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RELACION 〜有力貴族の居候となった少年とその数奇な人生を〜  作者: 紺色わさび
聖王国の学び舎 編
10/74

街の名はネサラ

「は……っ?」


 ふわりふわりと、まぶたの中を鳥の羽根が舞っているような感覚に陥る。太陽の光がぐにゃりと曲がり、ちかちかと星が瞬いていた。

 寝起きだった。馬の蹄と車輪の転がる音、穏やかな陽射しに心地の良い等間隔の揺れ。それらがあまりに気持ち良くて、ついつい寝てしまっていたのだと、宮城みやぎ登笈とおいは腕や背筋をぐーんと伸ばすそばで理解した。


「んん、良い天気だなぁ」


 欠伸あくびをして、肩をごりごり回しながら辺りを見回すと、そこには既に見知らぬ土地が広がっていた。

 左右いっぱいに広がる黄金の絶景は、スリージ聖王国せいおうこくが誇る小麦畑だ。それが目の届く限り地平線の先まで続いているのが、まるで絵画のようでついつい見惚れてしまう。

 そして、前方に見える低い壁と、門の向こうに見える煉瓦色れんがいろを基調とした街並みは。


「お客さん、そろそろ起こそうかなと思ってたのよ。いぃーいタイミングで目ぇ覚ましたねあんた」


 馬の手綱を片手で握ったまま、御者の男性はこちらに振り向いてそう語る。

 そのまま得意げに喋ろうとしていたところだったが、客である登笈があまりにも瞳を輝かせていたもので、彼はそれを見てにっこりと微笑むのだった。


「……あそこが聖王国で一番大きな街、ネサラなんですね」


 緩む口角を抑えることもせず、実に興味津々な様子で登笈とおいが身を乗り出す。

 その喜びように、御者の男性は白いひげを触ることで応えた。ほほっ、と嬉しそうに、自慢げに声を漏らして。


「そーなの。あっこがネサラ。この国じゃあ、聖都せいとの次に栄えてるのね。いいとこよ。お客さんが入学するっていう学習院がくしゅういんもあるし、若者もいーっぱい」


 ぐあっと手を広げて、御者の男性が説明をする。

 聖都とは、スリージ聖王国の中心であり、国の中枢としての機能をもつ聖都スリジアを指している。流石にそちらの方が栄えてはいるものの、規模と面積では眼前のネサラの方が勝っているようだ。


 元々、他国から様々な人物が集うことを想定して建てられた街なので、それだけ大きく創られたのだと。国内一の教育機関である学習院がくしゅういんが建てられたのも、その目的の一貫らしい。

 そしてそれだけ余所者よそものが出入りするとだけあって、街の所在地は中央の聖都から大分離れていた。


「じゃあここまでね。お代はしっかりステンネルさんに請求しとくから、今後ともご贔屓ひいきに」


「もちろんです。ありがとうございました」


 ふりふりと、しわだらけの手を振って、御者の男性は街のどこかへ去っていく。

 それを見送ってから、登笈とおいはいよいよとばかりに、ふんふんと鼻息を荒くして歩き出した。


 ネサラの街は、遠目で眺めた通り、煉瓦れんがを使った建物が多く並ぶ街だ。石畳いしだたみで綺麗に整備された道は歩きやすく、街中を流れる川も汚くはない。大通りらしき道は馬車が三台は通れそうなほど広く、どこからか耳に入ってくる楽器の演奏は自然と胸を弾ませる。

 第一印象としては、かなり良い方だった。


 登笈とおいの住んでいた、というか、ステンネル公爵家こうしゃくけの屋敷があるセントホルンの街は、街並みこそ綺麗だが、街中を流れる水路はにごっていたし、捨てられたゴミで裏通りが臭うなんてこともザラにあった。

 領主のシュクルはそういったことも改善しようと取り組んでいたようだが、先はかなり長いというような愚痴を登笈とおいは何度か聞かされていた。そう考えると、このネサラの街はその辺りをかなり頑張っているように感じる。


「さて、と。まずは学生寮に行けばいいのかな」


 通行人の邪魔にならない脇道まで行き、リアーネの手で綺麗に中身が整頓されたトランクケースを開く。持ってきた入学書類の中には、学習院がくしゅういんまでの道のりが描かれた地図もあったはずだ、と。

 シャツやらタオルやらがぴっちり敷き詰められたそれを崩すのにはいささか抵抗があったが、とりあえず書類を出すだけならとなるべく丁寧にケースを探る。


「……まぁ、リアなら崩しても自分で戻せるようになればいいじゃないとか言いそうだけど」


 腰に手を当てて、仁王立ちしながらそう言う様が目に浮かぶようだ。


 思い出し笑いをしつつ、一〇じゅうまい以上はありそうな書類の束を一枚ずつめくっていくと、その中には登笈とおいの記憶通り、街の簡易地図が記載された紙があった。


 これを頼りに進み、入寮手続きを済ませれば、それからは自由に観光し放題というプランだ。


「ふむふむ……? まぁまだ昼前だし、のんびりでいいよね」


 理解したのかしてないのか、地図片手にぶつぶつと独り言を呟きながら、登笈とおいは街の中央へ向かって歩き始めていった。

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