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勝利の母の回想

 また勝利は夜机の上でノートに今の心情や自分がなぜそうするのか、そう思うのかを出来るだけ素直な気持ちで書き綴った。


 もうすでに40分たち10ページ近くなっていた。


 最初は字体も内容もまさしく精神不安定な病人が震えて字を書きなぐるようだったが、何ページか過ぎて少し落ち着きまた内容も字体も少しずつ整ってきた。


 勝利は決して字は下手ではない。しかし最初の数ページは明らかに病気の人が書いたと鑑定されても仕方ない震えた字だった。


 しかしそれよりまずいのは勝利本人が病気である事に気づいてないようだった。


 またより心情を掘り下げていくため文を進めた。


「自分がどうすべきか」

「どうしたいのか」

を主の命題にした。


 様々な思いを巡らした。最近あれやこれやで疲れがたまっていた。

(1刻も早く自立したいのなら高卒で働くのが一番だ。いや今すぐにでも家を出るのもいい、レールから外れる事を恐れて踏み出せないんだ)


 勝利はいじけてばかりにならないよう冷静に自分の気持ちを分析した。とにかく必死に自分を抑えた。


(今より先の事を不安視するからだろう。でも家の親からは一刻も早く逃げなければならないんだ。一刻も早く自立しなければならないんだ)


 しかし冷静なつもりでも心はどんどん焦る方向に行っていた事に気づいていなかった。


 アルバイト雑誌をめくり、職種を変える、厳密には毎日やる仕事に変えようとしていた。


(毎日やるアルバイトをやったら受験に失敗するかもしれない。でも)

喫茶店、カラオケ、コンビニ、飲み屋などが目に入った。

「喫茶店にしよう」


 しかし面接の日帰ってきた勝利を待ち構えていたように父は怒った。働くことに自覚を持っている事をあまり理解しない、自分の要求だけを通そうとする口調だった。


 また先日会社で言った様に自分の苦労を理解されない苛立ちだったが、勝利にはそれを掬い取る事が出来ない。


 勝利は不動の姿勢で正座した。

「今日、どこへ行った」

「喫茶店の面接です」

相変わらず冷たく威圧するだけが目的の様な言い方で、目の睨みで正座状態から動かさなかった。


 膝は震えている。しかしアルバイトと言う正しい事をしたのになぜ糾弾されなければいけないのか、その疑問すら感じさせないほど、2人の主従関係は鉄壁だった。


 自分はスケープゴートのような役割をさせられている事にもはや気づいていなかった。

「週に何日だ」


 勝利はしっかり目を見て話すよう言われていたがそれでも目がふらつきおどおどした。

「週3、4日です」


 睨み威圧する表情から一転して幼児性すら感じるわめき方で父は言った。

「そんなの駄目だ!今やったら受験に失敗する」

「でも自立したいんです」


 弱弱しい勝利の言い方に対し父は畳み掛けた。勝利はなぜ自発的に働く気持ちを抑えられなければならないのか分からなかった。


 もちろん受験はあるしかし父は実は自立心をそぐためやっていた。

「勉強をしたくないからアルバイトに逃げるんだろう!」


 そんな時別室で勝利の母は死んだ姑の写真を手に持ち睨み付け回想していた。


 それは結婚してからの積年の思いを頭に呼び戻し恨みの力をため写真にぶつけるような激しい憎しみと悲しみの表情を伴っていた。


「あの女は結婚したときからひょっこりついてきてその後のすべての人生を台無しにした。あの女にへつらうのを覚えただけの結婚生活だった・・いじめと憎しみだけだった……」


 写真を憎しみと共に強く握りしめた。

積年の恨みと言う言葉がよくあてはまった。

騙された訳ではなく姑同居は了承した事だった。


 結婚間際と直後の姑と3人で写った写真があった。

 誰がどう見ても姑は邪魔者にしか見えない。


 しかしそもそも夫婦二人の時点で愛情などない、単なる召し使いにしか思われていない事を認める勇気は半分位しかなかった。


 写真を見る度姑さえいなければ、姑が不幸の元凶と思っていたが実は夫婦二人だけだったとしてもさして変わらないのだという事を気づかない面と認めたくない面が両方あった。


 勝利がまだ小さいころからいじめは続いていた。姑は飯がまずいと文句をつけた。


「まったくまずい飯だね!」

母は恐れおののき低姿勢で謝った。


「申し訳ありません。」

「食事1つ満足に作れないのかい!」


 容赦のない言い方は同じ家で暮らしているそれとは思えなかった。国王と使用人か何かの様だった。


「頭も悪く学もなく飯も作れない女がよくうちの大士とくっつけたね! 勝利には馬鹿をうつさないでちょうだい!」


 その事を思い出した母光子は涙と共に姑の写真を何度もナイフで刺した。一発ごとに憎しみと悲しみを込めた。

「こんなこともわからないのさすが低学歴の嫁だね!」

「あんたの脳はミスするためについてんの!」


 数々の暴言が思い出され、そのたび胸をえぐり憎しみが蓄積され、もはや修復不能であった。しかも


(私を助けたり同情してくれる人はだれ1人いない。私は1人だ・・!)

(あの女は私をいじめる事を最大の楽しみにしていた…一日一回は言われた…相談相手もいなかった)


「馬鹿者!お前が全ていじめに耐えろ! なっとらん! それでも俺の妻か!」


(友人と遊びにいくことも趣味も気晴らしも全て許されなかった。姑の世話だけやれと言われた。それがあの家の嫁の役目だった。だから私には勝利しかいなかった…次第に勝利しか愛せなくなった…あの子が私の元を離れるなんて許せなかった…他の主婦は皆もっと幸せなのに。)


 勝利は学校で頭を抱え独り言を言うようになった。

「まず、母を強引に連れ出して俺の稼ぎで何とか暮らす。当然学校には戻れない」


 しかし無茶な考えに勝利は震えていた。

そこへ真澄が話しかけた。

「大丈夫?」

勝利にはいきなり意識の外から他人に入ってこられたようだった。

「うんちょっと悩んでて。椿の家にも夫婦喧嘩って多くあった?」

少しぶしつけとも思える質問を勝利はした。真澄はなるべく抑えた口調で話した。


「うん、何となく、僕が中学生くらいの時は良くわからなかった。けど何となくうわべの愛想笑いで両親が色々ごまかして心に隙間が出来ていくのわかった。日に日にね」


 真澄の中学時代に母は話した。

「お母さん、お父さんと別れる事になったの」

「えっ別れる?」


 離婚の意味が半分くらいしかわからない年齢の反応であった。

「ただ、すこし話が合わなくなってきたの、別に結婚した事は後悔してないわ。


 もちろん真澄を産んだ事もね。人間だからちょっと合わなくなる事あるのよ。憎み合っているわけじゃない。そこは理解して」


 やや中学生には難しい言い方である事を母は悩みの蓄積から気づいていなかった。真澄は自分にわかる事を言った。


「そういえばお父さんあまり話さなくなった」

「忙しいからよ。お母さんも理解しようとしたけど」


 真澄は回想の後少し話題を変えた。

「母は私の事を色々ほめてくれた。何かが出来た時、人の為に何かした時。だけど日向君はあまりほめられてないように見える」


 勝利は違う角度から言われ少しはっとした。少し心に光が射したようだった。同時に緊張も緩和した。


「そうかもしれない。だから気づかない内に褒められたいような事を色々やっているのかな」

勝利は良い事に気づいた。


 立派に思われたくて思い切った行動を取ろうとすることに。しかし母を助け家を出なければならない事も知っていた。

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