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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第二章 死ぬほど好きだから
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第三話 三者三様三者面談



 四人による会議の終了後。鷺林と永盛の二人は事務所内の廊下を歩いていた。


鷺林(さぎばやし)さんは、さっきの木ノ崎さんの話どう思いましたか?」


 と永盛が尋ねる。


「ミサイルの?」


「はい。というよりは黒須野さんのについての話です。理屈はわかりますけど、正直その、黒須野さんへの期待っていうか、評価の高さが今ひとつピンと来ないので……もちろん彼女もアイドルとして成功出来るだけのものは持っているとは思いますが、他の二人と比べるとどうしても見劣りするといいますか、あまりにも『普通』すぎるので……正直、続けていけるのかどうかすら危ういんじゃないかと私なんかは思ってしまうので」


「んー、まぁ永盛さんの感じ方もわかるよ。けどさ、木ノ崎さんは今まで間違えたことがないからね。間違えって言って正しいかはわからないけど、これだってスカウトした人はみんなその通り成功してる。黒須野さんの場合はスカウトじゃないけどさ、それでも木ノ崎さん自らこのユニットのために、最後のピースとして連れてきたんだから、その確実性はより保証できると思うよ。なにより僕らはまだ彼女のことをなんにも知らないからね。時期尚早過ぎるんじゃないかな。黒須野さんだってまだ中学生だし、彼女たちが今後どうなるかなんて僕らには想像もつかないじゃない」


「そうですね……あの質問三人にしてもいいですか?」


「誰が一番重要かってやつ?」


「はい。彼女たちの認識も知っておきたいので。木ノ崎さんの考えとの齟齬も含めて」


「そっか……いいんじゃないかな。あの三人は、そういうのちゃんとありそうだし」


 二人はレッスン室に向かい、面談のため安積から呼び出した。



     *



 レッスン室近くの小さい会議室。安積と二人は向かい合い座っている。面談、といっても最初は主に生活面。時間、忙しさ、学校との両立。悩み、大変なこと、要望。家族との関係、もとい芸能活動についての保護者の理解、情報の共有度。そういった話からアイドルについて、今後のレッスンをどうしていくか、要望、不明な点等々。


「残りは、ユニット名についてだね。できれば今月中には決めたいって話だからさ。どう? 一週間くらい経ったけど、実際三人でやってみてこういう名前だってピンとくる感じはあった?」


 と鷺林は安積に聞く。


「それってこの前出したやつから選ぶでいいんですか? エアとイリヤの二つから」


「あー、もちろんなにか別なのでこれだってのがあればあげてもらってもいいけど、基本はその二つかな。上もそこはOKって言ってるし」


「わかりました……それだと『エア』の方がいいと思います、私は」


「そっか。理由は?」


「なんだろう……色々あるけど、名前ってやっぱり人に呼んでもらうものだから、エアなら英語でも読める人多いだろうし、書くのも楽だし、意味もわかるし……っていうのはありますね。あとは、イリヤだとこう、なんかちょっと重くて違うかなぁって」


「重い?」


 と永盛が聞き返す。


「はい。こう、フランス語っていうのも三人でやってみてなんか違うなあって思いましたし、意味も、なんだろう……邪魔っていうか、重くて、なんかまとわりつく感じで……なんかそういうのが違うかなって、思いましたね。あとやっぱり、書きにくいし、英語っていうかアルファベットだと読みにくいし。それこそ大人から子供までとか考えると、エアの方が全然軽くて楽だなって」


「そっか……今大人から子供までっていったけど、安積さんはそういうユニットを目指そうと思ってるってこと? このユニットがそうなるって」


 と永盛は尋ねる。


「いえ、そういうわけではですね。まだどうなるかとかは全然わかりませんし。ただ、最初から何かを省くっていうか、そういうのは嫌なんで」


「なるほど……ユニット名についてはわかりました。あとは――参考程度というか、安積さんの考えを知っておきたいってことで聞いておきたいんだけど、安積さんはあの三人の中で一番重要な存在は誰だって考えてる? もちろん自分って答えても大丈夫だから」


 と永盛は言う。


「んー……重要、っていうのはこれこれこういう理由で、ってことでいいんですか? 永盛さんが思ってる重要と違うかもしれないんですけど」


「もちろん。何を重要と思うかも含めてだから」


「わかりました。それだと黒須野さんですね」


「理由は?」


「んー……色々ありますけど、一番は黒須野さんだけだから、ですね」


「……なにが?」


「アイドルやりたい、っていうのは黒須野さんだけなんで」


「……もう少し詳しくいいかな?」


「……私は、多分五十沢さんも同じ感じに見えますけど、別にアイドルじゃなくてもいいっていうか、少なくともアイドルであること、やることに、必然性? はないっていうか……どうしてもアイドルになりたい、やりたいっていって今やってるわけではないので。


 でも黒須野さんだけは、最初からアイドルですから。始まる前から、アイドルになりたいっていうか、アイドルやりたいって、明確で、強い意志があって。だからそういう力っていうか、エネルギーは一番です。だから木ノ崎さんが彼女のこと連れて来た時、埋まったなぁっていうか、一番いなくちゃいけない、替えがきかないかなぁって……まだ一週間なんでなんとも言えないんですけど」


「今、アイドルをやりたいわけじゃないって言ってたけど、それは今でも?」


 と鷺林が聞く。


「えっと……アイドルそれ自体にこだわりというか、執着はないです。それとは別にこのユニットはやっていきたい、って思ってます。そういうのとは別に、アイドルやりたいとか、アイドルじゃないとみたいなのは、今も前もないです。そういうのも三人でやっていって変わるかもしれないですし、そういう変化に黒須野さんの存在は大きいかもなぁって」


「そっか……それだとさ、すでにモデルとかもやってた中で、安積さんはなんでアイドルっていうか、このユニットやるって決めたの?」


「木ノ崎さんに誘われたからですね」


「あー、うん。それは聞いてるけど、別に木ノ崎さんに誘われればなんでもやるって話じゃないよね? 決め手は? 理由」


「決め手……それを、そこで見てみたいから、ですね」


「ユニットを?」


「それもそうですし、それをやることで見えるものっていうか、それをして自分がどうなるのかとか、そんな感じです」


 安積の言葉に、鷺林は少し唸って背もたれに体重を預けるのだった。



     *



 安積の面談が終わり、五十沢の番となる。鷺林らからすれば安積以上に言葉が少なく、簡潔すぎでかつ説明不足、というよりあまりにも「自分の言葉」で話すがゆえに難儀な相手ではあった。とはいえコミュニケーション自体には不都合はなく、事務事項などの問いには非常に簡素に答えるため、やりやすい部分も多々ある。問題は、「感じ方」に対する説明。


「じゃあ最後の二つだね。まずユニット名をできれば今月中に決めたいんだけど、五十沢さんはエアとイリヤどっちがいい? 実際一週間くらい三人でやってみて。もちろん他に案があれば挙げてもらっていいけど」


 と鷺林が言う。


「いえ、他はないんでエアでいいです」


「そっか。理由も聞いていい?」


「楽なんで。音だと二音でカタカナ二文字アルファベット三文字。無駄省けますよね」


「まぁね……そういう理由で決めちゃって、大丈夫?」


「大丈夫ですよ。私も名前とかどうでもいいんで」


 そう答える五十沢の口調と無表情は、本当に一切の興味がないとわかるものだった。


「えっと、じゃあユニット名はそれとして――最後になるけど、五十沢さんはユニットの三人の中で誰が一番重要だと考えてる?」


十子(とおこ)ちゃんです。考えっていうか事実ですけど」


「事実?」


「はい。十子ちゃんが一番下なんで」


「――えっと、その一番下っていうのはどういう意味で?」


「そのままです。炎なんで」


「もしかしてミサイルとか?」


「じゃなくてロケットですね。ミサイルも似てますけどそれじゃ一回爆発して終わりですから」


「あー、そっか――実は木ノ崎さんも同じようなことっていうか、ミサイルだって言ってたからさ」


「あー、やっぱあの人はわかってるんですね。じゃあ別に説明いらないですね」


「いや、木ノ崎さんと完全に同じとは限らないからさ、できれば五十沢さんは五十沢さんの言葉で説明してもらえるかな? ほら、ミサイルとロケットでも違ったし」


「はぁ……じゃあ」


 五十沢はそう言い、立ち上がるとホワイトボードに絵を書き出す。それは木ノ崎のものと比べるとはっきり「ロケット」とわかる上手いものだった。


「ロケットです。先端私です。ミサイルだと弾頭でわかりやすいんですけど、ロケットだとなんですかね。操縦席は違うと思うんで、まーどうでもいいんで飛ばします。真ん中というか全体が真ちゃんですね。真ちゃん以外やる人いないんで。ここちゃんとしてないと飛べないみたいな感じです。で一番下エンジン、炎が十子ちゃんです。十子ちゃんの火がロケット飛ばしますね」


「でもそれだと黒須野さんがいない限り君ら二人は飛べないってことになるけど」


 と鷺林が尋ねる。


「いや、私たち二人は一人でも勝手に飛びますよ。ただこう、この三人で、アイドルでってなると、飛べるかどうかは十子ちゃんの炎次第っていうだけで」


「……なんとなくはわかった。ありがとね。じゃあ次黒須野さん呼んできてもらえるかな」


「はい」


 五十沢は部屋を後にし、レッスン室に戻り黒須野に順番を告げる。そうして自分もさっさと練習に戻ろうというところで、腰を下ろし書類を眺めている木ノ崎に気づく。


「木ノ崎さん、ミサイルだと一回爆発したら終わりですよ」


「ん?」


 突然の、脈絡のない話。木ノ崎は一瞬目を丸くするが、すぐに思い当たる。


「――ああ、まぁね。んじゃ君はロケット?」


「はい。でもロケットだと私なんですかね」


「そうねぇ……アームストロングとかじゃない?」


「あー。でももっと遠く行きたいですね」


「ははは、そうだね。まぁ行けるでしょ、君なら」


 他の誰にもわからない、あまりにも簡素なやり取りだった。



     *



 最後の一人、黒須野の面談は、鷺林ら二人からすれば非常にやりやすいものだった。意思疎通は支障なく、元々アイドル志望ゆえ考えや意志が明確に定まっている。中学三年にしては大人びているというか、成熟してしっかり自分の考えを持っている子だ、と二人は感じていた。


「じゃあ、次はユニット名について聞くけど、実際一週間くらい三人でやってみてこれだってのはあったかな? できれば今月中には決めたいってことだからさ。できればエアとイリヤどっちかからだけど、なんかもっと他にってのがあれば遠慮なく言っていいから」


 と鷺林が尋ねる。


「そうですね……他にとかはないですけど、私は、二つから選ぶならエアですね」


「そっか。理由は?」


「……実際、一週間あの二人を見ていて、あの『とらわれなさ』っていうんでしょうか……自由とはまたちょっと違うんですけど、あえて言えば自由って言葉からも自由っていいますか……エアって言葉のこう、漠然とした感じとか、掴めなさとかが、あの二人にはピッタリだなって。むしろそれ以外ないんじゃないかってくらいに」


「なるほどね……でもそれだと黒須野さん自身は?」


「私は――正直、私一人加わったところでそういうイメージが変わるようなことはないと思います。うまくいえないんですけど、いい意味で関係ないっていうか……それこそそういう『意味』からも逃れられるような言葉ですし……」


「わかりました。それじゃ最後ですけど、黒須野さんはユニットの三人の中で誰が一番重要だと考えていますか?」


 と永盛が言う。


「重要、ですか? ――あの、自分で言うのもおこがましいんですけど、重要というか、このユニットが生きるか死ぬかは私次第な部分が、かなりあると思います」


「それはどうして?」


「やっぱりその、実力の面では一番下です。五十沢さんは言わずもがなですし、安積さんもセンスがあるので練習すればするだけ伸びます。それでいうと常に私が一番足を引っ張りかねない存在といいますか、全体の完成度をあげるには私の完成度を上げるのが常に必須になると思うんです。


 それに、五十沢さんはダンスは当然として、顔もすごい独特で印象が強くて、立ってるだけで華がありますし、安積さんは言わずもがなで、文字通りユニットの顔だと思います。その点私はどこまでも普通で、でも普通であるからこそ、普通であるはずの一般のファンの人々と共通する部分っていうか、わかりあえる、繋がる部分も多々あると思うんで、そういうことは自分にしかできないんじゃないかと思っています。


 あとはやっぱり、その、まだ一週間でもちろん二人のことをちゃんと理解してるわけじゃないんですけど――アイドルじゃなきゃダメ、っていうのは私だけだと思うので。アイドルでなければいけない、アイドルユニットでなければいけない、アイドルユニットとして、三人で、ステージの上に立ってライブをする。そういうことに必然性があるのは、今はまだ私だけだと思うので。それを共有して三人のものにするのも、私にしかできないんじゃないかと、ほんとおこがましいですけど、二人を見てるとそういうことは感じますね……」


「――ありがとう。黒須野さんがその、すごくしっかり考えてる、自分のことだけじゃなくてユニット全体のことを考えてるってこと、すごくよくわかりました」


 永盛はそう言い、どこか安心したようにふっと微笑むのであった。




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