決戦開始
10分ほど休息をとり、雫は目を開け辺りを見回す。
すると、少し先のほうでビルの窓ガラスが飛び散る様子が見えた。
「あそこかー。またずいぶん派手にやってるねー。
荒木の奴も予想外の技を使ってきたし、正直もう少し休みたいところだけどそうも言ってられないかなー」
魔力の過剰消費でけだるい体を起こし、風の術式を展開する。
同時に火の陣を組み込み、火の竜巻を体に纏う。
「さてと、さっさと片付けるとしますかねー」
居座っていたビルごと粉砕し、上空に飛び立つ雫。
そのまま、一直線に先ほどみたビルに向かう。
途中、地を這いずる魔獣たちを焼き払いながら進むと、どうやら一箇所に集まっているらしいことに気づいた。
恐らくそこに二人がいるのだろうと見当をつけ、熱風を撒き散らせながら魔獣たちの後を追う。
そして、雫が悠斗たちを見つけたときには二人は多くの魔獣に取り囲まれながら、大声で喧嘩をしていた。
(……もしかしたら、悠斗君には魔術以前にもっと根本的なことを教えないといけないかもしれないな、これは)
軽く痛む頭をてで抑えながら、集まってきた魔獣を焼き払う。
幻葬を使ったため、少し威力はおちたが大量にいる魔獣は個々の強さがそれほどでもなく、難なく焼き尽くされていく。
炎がしずまった先で呆然と二人がこちらを見ていることに気がついて、再び雫は愚痴をこぼしながらため息をついた。
◆◆◆◆◆
「君たちは馬鹿なのかい? 馬鹿なんだよね? あんなに大声出してたらいくら知能が低いからって見つかるに決まってるだろう?」
「「……本当に申し訳ございません!」」
土下座して謝る悠斗たちに笑顔で説教をする雫。
本日何度目かのため息をはいて、水の陣を展開し、二人の頭上から水をかける。
「「冷たッ!」」
「少しは頭を冷やして反省しろってことだよー。まったく、コントやってるような場合じゃないんだからさー」
そういって、その場に座り込む雫。
「そういえば師匠、一体何が起こってるんですか? あの荒木って奴に襲われて、
魔獣を倒したと思ったらいきなりこんなところに幽閉されて……」
「んー、私も専門じゃないから詳しくはしらない。
悠斗君じゃないとわからない説明になってしまうんだけどいいかい?」
そう、浩太に雫が問う。
悠斗は、自分にもわかるように説明しろと反論するかと思ったが、浩太は素直に頷く。
「聞き分けがよくて助かるよー。簡単に言うと、この結界は呪いだ。
魔獣は人の負の気が集まったものだと説明したよね? その負の気を、『殺させる』ことによって、
すべて殺させた人間に向かわせるように荒木はしたんだ。 そして、それを東西南北の4箇所で私たちに行わせた。
負の気とて、魔力の元となる。本来なら操作できないそれを、呪いとして操作した。
そして、4方向から私たちに向けられる負の念を、荒木は魔力に変換し広大な範囲に及ぶ結界を作り出した。
『私たちだけ』に作用する結界を。これで邪魔が入ることもないし、外の世界に影響を及ぼすこともない完璧な密封空間の出来上がりってわけ」
話を聞き終わると、浩太が静かに口を開いた。
「でも、悠斗と雫さん……でしたっけ? あなたたち二人に作用したとしてもなぜ俺までここに?
とどめを刺したのは悠斗だし、俺は最後のあの化け物としか会っていないんですけど」
「おそらく、荒木がその場にいて、君も巻き込むように操作したのかもしれない。
そして、君は魔獣に攻撃を仕掛けたんじゃないか? もしそうならばその結果、負の気が少なからず君に向いたということも原因かもねー」
なるほど、と頷くと同時に深いため息をつく浩太。
「なんかごめんね……。こんなことに巻き込んじゃって……」
申し訳なくおもい、つい謝罪してしまう悠斗。
「まぁ、あの状況じゃ手を出さないわけにはいかなかったし、仕方ねーよ、きにすんな! それより、これからどうすればいいんですかね?」
そんな親友の姿に苦笑しつつ、気を入れなおしてこれからの方針を雫に問う。
「恐らく、あいつは私たち3人を同時に相手にするつもりだ。しかもあいつはおそらく魔法を使える。
ここで待っていれば向こうから現れるだろう。奴さえどうにかしてしまえば、この結界も破れると考えて間違いない」
「ってことは、3人で迎え撃つんですか?」
間髪いれずに聞き返す悠斗。
「そういうことになるねー。本当はしっかり作戦を立てたいところだがそういうわけにもいかないようだ。」
「悠斗! 下から何か来るぞ!」
え? と再び聞き返そうとする悠斗に、浩太の怒声が飛ぶ。
それと同時に、雫は幻界を発動し『下から来る何か』にぶつける。
耳をつんざくような音が鳴り響き、次いでガラスがわれるような音が響く。
土煙が舞い上がりその先に、悠然とたたずむ一人の影があった。
「私の幻界と相殺させるほどの威力か……。さっきと違い油断してたわけじゃないって言うのにやってくれるねー、荒木」
「貴様を殺す、ただそのために私は力をつけてきたからな。当然のことだ」
ゆっくりとこちらに歩み寄る荒木。
「男の嫉妬は見苦しいっていうけどここまでくるといっそ清清しいねー。
その努力をもっと別のところに向けていれば、もっと違う未来もあっただろうに、とても残念だよー」
「今更何を言ったところで変わりはしない、そこにいる弟子共々葬り去ってやる」
そして、二人の視線が交差する。
「そう簡単にいくと思うなよ?」
音もなく、突如烈風が二人の間に吹き荒れた。
空気が震え、近くのものを吹きとばす。
「二人は下がってて! 近くにいると巻き添えになる!」
呆然と雫と荒木の会話を見ていた二人だったが、雫の言葉にハッとなり、物陰に身を隠す。
だが、荒木はそれを見逃さなかった。
「言ったはずだ、弟子もろとも葬ると」
「――ッ! 今度は右から何か来るぞ! 前に飛べ!」
突如、轟音とともに、建物の半分が消し飛んだ。
間一髪のところで避ける悠斗と浩太。
大きくえぐりとられた壁の先には、巨大な鬼が佇んでいた。
「この状況ではさすがのお前とて弟子を助けには行けまい。愛弟子が嬲り殺される姿をその目に焼き付けながら、貴様も死んでいくといい」
かなりまずい状況に、さすがの雫も舌打ちをする。
「相変わらずやってくれるね……ッ! 悠斗君たち、とにかく時間を稼ぐんだ、無理して勝とうとしなくてもいい! 私が行くまで持ちこたえろ!」
「貴様も往生際が悪いな、生きて通すと思っているのか?」
荒木は魔術式を展開しながら、雫の前に立ちふさがる。
「お前こそ、本気で私を殺せると思っているのか?」
雫も臆することなく荒木に相対する。
「決着をつけてやろう!」「速攻で片付ける!」
二人の怒声とともに開放された魔術が、ぶつかり合い大爆音を鳴り響かせ決戦の開始を告げた。
9月末までといったのですが予想以上に長引きました……。
ようやく用事がすべて片付いたので、またもとのペースとまではいかなくとも、最低週1で投稿できると思います。
そろそろ1章も終わりですので、よろしくお願いします。