(9)
「(テレパシーで言っていることと、口でしゃべれることが違うから、亜夢がハツエが少女の体を精神制御しているんじゃないかと疑っているみたいだ)」
ハツエは言った。
「亜夢ちゃん、そこの藪草を刈ってみて」
亜夢は手をかざすと、言われた通り藪草を払った。
「う~んと、手で、こうやって」
ハツエは左手で草を引っ張り、右手を刀のようにして刈る仕草をする。
亜夢は藪草に近づくと、左手で束ねて持ち、右手を一閃した。
そこからばっさりと草が切れて、亜夢は藪草を放り投げた。
『そのままじゃ』
亜夢の手の、小指側の側面が、金属のように変質していた。
「?」
アキナが美優と奈々の為に、ハツエの言ったことを同時に口にすることにした。
アキナが説明し終わり、全員が理解したところでハツエが話を進めた。
『儂が小さくなったのは、この亜夢が見せた肉体を変質させた力と同じ』
「けど、若返ることなんてできないわ」
『これは若返っているのではないわい。肉体の密度を変え、形を変えただけじゃ。結果、子供に見えるがの』
「どういう意味?」
『老化するとどうなるか知っているか? 肌は皺だらけ、胸の脂肪は削ぎ落ちる。骨ですら中がスカスカになってくる』
ハツエは声をだしていないが、アキナの声に合わせてパクパクするので、しゃべっているかのように見える。
『非科学的潜在力を使うにあたって、それは非常に都合が悪かったんじゃな。例えば風を起こして体を飛ばすにしても、骨や筋力が耐えられないからじゃ』
「で?」
『どうしても非科学的潜在力を使わねばならん時に、こうやって体の密度を変え、自分のチカラにたえれるようにしとったんじゃが。ある時、長期間この体形をつづけた時後、元の体を忘れてしまっての。体を元にもどせなくなったんじゃ』
「長時間…… って、始めから忘れる気満々だったんじゃない?」
亜夢はさっきまで金属のようだった自分の手を見つめた。
確かに、元々の体のイメージが頭からなくなったら、この手も元に戻せないだろう。
『やんどころない事情が続いて、まあ、一か月はこの姿をしてたかのぅ』
「そんなに…… なにがあったんです?」
『超能力者の独立運動があったのは知っとるかの?』
美優が手を上げる。
「あっ、知っています。二年くらい前でしたっけ」
『独立運動の一番激しい時、儂は運動の犠牲者を救う為に戦った』
「独立側として、ですか」
『いや、どちらでもない。運動の犠牲者となってしまう弱気者の為じゃ。つよい超能力者や、強力な兵器から子供や動けない人々を助ける仕事をしておった』
「子供の姿をしているのは分かったとして、なぜ子供が難しいことをしゃべれないの? 体が考えているんでしょう?」
『理由は儂もわかってないんじゃ。この子供の体でも、過去の記憶は思い出せる。じゃが、いざ話す時には、体の影響をうけているんじゃ。心と体は別物のようでありながら、別物ではない部分があるということかの』
「よくわかりません」
『体側から脳をアクセスするのに、体側が使いこなせる範囲までしか使いこなせない、という表現でわかるかの。思念波なら体の制限を受けずにすべてにアクセスできるんじゃが』
また美優が手を上げた。
「あ、なんとなくわかりました」
「おねえちゃんが一番頭いいのね」
「そんなことないと思うけど。ありがとハツエちゃん」
ハツエはニコニコっと笑った。
「これでいい? じゃ、みんなハツエのおうちに行こう」
「はい」
亜夢も奈々も笑顔でそう答え、歩きだした。
アキナは黙って立って考えていたが、「まあいいいか」と独り言を言うと、先に行ってしまった四人を追いかけた。
駅を越えて、少し山を登ると、少しだけ南に向いたゆるい傾斜があって、そこにログハウスが立っていた。
ハツエが扉に手をかざすと、内側でロックが回る音がした。
「ほら、はいっていいよ」
ハツエが靴を脱ぎ散らかして家に入っていく。
パチパチと、飛び跳ねるようにスイッチをいれると、部屋の灯りがついた。
「広い」
「天井高い」
「いいでしょう、ハツエのお家」
金髪の少女は両手を広げてそう言った。
美優がソファーのあたりに立って、「ここに座ってもいい?」と訊くと、ハツエが「いいよ」と答える。
大きくため息をついて美優がソファーに腰かける。
奈々は窓の近くに行くと、カーテンを大きく開き、窓の外の景色を眺めた。
「海が見えるのね」
ハツエは跳ねるようにして、奈々の方に行き、「反対側は山も見えるよ」と言ってそっちの窓まで連れていく。
「ほんとだ。こっちの景色は落ち着いていていい雰囲気ね」
台所の方へ入り込んだアキナが言う。
「冷蔵庫開けてもいいか」
ハツエが走って冷蔵庫に向かと、「いいよ、と言って観音開きの扉を一度に開く。
「おっ、ミルクもらってもいい?」というと、ハツエは「あたしも飲む」と言ってコップを二つ出した。
「他に飲みたい人いるか?」
奈々は外を見るのに夢中、美優は疲れたのかソファーで目を閉じている。亜夢は部屋の真ん中で立って二人を見ていた。
「亜夢はいる?」
亜夢は首を振る。
透明なコップに白いミルクが並々と継がれる。もう一つのコップには半分ぐらい。
ハツエは半分のミルクをグイッと飲み干し、流しにコップを置くと、亜夢のところに行った。
「おねぇちゃん、どうしたの?」
亜夢は腰を落として、ハツエと目線を合わせた。
ハツエの口に白い髭のようにミルクがついていて、亜夢はそっとハンカチでぬぐった。
「ハツエちゃん。精神制御されないような、何か良い方法はない?」
「おねえちゃん、ちょっとまじめすぎない?」
ハツエはそう言ってから思念波を使って、亜夢だけに付け加える。
『何事も、オンとオフが大事なんじゃぞ』
『それはわかります。けど、この連休しか時間が』
ハツエはソファーで目を閉じている美優に目をやる。
『コントロールされとるのは、あの娘じゃったの。あの娘と窓際の娘は、まず、自らの非科学的潜在力を解放する必要がある』
亜夢は美優と奈々の姿を見た。
『いままでできなかったことが突然できるようになるんでしょうか?』
『なる。だからここに連れてきたんじゃろうが?』
『校長が何か術を教えてくれるだろうということでした』
『素質があるからヒカジョに通っとるんじゃろ』
ハツエは、馬跳びをするように亜夢の頭を飛び越えた。
おどろく亜夢が振り返るまもなく、もう一度ジャンプして、亜夢の首を股に挟んだ。
「おねえちゃん、かたぐるまして」
亜夢は、ふらつきながらそのまま立ち上がった。
ハツエが指さす方に歩く。
「おねえちゃん」
奈々は窓から海を見ている。
「海を見てるおねえちゃん」
ハッとして奈々は振り返り、亜夢の上にいるハツエに驚いた表情を見せた。
「な、なに? ハツエちゃん」
「海で遊んできなよ」