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ライブ・オブ・アイドル  作者: 涼木行
第二章 死ぬほど好きだから
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第一話 東京のアイドルにサンキュー



 ユニットの結成から一週間。黒須野にとっては目が回るような一週間だった。結成の次の日から、放課後はレッスン、レッスン、またレッスン。土日もレッスン。遊ぶ暇など、あるわけがない。無論、暇があっても遊びにあてないのが彼女であったが。


「――すいません、今日もお先失礼します」


 平日のレッスン後、黒須野は慌てた様子で言う。


「うん、お疲れ。気をつけてね、疲れてるだろうし」


 と安積が言う。


「はい。あの、ほんとすいません。三人で話す機会とか必要なのはわかってるんですけど」


「うん。でも受験あるしね、仕方ないよ。レッスンはできてるんだし、そういう時間は合格決まってからゆっくりでいいしね」


「はい、本当にありがとうございます」


「いやぁほんとごめんね。受験とか完全に頭から抜け落ちてたからさ」


 と木ノ崎が笑って言う。


「そのへんも考えて声かけるべきだったよね」


「いえ、なんだろうとやってましたから。全然平気です」


「だろうね、君は。どう? 受かりそう?」


「そうですね、大丈夫だとは思いますけど、油断はできないんで……これで落ちたらアイドルやってたせいだとかにもなりますし、そういうのは絶対許せないんで」


「だよね。まぁそうなると僕らもちょっと困るしね。保護者の心証も悪くなっちゃうしさ。高校だと受験は三月?」


「二次はそうですね。一次、推薦も受けるんでそっちで受かれば今月下旬には決まりですけど、わからない以上は油断せず続けてないとですし」


「そっか。んじゃ推薦受かると良いね」


「そうですね……ていうかその、五十沢さんも三年、ですよね確か」


 黒須野はそう言い、一人念入りにストレッチをしている五十沢を見る。


「そうだったね」


「五十沢さんは、受験とか大丈夫なの?」


「私受験ないですよ」


 と五十沢はストレッチをしたまま答える。


「え?」


「一貫なんで」


「ああ、中高一貫。じゃあ中学受験か」


「そうですね」


「へー。それって学校どこ?」


「女学です」


「女学、ってもしかして女子学園中学……?」


「はい」


 五十沢はなんでもないことのように答える。女子学園中学校。中学校と高等学校が存在する私立の中高一貫の女子校。いわゆる「お嬢様学校」のようなものであり、生徒の保護者の平均年収は非常に高く、それでいて高い偏差値も求められる本物のエリート校である。


「――え、五十沢さんちってその、お金持ち……?」


「そうですね。親はそれなりに稼いでると思います」


「へ、へぇ……でも、偏差値すごいよねあそこ。中学受験でもかなりレベル高いって」


「みたいですね」


 みたいですねって、こいつ、ダンスだけじゃなくて頭の方も天才なのかよ、と黒須野の顔は思わず引きつる。


「黒須野さん、顔顔」


「え? あぁ、すいません」


「いいのよ。そのうち勝手に素も出るようになるでしょ」


 と木ノ崎は笑って言う。


「それより時間大丈夫?」


「あ、そうでした。すいませんお先に失礼します!」


「あ! 帰る前に一つだけ!」


 とマネージャーの永盛が呼び止める。


「明日レッスン後にできればみんなの個人面談したいからそれだけ頭入れといて。時間はそんなとらせない予定だけど都合悪かったら連絡してね」


「あ、はい。わかりました。失礼します」


 黒須野はそれだけ言い、足早にその場を後にした。個人面談、って何するんだろう、などと考えつつ、駆けるように歩いて行く。



     *



 翌日。EYES事務所内の会議室に木ノ崎、鷺林、永盛の三人が集まっていた。そこへ鴫山もやってくる。


「おう、集まってんな」


「遅いよシギさん。集めた人が最初来ないと」


 と木ノ崎がへらへら言う。


「るせぇ、三分くらいしか遅れてねえだろ。んじゃまあ会議始めっぞ。木ノ崎、今後の展開、どうするつもりか教えろ」


「ちょっと待ってね……」


木ノ崎はそう言い、スマホを操作する。


「――三月二〇日。四月五日。五月五日」


 口にしたのは、日付だけだった。


「あー、まぁお前なら言うよなそういうこと……」


「まあね。てか日付ちゃんと頭入ってるなんてさすがシギさんだね」


 手帳でスケジュールを確認する鷺林(さぎばやし)、永盛を横目に木ノ崎は言う。


「たりめえだろ。んなデカい祭り忘れるかよ。ディフューズツアー初日東京公演、TOKYOアイドルコレクション、んで最後がEYESファン感謝祭だな」


「さすが」


「で、まず三月二〇日はなんだ。何するつもりだよ」


「ディフューズの前座ちょうだい。一曲でいいからさ」


「――マジか? いや、そこデビュー戦にするつもりか?」


「それ以外ないでしょ」


「……わかってると思うけど、ディフューズのアルバムツアーの初日だぞ。三千近く入るハコだろ。散々待ちに待ったっつうファンしかいねえ、完全アウェイで、誰一人知ってる奴いねえ中デビュー一発目、マジでやんのか?」


「うん。ゾクゾクするでしょ?」


「するに決まってんだろ阿呆。しかしまぁ、実現すりゃ鮮烈だが、ほんとにできんのか? あと二ヶ月ちょっとだろ」


「やれなかったら言わないでしょ」


「……わかった。むしろ問題はこっちか。まぁ、話はしてみるが、難しいと思うぞ。いざとなりゃ俺が強権ふるうけどよ」


「案外大丈夫じゃない? むしろディフューズっていうかセンター二人に先話した方がいいかもね。彼女らなら喜んでやらせてくれそうだし」


「あぁ、そういや前に五十沢見てんもんな……三人揃ったとこも見せるか」


「てか情報流せば勝手にあっちから来るんじゃない?」


「だな。んじゃ、デビューは三月二〇日、これで行くぞ。そこまでのプロモーションはどんな感じだよ」


「何も」


「何も?」


「まぁ、タイミングは任せるけどさ、どっかでディフューズのツアー初日に前座いるよって告知ね。情報はユニットの名前だけ。みんな知らないから勝手に調べるし新人だってわかるでしょ。公式サイトは、作っといてライブ直後にアップの方が面白いかな」


「あー、いかにもお前好みって感じだな」


「あとライブの写真や動画は好きにとっていいよってしようか。そうすりゃライブ来た人が勝手に撮ってSNSに流してくれるでしょ。ライブ映像はなるはや編集でサイトにあげたいよね。旬逃したくないし」


「局はどうする?」


「テレビね―。ディフューズの情報のついでにか。正直僕の好みとしてはいらないんだけどねぇ……ま、その辺はシギさんに任せるよ。あくまでコンセプトをとるか、数字をとるか。プロにお任せ」


「わかった。んじゃライブ後に公式サイト上げてそこで情報告知か」


「いや、サイトはユニットの名前と動画だけでいいね。あとうちの所属ってだけで、それ以外は一切なし。当然個人名も。アー写もいらないんじゃない?」


「いや、それはさすがに、んじゃライブどうすんだよ」


「同じよ。出て行って、ライブやって、引っ込む。自己紹介なし。MCなし。まぁ、バックにユニット名だけは背負ってね。これぞ『見ればわかる』じゃない」


「それで掴むのはかなりハードルたけえぞ?」


「できるでしょ、彼女らなら」


「……お前の話聞いてっと企画っつうより僕が考えた最高のストーリー聞かされてる感じだな」


「そうよ。それができる子たち集めたんだしね。てかシギさん、僕のそれを見たくてやらせたんじゃないの?」


「ハッ。まぁそうだが、実際こうなると実現不可能な夢に思えてくるよ。ま、その分現実で見れたら、震えんだろうな」


「そうそう。そういうんじゃないとつまんないでしょ」


「そりゃな。んじゃその謎のアイドル路線でいったとしてよ、アイドルコレクションで今度こそ開示、ってのがお前の狙いか」


「そういったら面白いよねーって絵図だね。まだ自己紹介だけでいいけど。というか別に他に伝える情報もないしね。それに合わせてサイト更新プロフィール追加ついでにアー写もってくらいじゃない? プロフィールは名前と年齢だけでいいでしょ。学年はとりあえず想像に任せといたほうが面白いしね」


「なるほどねぇ……しかし今から入れてもらえっかねぇ。デビュー自体がこれの二週間前だろ? まあ話はしとくけどよ」


「そ。であれ今んとこトリ239でしょ? 二年生までだろうけどさ。その前欲しいよね、場所」


「は? それは無理に決まってんだろ。つかそれこそ二戦目完全アウェイに加えて239の前って」


「でもそれが一番面白いじゃない」


 木ノ崎は、そう言って笑った。



 239。「TEENS 239」の略である。239の正式な読みは「にじゅうさんく」だが、「ニーサンキュウ」と呼ばれることのほうが多い。


 ティーンズ限定の女性アイドル集団で、東京二三区ごとに一つずつチームが存在する。例えば港区のチームは「ティーンズミナト」といった具合であり、その二三チームの集合体、プロジェクト全体の総称が「ティーンズ239」である。


 それだけに当然所属するアイドルの数は非常に多く、競争が激しい。半年に一度「ティーンズ順位戦」を行っており、これは将棋の順位戦を参考にしている。すなわち、将棋では名人にあたる地位の「ニーサンクイーン(単にクイーンと呼ぶほうが多い)という、絶対王者。そのクイーンの座に挑戦できるS級の四人、通称「四天王」。その下のA級であるトップテン。その下にB級一組、といった具合に階級、順位戦、降格と昇格が存在する。勝負は集めたポイントの数で決められ、これは人気投票の票数、集客数、仕事量などによって割り振られる。ゆえに集客力、集金力においては他の追随を許さない巨大なアイドルグループ。その点では、アイドル戦国時代の現行アイドル四天王の中において、もっとも強力な存在であろう。


 そして、TOKYOアイドルコレクション。春と秋、年に二度行われるアイドルたちによる音楽フェスだ。木ノ崎が参加しようと言うのは、無論四月五日に行われる「春」の方。「新人戦」とも呼ばれるTOKYOアイドルコレクション・スプリング・ステージ、通称「SS」である。


 TOKYOアイドルコレクション、通称「TIC」の春の出演は、結成・デビューから二年以内のアイドルに限られている。それが新人戦と呼ばれるゆえんの一つであるが、加えて来場者による投票によって一位に選ばれたアイドルは秋の「本戦」に出場できるという要素も「新人戦」たる一因であった。

 デビューから二年。ティーンズ239自体はこのルールに当てはまらないのだが、イベントである以上集客は重要。ティーンズ239は特別枠としてグループへの加入が二年以内の者、「一年生」「二年生」と呼ばれる者達だけで参加するのが恒例となっている。


 そう。つまり木ノ崎が言っているのは、そのTOKYOアイドルコレクション・スプリング・ステージにおいて、トリを飾るティーンズ239の一、二年生の一つ前でやらせたい、ということであった。



「そこがさ、一番人も集まってるでしょ。盛り上がり最高潮。239目当ての客が絶対多数。当然ギッシリ。押しも押されぬ大本命を今か今かって状態よ。ここが一番じゃない、見せつけるなら」


 木ノ崎はそう言って、ニッと笑う。


「――わかった。ひとまず打診はする。けど思い通りいく保証どこにもねえぞ。どうするつもりだ?」


「見てもらうのが一番手っ取り早いよね」


「呼ぶのか?」


「それでもいいし。とりあえずビデオでさ。曲できた後はそっちも。で、最後はデビュー戦を生で見てもらうと」


「二週間前にテーブル組み直させんのか?」


「そうしたいって思わせるだけのパフォーマンスをすればあっちが勝手にやってくれるよ。まー組み直しじゃなくて割り込みだけだしね」


「ほんと自信がすげえなぁ。それでまあ、次はゴールデンウィークのファン感謝祭か」


「そ。一ヶ月あくから間ちょこちょこなんか入れよっか。露出増やし。ただMCだろうと言葉はなしで。ファン感謝祭で満を持して初めて自己紹介以外をしゃべるわけだね。そこまでにうち目当てのファン増やしてさ」


「ストーリーとしちゃ面白えな……まぁファン感謝祭に出るの自体は問題ねえだろうな。つかうちのイベントなのに新人出さねえとかありえねえしよ。ちなみに順番は?」


「そりゃトリのディフューズの前しかないでしょ」


「言うと思ったぜ。それ主張するだけでもかなりやっかみくっぞ。わかってんだろうな」


「んなの見せて黙らせりゃいいだけじゃないの」


「そりゃそうだが、だとしてもお前への当たりは強くなんだろうよ。スカウトのくせに出ばって贔屓じゃねえかってな」


「むしろそれならシギさんのが危ういんじゃない? そもそも僕表出ないんだからやっかみも来ないでしょ。ほんと申し訳ないけどそこはサギさん代わり受けてもらうことになっちゃうね」


「いえ、平気です。もとよりその覚悟ですし、木ノ崎さんの身代わりなら願ったりですから」


 と鷺林は答える。


「ありがたいねーほんと。まースケジュールとしてはいければそうしたいからさ、その分準備も早めにしないとなのよ。特に曲だね。まず曲。デビューの一曲目をなるはやで。アイドルコレクションの時には二曲は欲しいよね。んでできれば感謝祭の時に三、四曲」


「そうだな。発注は今日にでもした方がいいだろう。誰か候補いんのか?」


「ディフューズの『リフレクション』やった人がいいね」


赤宇木(あこうぎ)さんか。あの人も売れっ子だかんなー。どんな人かは知ってっか?」


「いや、会ったことないしね。曲は聴いてるよ。そもそもディフューズの最初の曲って時に聞いてるしね。わかってるねーって思ったから彼女しかいないなって思って。女の人ってとこも合うよね」


「はーん。まぁそれこそ俺は直接仕事してたしな、連絡してみるよ。ただ忙しいからなぁ、説得材料なんかあっか?」


「シギさんのが詳しいだろうから任せるよ。ただこっちのことならなに言ってもいいよ。どんな誇張でも事実ならね」


「そうか。まああの人も見て決める人だから見に来てさえもらえりゃあとはお前ら次第だかんな。なんとか引っ張ってみるわ。希望はリフレクションみたいな曲なのか?」


「正確には『ディフューズにとってのリフレクションみたいな曲』かな。要するにさ、最初の一曲だからこそ、テーマであり、本質であり、根本であり、永遠である、っていうね。ま、伝えればわかるよ。可能であれば二曲目以降も複数作ってもらえると楽なんだけどね」


「難しいだろうけどな。んじゃ曲はそっちで、でき次第振付だな。これは舞台田さんでいいんだろ?」


「そだね。本人が了承すれば」


「了解。あと衣装もなるはやの方がいいよなぁ。三人とはいえ時間かかるし。けど曲やダンス決まってねえとイメージも固まんねえか」


「そこは相手次第じゃない? 大体の日数聞いてどっちがいいか聞いてさ。まー人によるけど見てもらえれば大丈夫だろうしね」


「そればっかだなぁ。これは誰か候補は?」


「いないというか知らない。全然専門じゃないし。それもプロのあなた方に任せますよ。ただまぁ、できれば女性がいいね。若い人。で、野心と向上心の塊みたいな人。チャンスを欲しがってる人。そういうのリストアップしてちょうだいよ。それで作品見るから」


「まーたざっくりした注文だねぇ……まあ俺の方でもできる限りやらせとくけどよ、サギ、お前もこれはがっつり頼むぞ」


「わかりました」


「おう、任せたぞ。あとはそうだな……ビデオはいるか? MV」


「できんの?」


「難いな、すぐには。まーそれこそ感謝祭までの間に出せりゃ上出来だろ。金の問題もあるし。音源もどうすっかだな。こっちも感謝祭前に出してぇけどよ」


「可能ならそんな感じでお願いしたいね」


「おう。あとは、あぁ、名前だな。ロゴの発注もあるしよ、これも遅くても今月中で頼むわ。三月二〇日やるっつうなら早ければ早いほうがいいからよ。どうやって選ぶつもりだ?」


「三人の意見が絶対かな。彼女らの。出した案ので問題ないんでしょ?」


「ああ。あん中から選ぶなら大丈夫だよこっちは。さすがにあれなら上も文句つけないだろ。お前はどれがいいんだ?」


「どれでもいいよ。僕の意見はなし。純粋に彼女ら三人だけ。意見が衝突したときも三人で話し合って決めてもらうと」


「そうか。すんなり決まるといいけどな。ま、とりあえずそんなとこか。そうと決まりゃさっさと動かねえとな。で、この後お前らなんかやんだよな」


「はい。会議といいますか、ちょっとした話し合いですね。認識の共有といいますか、私と永盛さんがぜひ木ノ崎さんと色々と共有しておきたいと思いまして」


 と鷺林が言う。


「はーん。まぁ基本はお前ら三人のチームだからな。俺もいたほうがいいっつうならいるけど」


「でもシギさんはほとんど共有してるでしょ、僕とは」


 と木ノ崎は言う。


「そうだな――いや、やっぱ聞くよ。二人の話も聞いときてえし。基本若いチームだからな。俺は口出さねえから遠慮なくやってくれ」


 鴫山はそう言い、改めてどかっと椅子に座り直すのであった。




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