第3話 「悪意は形になる」
夕方。
学校帰り。
キリカは空を見上げていた。
「ねぇコトちゃん」
「今日さ、なんか変じゃない?」
コトハが首を傾げる(かしげる)。
「何が?」
キリカは少し考える。
「うーん……空気?」
コトハがため息をつく。
「キリちゃんそれ昨日も言ってた」
その時--
駅前の大型スクリーンにニュースが流れる。
『連続暴行事件』
『原因不明の暴走』
『目撃者の証言――人が、化け物になったんです』
キリカの鼻がーー
ヒクリと動く。
「……やっぱり」
「え?」
ドンッ!!
通りの向こうで大きな音。
男が倒れている。
「大丈夫!?」
「救急車!」
ざわめき--
倒れていた男がーー
ゆっくり立ち上がる。
怒りでーー
顔が歪ん(ゆがん)でいる。
「ふざけんな!」
「ふざけんな!」
「ふざけんな!」
同じ言葉を繰り返す。
その瞬間。
キリカが顔をしかめた。
「くさっ……」
焦げたような匂い。
鉄が焼けるような匂い。
それでいて甘ったるく…
喉にまとわりつく。
男の背中が膨らむ(ふくらむ)。
皮膚の内側からーー
何かが押し上げる。
骨が軋む(きしむ)。
肉が裂ける(さける)。
黒い影が滲み(にじみ)出し…
男を包む。
そして――
三メートルを超える異形が立っていた。
腕が異様に長い。
顔はもはや人の形をしていない。
叫ぶ(さけぶ)ーー
「コ…ロ…ス」
悲鳴が上がる。
逃げ惑う人々。
コトハが震える。
「キリちゃん……」
キリカが小さく呟く(つぶやく)。
「……来る」
マリスが地面を砕き(くだき)ーー
突進する。
その時!
「おー」
間の抜けた声。
「また出てんのか」
振り向く。
リントが立っていた。
コンビニ袋を提げた(さげた)
いつもの顔。
「リント!」
リントはマリスを見る。
――その瞬間。
笑いが消えた。
瞳の奥の光がーー
すっと冷える。
コンビニ袋が手から落ちた。
「……でかいな」
マリスが迫る。
キリカが叫ぶ。
「危ない!!」
リントは動かないまま…
低く呟く(つぶやく)。
「顕化」
足元の影が広がるーー
空気が沈む。
アスファルトが軋む(きしむ)。
黒い影がリントを包む。
次の瞬間。
拳。
ドンッ!!
マリスの腕が止まるーー
片手で受け止めていた。
リントが言う。
「下がってろ」
マリスが吠える(ほえる)。
腕を振る。
リントは最小限の動きでかわす。
そして…
踏み込んでの一撃。
衝撃。
マリスの体が吹き飛び
ビルに激突する。
「ニンゲン!!」
リントは笑う。
「少し違うけどな…」
一瞬で距離を詰めてからの連撃。
黒い衝撃が走る。
マリスの体が崩れ(くずれ)ーー
霧となり消えていく。
静寂。
リントはゆっくり元の姿に戻る。
キリカが言う。
「……何それ」
リントは頭をかく。
「企業秘密」
コトハが睨む(にらむ)。
「ごまかしてる…」
リントは答えない。
その視線はーー
マリスの消えた場所へ向く。
落ちている黒い結晶をひろいあげ呟く(つぶやく)…
「……またか」
その瞬間。
頭の奥に声が響く(ひびく)…
『リント』
父の声。
『人の心が壊れる(こわれる)時』
『悪意は形になる』
幼い日の記憶…
白衣の父。
机に並ぶ黒い結晶。
そして険しい(けわしい)表情。
『これは病気じゃない』
『人間の“負”が物質化したもの…』
リントは小さく呟く(つぶやく)。
「知ってるよ……親父」
キリカが聞く。
「何か言った?」
リント。
「言ってねぇよ…」
その時。
遠くのビル屋上。
黒いコートの男がスコープを下ろす。
「なるほど」
「やはり…生きていたか」
リントを見下ろす。
「君の父親は優秀だった」
口元が歪む(ゆがむ)。
「人の悪意を、ここまで純度高く結晶化させた」
男の手の中でーー
黒い結晶が光る。
「だが…実験は途中だった」
目を細める。
「息子はどこまで
耐えられるかな」
低く笑う。
「実験を始めよう」
その夜ーー
狭い部屋。
机を叩く男。
「なんで俺ばっかり……!」
拳から血が滲む。
部屋に満ちる、焦げた匂い。
足元から黒い影が滲み出す。
ゆっくりと…
悪意は、
形になる。
世界に悪意が蔓延し始めていたーー




