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ーー プロローグ ーー

夜。


冷たい雨が

アスファルトを叩いていた。


幼い手が、男の指をぎゅっと握る。


三歳の娘。


濡れた前髪の奥で、無邪気に笑っている。


「パパ、はやく」


その声の向こうで

妻が振り返った。

傘の下、柔らかな笑顔。


ありふれた、

ささやかな、

それでも確かな幸せ。


……その瞬間だった。


悲鳴。


白刃の閃き(ひらめき)。


赤。


崩れ落ちる身体。


温もりが、腕の中から

零れ(こぼれ)落ちていく。


「……パァ…パ…」


雨に溶ける、か細い声。

世界が、音を立てて壊れた。


男の腕から

黒い霧が溢れ出す。


雨にも流されず、

闇よりも濃く、

皮膚の奥から滲み(にじみ)出るそれは、


怒りでも

悲しみでもない。

もっと純粋で、

もっと醜いもの。


その夜…

人の悪意は

初めて“形”になった。

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