はどうだ」

「私? 行ってもいいのなら行くけど……呼んだのは一人なのに誰だコイツってならない?

 ま。私はそんなの気にしないし、付き添いするから用件教えて、谷内っ♪」

「いやいや大丈夫だよ。保健室に行くでもなし、付き添いがいなくても問題ないって。

 それに、工藤は部活あるんだろ? 陸上部次期キャプテン」


 確か旧校舎だったよね、と。巴は谷内にそう話す。

 しばらく見ないうちに全く別の場所に移った……なんてことはないかと、巴は少しばかり心配になったのだ。


「ああ、外の渡り廊下を通って二階にある。視聴覚室の隣の部屋だ。

 でもお前本当に大丈夫か? かなり疲れた顔してるぜ。連絡が遅いのはこっちの不手際だし、なんなら俺から言っておくが……」

「ああいや、眠いだけだよ。ほんとそれだけ」

「そうか……。まあお前がいいなら……いいけども」


 ”危なっかしいというのはこういうところなんだけどな”、と。

 谷内は巴に聞こえない声でそう呟いた。


「じゃ、俺はもう行くが……二人とも知ってると思うが、しばらくは早く帰れよ?」

「「はて……?」」


 きょとんと巴と工藤はそろって首をかしげる。

 何かそんな、急いで家路につかなければならないようなあっただろうかと。


「おい冗談だろ。初日から二人仲良くおやすみか……? 巴はまあ仕方ないとして。

 不審者だよ。冬休み中、夜遅くに出歩いていたウチの学生が通り魔に襲われたんだと」

「通り魔……ってそれはまた」

「物騒だよな。嫌な話さ、どうも最近この街は治安が悪い。

 いいか工藤も! というかお前が一番危ねーんだ。部活終わりは一人で帰るなよ!」

「残念だけど、幼馴染は巴だから。そういうのパス。

 谷内は谷内の幼馴染を大切にして。家入(いえいり)さんが悲しんじゃうよ?」

「幼馴染の座を狙ったわけじゃねーよっ!? いやなんだよ幼馴染の座を狙うって!

 ったく、真面目にどうなってんだお前の思考回路は……。まーとにかくそういう事だ。じゃあな二人とも」


 面倒見の良い性格は相変わらずで、そんな彼の様子に安心する。ああやっぱり、本当に谷内はいい奴だと。きっとこういうところも、ファンクラブなんてものができる理由の一つなだろう。

 ……けれど何か大事な事を忘れているようなそんな気がして、そういば肝心のことを聞き忘れていた。


「生徒会室に行くのはいいんだけど、そもそも何故僕は呼びだされているんだ?」


 いくら呼び出しにしたって具体的な事項が不足していて……。これはつまり、いきゃわかるよ、ということらしい。

 最終的には身も蓋も無い、割と雑なニュアンスを残して谷内は教室を出ていった。


 そうして残ったのは工藤と巴の二人だけ。

 いつの間にか残っていた生徒はみんな帰ってしまったらしい。


「──ね、巴」


 二人きりになったことを念入りに確認して、工藤は巴に向けてぽつりと呟いた。

 夕焼けが眩しい窓には、遠くを見つめるその瞳が反射する。その様子を見るに、工藤はどうしてもこちらに向けたくないようだった。


「あの、さ……。えと……」


 なんという甘酸っぱい予感か、などと。だがそんな期待はしないほうがいい。

 これは間違ってもそういう類のものでは無い。そういうんじゃない。自分にはそんなものは無い。積み上げてきたものは悉く崩れ去る。ロマンスは僕に味方しないのだ。

 そもそも。彼女は僕の幼馴染なのだから。


「私、重くないよね……?」


 恥ずかしそうにそう言った工藤は、どうやら先程の言葉を気にしていたらしい。


「大丈夫だよ。工藤がそうなら、世の大半の人間は地球の裏側まで踏み抜くから。そんなわけはないんだよ」

「そ、そうだよね? ふふん、巴が言うなら間違いないね」


 上機嫌になった思わず頬が緩む。そうとも、彼女との関係はこういうものでなくてはいけない。

 情熱の過ぎ去った僕には、それで十分なのだ。こういうささやかな日常の幸せだけ、大切にできればそれでいい。


「──っと、ごーめん。私もそろそろ行かないと」

「もう時間?」

「うん。さすがに次期部長が遅刻したんじゃ、示しがつかないからさ。

 というわけで、私も行くことにするのです!」


 片手で鞄を背負いながら工藤はぐっと親指を立てる。

 そして、巴は彼女を笑顔で見送った。 


「うん。また明日」

「ばいばいっ! 巴!!」


 そう言って工藤は駆け足で教室を出ていった。

 静かな教室。ここにはもう、巴しか残ってはいない。

 今日の彼女との時間は、思い返れば夏の嵐のような一時だった。

 周りをとにかく巻き込んでは、もう色々とめちゃくちゃにして去っていく。最後にちりんと鈴が鳴るような、淡く儚いそんな可愛げを残して。


「…………重くない……か」


 ところで。

 ()()()()()()()()()()()()()

 なんて言葉は──それこそ胸の奥深くにしまっておいた。


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