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病院訪問とこれから

 勝利たちがボクシング部室の前に行くと驚いた事にそこには肉体労働アルバイトを共にした青年がいた。わかめやめかぶの様に髪の毛の量が非常に多い目が伏せがちな青年だった。顔色はあまりよくない。

「葛西さん・・」


 勝利はアルバイトを辞めた時の事を回想した。事務所となる会社に行った。普段は現地集合だが給料を受け取るのはここである。

「そうか今日で辞めるのか・・」

葛西に挨拶をした。少し残念そうな顔をしていた。

「お世話になりました。」

「ああ、機会があったらまた。」

勝利は礼儀正しく挨拶したが、葛西はどこか疲れていてあまり美味しいものも食べていない雰囲気だ。舌打ちをこらえる事が彼は多かった。しかしトレーニングはしっかりやっているのか筋肉に覆われていた。勝利は葛西がボクサーを目指している事に関心を持っていた。やる気やハングリー精神に尊敬の念もあった。自分には出来ない事をしているという念があった。

「葛西さんはプロボクサーを目指してるんですね。」

「ああ、必ずなって見せる。」

疲れていても答えは力強かった。必ずやりとげる信念の強さを感じさせた。彼には仕事に慣れない頃フォローしてもらった事が多い。


 中西達3年が道場破りに来た葛西に応対した。非常に面倒くさそうな感じだった。試合を控えてる時に変な人が来て迷惑だと言う様子だった。顔に嫌そうな態度が見て取れる。

「あの、公式戦以外で余計な体力を使ったり怪我をするわけにいかないんだ。帰ってくれないか。」

「そうはいかない。」

葛西は引き下がらなかった。明石が勝利の所へ来た。少し懇願するような態度だった。

「誰か、俺たちの代わりに彼の相手してくれないかなあ、日向も。」

「ええっ!」


 真澄は国木田に正体を明かしたことが良かったのか翌日迷っていた。何となく顔を合わせづらかった。国木田が強く人を責める人でないと信頼の上でだが、怒らせても仕方ないと感じていた。

正体を明かした安心感より不安や罪悪感の方が大きかった。真澄は思い切って国木田に挨拶をした。

「お、おはよう!」

すると元気のいい挨拶が帰ってきた。

「おはよう、今日も宜しく、椿君!」

国木田は一瞬驚いている事を隠すような表情だったが、努めて変わりがない事を示そうとした。彼女は器用なので心のわだかまりを一瞬だけに抑える力があった。真澄は罪悪感と申し訳なさを皆にもち続けようと決めた。

(これからも皆に申し訳ないと思おう、そしていつか打ち明けよう。)


 勝利は保健室で小宮から紹介された精神科医の説明を受けていた。

「この生立クリニックね。かなり有名で多くの患者さんがいつも来院してるわ。」

「僕は精神病にかかってるんですか。」

勝利の聞き方は最近のトラブル続きでわりと顔を変えず受け止めていた。どこか淡々としていて不安感に欠けていた。小宮は反応に不安を感じためらいながらも真実を話した。

「話を聞いた限りではね。言いにくいんだけどもうすでに症状が進んでる。日向君のご家族はかなり特殊な環境で専門家の私から見ても理解出来ない所があるわ。その為子供のころから少しずつ日向君は病気になってしまっていたんだと思う。」


 勝利は変人的な目で見られている意識を少し持った。

「えっ、子供の頃からすでにですか?」

「私も今日、言うのをためらってたんだけど。でもこれから成人するのに知っておかなければならない事よ。子供の頃『もう大人なんだからなくな』と言われるとストレートに感じている事が表現できなくなるとか色々症状があるのよ。また罪悪感と優柔不断さを抱える事になるわ。」

「そうですか・・」

小宮は明らかに言うのをためらっていた。勝利が傷ついているのではと後悔の念もあった。


 勝利は職員室で担任の西巻と話した。

「英語の偏差値が64か、70の学校は少し厳しいな。」

「英語の単語や構文や長文を書き出す様にしています。気持ちが負けない様に。」

勝利の言い方には疲れていながら少し家族に負けたくない抵抗心が混じっていた。

「ご家庭の事か。うーん。」


 西巻は少し引いた気持ちになっていた。気まずい雰囲気だった。場所を移して話すことになった。勝利は思いのたけを吐き出すと言うより淡々と順序立て状況を説明して見せた。

「最近、家族の不仲と僕への締め付けが前にも増してひどいんです。父と母は怒鳴りあいをし、殴る事もあ

ります。また母は姑のいじめを思い出し激しく憎んでいます。」


 勝利が去ってから田上と言う教師が西巻に話しかけた。

「日向と言う生徒の事ですが・・えー何というか相当家庭に問題を抱えていると言う事で伺っていますが。」

勝利を心配する気持ちと悪化すれば学校に損害をもたらしたり非行化すると言う懸念に対する不安が見て取れた。

「はい、全部を聞いたわけではないんですが、大分ひどい状態と言う事で。」

「あまり追い詰められると暴れたり非行化の可能性もあります。今は良く彼の話を聞き一刻も早く解決を探るべきでは。」

「はい、もちろんです。」

西巻は毅然と話したが内心では怯えていた。

(彼の家族なんか怖そうで関わるのがこわいなあ・・)


 西巻は小宮に相談した。小宮は勝利の状態を説明した。

「自分を防衛したり、親に良く思われるよう行動を取ったり他人に上手く気持ちを言えなくなったり、また親に逆らうのはとても悪い事だと言われた結果他人に自己主張出来なくなります。彼はもう少しで自分を保てなくなるかもしれません。でも最大の悲劇は彼が大人過ぎる事です。家族の仲を取り持ちかつ母を救おうとしています。本当は高校生でそこまでする必要はないのです。リラックスしているようで自分を隠し緊張し、家族など愛する人の前では心を裸にされるのを恐れるのです。」


 勝利は真澄に病院に行く事になった事を話した。真澄は国木谷正体を明かした事で不安かつ勝利にはまだ言っていない申し訳なさで心細かったがそれでも自分に話してくれた事を喜んだ。何とか彼の力になりたかった。

「で、行く事になったんだ。」

「医療費は自分で出す。親には言わない、ややこしいから。」

「僕も一緒に行っていいかな。何ていうか日向君の抱えている問題を知りたいから。」


 進藤は勝利に言った。

「君は学級委員になろうと言う気はないのか?」

「えっ、ないけど。」

勝利にはかなり意外な申し出だった。

「君は気づいていないがかなりクラスの信頼が厚い。もしかすると選ばれるかもしれない。」

「あまり興味ないよ。」

勝利はむすっとしたがあまり嫌な感じにならないよう配慮した態度を取っていた。進藤はそれが不思議でならなかった。

(何故だ、人間なら名誉に興味を持って当たり前じゃないか。)

「何故だ?」

進藤は勝利が自分に関心を持っていると思っていたが当人は至って平静であった。

「リーダーになる事にあまり関心がないんだ。」

「僕のやっている事にも関心がないって事か。」

「そういうわけじゃ・・」

勝利の答え方にはやる気のなさと相手を傷つけない配慮が両方あった。

「君は気づいていないが女の子にも結構好かれている。」

「・・・」

「僕は君がうらやましい、だから僕と勝負しろ!」


 勝利は1段階落ち着いた態度で受け止め返した。乱暴すぎないよう配慮したが、一方で今はそれどころじゃないと言う面倒くささもあった。しか17歳の反応としては非常に大人である。だがそれは小宮が言った幼少時に受けた傷による悲劇でもあった。

「勝負ってクラス委員の?今本当に疲れてるんだ。」

進藤は苛立っていた。

(大泉さんは最近つれないそぶりをする。)

大泉を自分のものにしたい欲求と勝利に対するやっかみ、彼をその気にさせたいと言う気持ちがあった。最近はボクシングをした頃の勝利に人気は落ちていたが、まだ彼はやっかんでいた。

(なぜ彼は偽善で大会に出たのに女にちやほやされるんだ。)


 その週の土曜日、勝利は真澄と生立クリニックに来た。東赤山町にあり勝利の家から電車で50分、駅から徒歩4分程だった。大学病院ほどではないが大きな病院で6階建てで1フロアにいくつもの診察室があり番号が振られそれぞれに担当の医者がいるようだった。1時間ほど待ち14時半からの予約待ちだった。

そして勝利は呼ばれ4階の4番診察室に入った。40代くらいのややがっしりした顔が大きく四角い医者だった。

「こんにちは三山です。日向さんですね。そちらの方は?」

「あ、つきそいの友人です。」


 真澄はいきなり聞かれて戸惑いながら話した。勝利は少し緊張した。医師の口からどんな言葉が出てくるか、自分が置かれた状況や病気の深度を聞かされる不安だった。

「小宮先生から少しお話を聞きました。お父様とお母様と3人暮らしですか?」

「はい。何かと家族とぶつかりストレスがあります。」

「お父様は何歳くらいから厳しかったですか。」

「小学校に入る前位からですか。」

「どんな事を言われましたか?」

「まず、良い成績を取れと言われます。あと親の言う事には逆らうなと。」

三山の言い方は相手を理解しようとする温和さと勝利が驚く様な家族の状況を聞かされても毅然としていられる部分の両方があり、問いかけの際もその両面が含まれていた。

「では子供の頃から強く言われ、言う事を聞かされてたのですか?」

「はい。」

「それに対してどう思いますか?」

矢継ぎ早の質問だったが機械的ではなく、短い言葉で相手を理解し、冷静に受け止め理解を深めようと言う雰囲気が見て取れた。

「そうですね、そのせいで不満を口に出せなくなりました。あと家に門限があり破ると怒ります。」

「それは何か理由があるのですか?」

「女性と付き合ってはいけないと言う事らしいです。」

「理由は。」

「理由は説明ないです。」

「これから進学されるんですか?」

「はい、大学受験します。でも高卒で働く事も考えています。」


 三山は少し考えた。

「お父さんは何か心の疲労を抱えてらっしゃるんですか・出生や仕事、他の人間関係などもお聞きしたいです。かなり悩んでらっしゃいますね。」

「・・・」

「誰しも子供時代を卒業しなければなりませんがそれをいやがる大人がアダルトチルドレンにしてしまうのです。女性との付き合いや他の事に対してもそうです。もう少し何回か状況を聞きましょう。また来てください。」

三山はさらりとわかりやすくアダルトチルドレンについて説明した。勝利は両親も精神病の一種と言う判断が出るのではと思いそれを受け止める心の準備をしていたがやはりだった。自分が医学界でも有名な問題に関わっている事がわかり、自分の人生がこれから思わぬ方向に行くのではと言う思いもあった。小宮たちもしっかりと自分の心配をしていると言う事も理解していた。


 帰り道真澄は勝利に言った。

「どう?参考になった?」

「うん。小宮先生も言ったけどやっぱりうちの家族って相当変わってるんだってわかったし。父ちゃんの事を掘り下げて話して相談すると後ですごく面倒になりそうな気がする。親をもしかして見捨てる事になるかもしれない。いつか見限らないと後で大変だって。」

「何とか、僕も力になる。」


 光子は姑の事を思い出していた。それはおそらく姑にやり返す事が出来なかったためだろう。それに蓄積されいつかぶつけようと思っていた相手がいなくなった事で自分の心の中の憎しみの居場所がなくなり、負のエネルギーが心の中で暴れているようだった。

「お母様はこの俳優がお好きなんですか?私も大ファンなんです。」

笑顔で憎しみを見せず話しかけると途端騙された様に姑は怒りをあらわにした。

「嘘をお言い。こないだ大士の前でこの俳優は嫌いだと言ってたじゃないか。よくぺらぺらと私に調子を合わせて嘘ばかり。大体あんたが嫁に来てから私に嘘をつかない日があったか。どうせ適当にあしらっとけばいいと思ってるんでしょ!」

「そんな、私はお母様をしたっております!」

「嘘をお言い。そんな言葉誰が信じるかい!」

また光子は姑の写真を握り憎しみをぶつけていた。

「にくい、姑がにくい・・」


 しかし大士は離れて平然と言った。

「女の戦いはどこの家族にもある。女はいじめあう生き物だ。」



 




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