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RELACION 〜有力貴族の居候となった少年とその数奇な人生を〜  作者: 紺色わさび
ステンネル家の居候 編
2/74

Prologue : 全てが焼けた日にて

「まぁ、なんだ。登笈(とおい)も、これからかがやく毎日を過ごすんだぞ。お父さんとの約束だ」


 幼い頃。まだ僕が一〇歳(じゅっさい)にも満たない頃。父は、大事な仕事があるからと言って、僕と母の元から離れていった。

 物心ついた時から、父が家にいることは少なかった。だから、今回もまた何週間か経てば帰ってくるのだと思っていた。最後に父が頭を撫でてくれた時も、鬱陶(うっとう)しいとばかりにその手を振り払ったような気がする。


 そして、その日以降、父とはもう会えていない。



 △▼△▼△▼△



 冬の朝だった。

 日の暮れる頃には雪が降るだろう。街行く人々はそう呟いて、空を見上げていた。


「じゃあ、いってくるね。おかーさん」


 口から白い息が漏れる。慣れた手付きで足に草履(ぞうり)を履かせ、黒髪の少年は立ち上がる。

 玄関の戸をがらりと開いて一度振り返ると、そこには竹皮(たけかわ)の包みを持ってとたとた歩いてくる母親の姿があった。


「いってらっしゃい、登笈(とおい)。きっと帰りは冷え込むから、なるべく早くに帰ってくるのよ」


「うん。おかーさんも暖かくして過ごしてね」


 母の手から包みを受け取り、少年———登笈(とおい)は外に遊びに出かけた。


「……ほぅ」


 ざりざりと音を立てて歩きながら、そんな風に息を吐いた。

 真っ白な吐息が珍しかったからだ。ふぅ、より、はぁ、の方がより綺麗な白い息になる。


「しろいいき、吐いてるの?」


 そんなことをしていると、登笈(とおい)の右後ろからひょこっと姿を現す少女がいた。

 登笈(とおい)と同じ黒髪で、肌は外で遊んでばかりだからかちょっと日に焼けている。彼女の名前は、奈島(なしま)姫愛(ひめ)登笈(とおい)と同じ年頃の女の子だ。


「ひめちゃん。おはよう。そーだよ、どんな風に吐けばもっと白くなるかなーって考えてた」


「おはよ。そーなんだ。でもあんまりよくないよー。ためいきつくと、しあわせが逃げちゃうって、おばあちゃんがいつも言ってるもん」


「たしかに!! やめといた方がいいね。ありがとう、ひめちゃん」


「ううん、いいの。それよりはやくいこ。かさぎくんが待ってるかも」


 そう会話をしながら、登笈(とおい)姫愛(ひめ)はてってけてってけ走り始める。


「———ん? おー、きたか」


 登笈(とおい)の家から西に少し行った場所には、侍を目指す人が通う学校がある。

 その敷地の隣。教員らの目の届く範囲に小さな公園が併設(へいせつ)されている。特に大きな遊具があったりするわけではないが、幼い子供が集まって遊ぶには最適な場所。そこが、登笈(とおい)ら三人の遊び場だった。


 すぐ近所に住んでいて、年齢も同じ三人。登笈(とおい)姫愛(ひめ)。そして、三人目の少年は、木材の上で間抜(まぬ)けそうに欠伸(あくび)をしていた。


 式守(しきもり)火鷺(かさぎ)。寝癖でツンツン跳ねた赤茶髪の髪が特徴の彼は、二人を視界に収めると、ぴょんと跳び降りて。


「よし、みんな揃ったなー。……つって、何もねーけど」


「何して遊ぶの? ぼく、しりとりとかしたいなぁ」


「わたしは……かくれんぼ、とか? でも今日ちょっと寒いし、あったまる遊びがしたいなぁ」


「んじゃあおにごっことかか。うごかねーとさぶいしな」


 親の手伝いや用事が無い日には、こうして三人集まって遊んでいた。

 いつかは学校に通って、嫌だけど勉強をして、運動もして、成長したら何かの職業に就く。そうして大人になっていくのだと。登笈(とおい)たちは、そう思っていた。


「———そういや、知ってるか?」


「なにが?」


 ひとしきり遊んだ帰り道。

 登笈(とおい)姫愛(ひめ)が汗を拭ったり、手で風を扇いだりする中、どこか遠くを眺めながら火鷺(かさぎ)がぽつりと呟いた。


「俺も聞いた話だから、あんまよくわかんねーんだけどさぁ」


「うん」


「なにかあるの?」


「……あの山の向こう」


 二人に顔を覗き込まれながら、火鷺(かさぎ)は小さな手で、屋根より高く遠い山を指差した。

 霧でぼやけているが、山頂には薄く雪が積もっているのが確認出来る。この枇杷(びわ)の国で一番高い山だと言われるそれは、湖成山(うみなりやま)


「そこで、すっげー数の人が死んでんだとさ」


「……それって、せん———」


「あら、姫愛(ひめ)。帰ってきていたのね」


 目を細めて語る火鷺(かさぎ)に、姫愛(ひめ)が何かを言おうとした時だった。

 進行方向の先にある小さな民家から、竹箒(たけぼうき)を持った老婆(ろうば)がひょっこりと顔を出したのだ。


「あ、おばあちゃん!!」


「そろそろご飯が炊きあがるわ。中に入って、暖まりなさいね」


 ひっしり抱きついてくる孫に、姫愛(ひめ)の祖母は優しく微笑んでいる。

 登笈(とおい)火鷺(かさぎ)の二人はそれを見て、なんとなく、早く家に帰りたく感じた。それと同時に、お腹もヘンテコな音を鳴らす。


「……あ、おなか空いたみたいだ」


 そんな登笈(とおい)の言葉を聞いて、火鷺(かさぎ)がふっと笑い、


「じゃあ、俺らも帰ろーぜ。はー、俺も腹減ってきたなぁ」


 と、言いながら、ようやく祖母の胸元から顔を上げた女友達の方を向く。

 その視線に気付いた姫愛(ひめ)は、恥ずかしさに赤面しつつ、手を振った。


「またね、二人とも。かさぎくんも、とーくんも」


 その隣では、柔和な笑みを浮かべる彼女の祖母も、ふりふりとゆっくり手を振ってくれている。


「うん。ばいばい、ひめちゃん」


 登笈(とおい)も手を振り返し、火鷺(かさぎ)とともに帰路につく。

 空はいつしか茜色(あかねいろ)に染まっている。そこかしこから食欲を誘う夕餉(ゆうげ)の香りが(ただよ)っていたためか、二人は足早に家へ帰っていった。



 △▼△▼△▼△



「———だったの。それでね。今日は白菜がよく浸かってると思うのよ」


「うん。すっごくおいしいね」


 ワカサギの天ぷらをかじり、奥歯で噛む。

 今晩の夕餉(ゆうげ)は、魚の天ぷらと白菜の畳漬(たたみづ)け、それと納豆だった。小鮎(こあゆ)にするつもりだったようだが、思ったよりワカサギが安かったらしい。

 白菜の方は自信作だと母が言っていた。


「ねぇ、登笈(とおい)。今日も火鷺(かさぎ)くんと姫愛(ひめ)ちゃんと、三人で遊んでいたの?」


 畳漬(たたみづ)けの絶妙な味を堪能(たんのう)していると、母が顔をぐっと覗き込んでくる。


「そうだよ。おにごっこをしたんだ。最初はひめちゃんがおにでね。ぼくすぐに捕まってさ、そんでね」


 話しているうちに、登笈(とおい)は箸を置き、身振り手振りで楽しそうに話し始めた。

 そんな息子の姿を、母は嬉しそうに眺めている。しかし、彼女は何か言いたいことがあったようで、少し申し訳なさそうに、手で登笈(とおい)の言葉を(さえぎ)った。


「おかーさん?」


「……何か、変な音がするわ。それに、少し焦げ臭い」


 様子を見てくる。と、母が椅子から立ち上がった直後だった。


 ド———ッ。と、大きなものが砕け散ったような、巨大な破裂音が響く。

 同時に、足元を揺らす振動。その時点で、登笈(とおい)は椅子から床に叩きつけられ、転がり込むように助けに来た母の腕に抱かれていた。


 地震とは違い、一度の大きな揺れ。だが、それが何度も、何度も、何度も。破裂音が聞こえる度に同じだけ、登笈(とおい)らを———いや、この街を襲っていた。


「……大丈夫よ。大丈夫だから」


 最初の揺れから何秒、何分経っただろうか。登笈(とおい)は、ただただ非日常なこの瞬間に恐怖していた。

 幸いにも、落ちてきて怪我をするようなものは家に無い。建物が倒壊(とうかい)でもしない限りは、このまま揺れがおさまるまで耐えていればいいはずだ。


 だが、そんな希望は呆気なく崩れ落ちる。

 直前の母の言葉。そして、登笈(とおい)鼻腔(びこう)を突く、煙と焦げ付いた木材の臭い。


 気付いた時には、視界が真っ赤に染まって———。

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