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21 虚偽と来訪

「元の世界に帰してやる」今、そう言ったか?


聞き間違いじゃ、ないのか?

あんまりこの世界が常識を裏切りまくるもんで、頭がイカれたんじゃなかろうか?


「元の…世界に……?」

恐る恐る、問うた。


「そう、君がそこから来たという21世紀にだ」



それは、地獄の死者に垂らされた一本の蜘蛛の糸のようであった。

自分が一度死んだと知り、元の世に戻り立つことはできないという強い諦観のもとこの世界で生きてゆく決意を固めかけていた。そこに、私はまだ死んでいなかったこと、さらに、元の世界に戻れるという超絶大ニュース速報が流れた。心のどこかに封じ込めていた、現世への未練がゆっくりと頭をもたげ、今やその言葉に呑まれかけている。


「えっ…ちょ、元の世界…ホントに!?」

「なんだ、戻りたくないのか?」

観測者は、怪訝な目で見る。

「あっ、いや、別に、戻りたくないわけじゃ…」

しかし、今私が戻ったら、こっちの芝原家はどうなる。当主がマジで不在になって崩壊するんじゃないか。

「戻りたくないわけじゃないけど、私が消えたらこっちの世界はどうなるの?」

「なに、向こうの世界から本物の将軍のほうを連れてくればよい。又入れ替えて戻せば万事解決だ。何も悪い話ではない」


なんだ、今まであれだけ混乱させておいて、結構あっさり終わるんだな。


一時はこの世界で生きる覚悟も決めたし、照光やはるにはすごいお世話になったけど、本物の雪将軍が戻るというなら、私がここに居続ける理由はない。


勿論、後味が悪い気もしないではないが……


「では、戻ることに異論はないな?こちらとしても戻るならそれなりの準備が必要だから、決断は早いに越したことはない」

「……わかった」


——ごめんね、はる、照光——


「疑うわけではないが、念には念を、だ。君が芝原雪本人かどうかを確かめるために、少々検査をさせてもらう。そうだな、血を少しもらおうか」

「えっ、血?」

「そうだ」

男が答える。奥から白衣を着た人間がやってくる。顔には相も変わらずマスクをかぶり、年も性別もわからない。


なんだか、無気味だ。


「それでは」

観測者がそう言って私の腕をつかもうとした時、だった。




「待て!!!」




男の後ろに広がっている暗闇から、猛々しくも透き通った女の声が響いた。


観測者は突然の出来事に怯み、延ばした腕を一瞬引っ込める。


「そやつから離れろ!早く!!」

またしても女の声。


私はわけもわからず跳びのいた。

が、後ろにいつの間にか待つ白衣ら二人に腕をつかまれる。

「しまった!」

振りほどこうにも全く離れない。この躰をもってしてもびくともしない握力とは、一体何者だ、この白衣は!

「そこを動くな」

そう聞こえた。


カッ!コッ!

頭の左右から、鋭く硬い音。


振り向くと、白衣二人の頭に一本づつ、矢が突き立っているではないか。


白衣が両脇に倒れる。しかし、伏したそれからは血の一筋も流れ出ることなく、代わりに布の隙間から金属光沢がのぞく。


これは、機械?


「貴様ッ!!」

驚きに呆然としていた観測者が立ち返り、その女に怒声を浴びせかける。

「曲がりなりにも天下布武の名のもとその一翼を担う者の末裔というのに、女児誘拐とは。明智の名が聞いて呆れるな」


闇の向こうから現れたのは、いや、それは目を疑った。

久々に目にするセーラー服が、スカーフが揺らめき、整った長髪に、鋭い眼光が差す。

容姿こそ、現代に生きる女子高生のそれであるが、立ち上る闘気はJKと称するにはあまりにも冴えすぎていた。


何故ここにJKがいるのか、そんな考えは微塵も浮かばない。なぜなら、



その姿は、見紛う事なき、『私』だったからだ。



そして、それはつまり彼女が、真の芝原家長女にして若大将『芝原雪』であることを表す。



「君をここに呼んだ覚えはないが?」

観測者はいった。

「元の世界に戻してやるという設定は、もういいのか?そこの子が首をかしげているぞ」

大将雪も悠々と言い返す。

君を呼んだ覚えはない。その言葉から察するに、観測者は元から、私を返すつもりなど無かったのだ。

「おっ、お前!何を企んでこんなことを!私をどうするつもりだったのよ!」

「君には関係のないことよ。所詮は小国の一女が、この先戦乱に身を投じたとて、戦の塵と消える事は目に見えている。ならば、この私が、ちょいと有効活用してやろうと思っただけだ。その命、無駄にしたくはないだろう?」

観測者は、私に一瞥もくれず、将軍の方と相対峙したままの背中越しに、嘲笑交じりの返答を寄越す。

「この…!」

逆上しかけた私を、将軍が目で制し、

「好演説痛み入る。が、今の言葉、私への冒涜ととらえても文句は言えまい。今ここで死にたいか!」

見ると、雪将軍もまた、眉間の皺深く、こめかみに血管が浮き出ている。

一触即発である。


「ふう、まったく。君らそろいも揃って気性が激しいな。古人どもよ、私を叩っ切るというのなら、そうしてみたまえ。もっとも、それができればの話だがね」


張り詰めた空気に、一石を投じるがごとくの一言は、雪将軍の着火線に思いっきり火をつけた。

「ほう、ならば望み通りにしてやろう!覚悟ッ!!」


腰に下げた大刀を引き抜くと同時に観測者に詰め寄り、大上段から振り下ろす。

観測者は動かない。



ザッ、と、刀が弧を描いて断ち切った。

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