放課後の生徒たち
鐘が鳴る。ネサラの時計台が正午を告げる。街の至る所が活気付き、各所の煙突から腹の虫をくすぐる香りが飛び交っていた。
そして昼が訪れたのは、もちろんこの学習院も同様である。
堅苦しい講義を終えた若き少年少女は一斉に校舎を飛び出して、我先にと大食堂へ駆け足で向かっていく。
あるいは午後に講義を入れていない者もいたりして、そういう生徒は寮へ帰るか、あるいは友人と共に学習院の外へと遊びに出かけるのだ。
「っかぁー、よーやく授業終わったぜ。いやほんとクソみたいな拘束時間だよなぁ」
昼の日差しを浴びながら、快活にそう語るのは、本日午前中までの提出課題を講義中に進めていたライア=レアンドである。
同行するのは、そんな彼に冷ややかな視線を向けるスイヨ=アルバーナと、その要領の良さに素直に感心するルーン=スタリエの二名。
「あり得ないわ……。課題写したいなら貸してあげるから、もう金輪際、講義中に私の隣で課題をしないで。絶対によ」
額に白い指を当てて、スイヨはかなり参った様子でそう告げる。
「え、いやぁ写すのは流石になぁ。ダメっしょ」
「なら、貸しはしないし隣で課題もしないで。もう……先生の私を見る目が、あぁもう恥ずかしくて仕方がないのよ」
「あはは……」
むくれるライアの隣で、すっかり眠気も吹き飛んだルーンは苦笑いを抑えきれずにいた。
一見、どっちも友達だし何も言えないんだよねぇ、みたいなツラをしている彼女だが、そんなルーンにもスイヨはそこそこおかんむりである。まぁそれは一限目の歴史研究学の時からそうなのだが。
能天気というか天然というかマイペースというか、とにかく掴み所の無い彼女にも苛立ちの矢は突き刺さる。
「貴女も貴女よ、ルーン。私、言ったわよね。お昼はまだ先よって。なのに、この子ときたら講義中にチョコレートの包みを開いて甘い匂い振りまいて……」
ぎゅぎゅう、と親友の両頬を摘んで、スイヨは何なら少し顔を赤くして恥ずかしそうにそう言った。
それに対する返答は、やはり苦笑いと心からの謝罪である。
「ご、ごめんね。おなか空いちゃってー」
「そう怒んなって。せっかく綺麗な顔してんのに、これじゃヒステリックババアだぜ」
「あぁん!?」
「途中までは良かったのに……」
放っておいたらライアの首元に掴みかかりそうなスイヨをどうどうと止めて、ルーンは珍しく苦労人のような表情を見せる。
不真面目な二人に四角四面なスイヨは相性が良くなくて、たまにこうやって衝突を起こすのだが、そんな状況を解決するのは。
「———あ、みんな。おつかれさま」
やはり、純朴で棘の無い少年、宮城登笈だった。
彼は木剣の入った布袋を肩から提げ、同じく剣術指南終わりのレイドと横並びで、三人の元へ向かっていった。
「おう、おつかれさん。って、相変わらずすっげぇ汗だな」
二人を見るやいなや真っ先に声を返したのは、逃げるように飛び出したライアである。が、登笈ら二人を筆頭に、その周辺は剣術指南の講義を終えた生徒がぞろぞろと熱気を放って歩いていた。鼻を摘まむほど失礼なことはしなかったが、彼はすんすんと鼻を鳴らしてみせる。
ライアはそれから親友のレイドにもおつかれ、とハイタッチを誘う。
「昼前の運動には丁度良い。それより、何の集まりだ?」
それを軽くスルーして、凹むライアを横目に、帝国貴族の少年は歩み寄ってくるスイヨらに疑問を投げた。
「確かにね。そういえば、スイヨ達は食堂でご飯食べるって言ってたけど、もう終わったの?」
先ほどの歴史研究学後に言っていた言葉を思い返しながら、登笈はレイドとともに小首を捻る。
剣術指南の講義は、片付けや着替えなどその他諸々もあって、終わるのが他のそれと比べてかなり遅い。なので、こうしてばったり講義終わりに鉢合わせる、なんてことは基本的に起こり得ないわけだが。
それに言葉を返したのは、浅葱色の髪を束ねている最中のスイヨだった。
「そのつもりだったのだけれど、”折角だから”二人も誘って街に行こうってライアくんが言ったのよ」
「そぉーそ、ほら、俺らって今日はもう午後に講義入れてねぇ組じゃん? ならたまにはって思ってよ」
「やめて」
「ありゃ」
途中、口を挟んだライアが彼女の肩に腕を回すが、難なく跳ね除けられる。実際はポーズで、指一本触れていないのだが。
この金髪適当男にそこらへんの勇気、というか無謀さは無い。そこらの少年少女ならともかく、ここに通っているのは半数以上がどこかの跡取りで、気軽に手を出せば気軽にお縄にかけられてしまうのだから。
二人が軽くじゃれ合う傍らで、登笈はなるほどと納得する。
本来は午前二コマ、午後に四コマ好きに講義を入れていいのだが、ここの五人は土曜日の本日、示し合わせたように午後を丸っと休みにしてあるのだ。類は友を呼ぶというとでも言うべきか、次の日が休みなんだから出来る限り休みの時間延ばしたくね、とここの全員が考えていたのである。
つまり、全員休日に入ったんだから遊びに行こうぜという、いつもの金髪適当男もといライア=レアンドのお気楽提案というやつだ。
「すっごく良いじゃん。僕もみんなと遊びたいし。どこ行くの?」
「ねー、私もすっごいたのしみー」
きらきらと瞳を輝かせる登笈に、欣喜雀躍するルーン。それを後ろから無言で眺めていたレイドは、ふっと気を抜いて口元を綻ばせる。
それを見逃さなかったのは、もちろん彼の親友であるライアであった。
「なぁ、レイドはどこ行きたいよ? ご当地武器の揃った土産屋もあるって話だぜ。ネサラ広ぇしどこにあっかわかんねぇけど」
「……武器か。興味はあるが。悪いな、今日は予定入ってるんだ」
「あ、そーなん? そりゃ残念。ちなみにどんなご用事で?」
武器という単語に若干の興味を寄せるレイドだったが、彼は申し訳なさそうに肩に掛けた布袋を持ち上げて、
「ロティスの奴に稽古を頼んだ。から、昼食ったらすぐここに戻ってこないといけなくてな」
と、告げる。
それを聞いたライアは白い歯を見せて、そうか、と笑う。
レイド=ギアスは、大陸南部にあるエドラス帝国の生まれである。
彼の実家は穏健派と呼ばれる一派の筆頭貴族で、今は国内で主流となった帝国派の貴族連中に半ば滅ぼされていた。
そこから生まれる感情が理由かと他人に聴けるわけもないが、彼はこの学習院で執拗に強さを追い求めている。
レイドの抱える事情を薄っすらと知っているからこそ、ライアがそこに首をつっこむことはしなかった。
「残念だわ。レイドくんとお昼ご飯を共にするなんて、中々無い機会だったのだけれど」
「悪いな、アルバーナ。次は予定を空けておく」
あまり人付き合いに積極的でない男であるため、貴重なチャンスだったのにと腕組みをするスイヨだったが、その台詞と顔が気に入ったらしく、気にしないで、と返す。
流れで雑踏に消えようとするレイドをライアがもう一度呼び止めた。
「また夜なっ」
「……ああ、そうだな」
そうして、今度こそ彼は去っていった。
昼食目当ての生徒らの忙しない足音が途切れ始めていき、やがて腹の音が聞こえるくらいには周囲が静かになると、ライアの主導で四人は敷地の外へと繰り出していく。
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高さを均等に揃えられた芝生の園が、穏やかな風を受けて身を捩らせる。
煽られる髪を抑えながら、黒髪黒目の女子生徒———久能柳花は、門を抜ける一団に何かを感じて振り返った。が、眼を向けた時には既に彼らの姿はなく、その感覚の正体には気付くことが出来ない。
「何か気になることでも?」
主人の行動に疑問を呈した東堂芽衣に、柳花は、何も、と返して、そのまま門に背を向ける。
「来なさい、芽衣。私に立ち止まっている暇などないのだから」
「……は、どこまでも。我が主人よ」
そう一言発して、芽衣は踵を返した主人の背後についた。
「宮城千里の子。私の目的のためにも、早く見つけなくてはね」




