(5)
消えて行かない土埃に男は震えた。
亜夢が指をさすと、静止していた土埃が意志をもったかのように男をめがけて飛んでいく。
たまらず目を閉じる男。
「お、おぼえてろ!」
ろくに開かない目でバイクにまたがり、アクセルを開ける。
「あっ、危ない!」
段差に気付かず、バイクが転んでしまう。
さらしの男は路面になげだされる。
そのまま動かない。
「やばいかな……」
そう言った瞬間、男はパッと立ち上がって走って逃げて行った。
「ふぅ。これで終わりかな」
奈々が亜夢の背中にくっついている。
「怖い……」
「奈々。大丈夫だよ、死んでないし、起き上がってきてもすぐやっつけるから」
「違うの。美優の後ろ」
「あっ、美優、大丈夫?」
倒れたままの美優にかけよる。奈々が、激しく腕を引っ張る。
「どうしたの、奈々?」
「ほら、見えない? 美優のすぐそば」
回りを見回しながら亜夢は、美優を抱き起す。
「美優、大丈夫?」
美優が声に反応してゆっくりとまぶたを開けると、亜夢はその瞳の中にいた。
『なに?』
亜夢はその暗闇の中でそう言った。言ったというより、思念波を送った。
『お前は、この前のヒカジョだな。すると、さっきのは違う誰か、ということか』
亜夢が送られてきた思念波の方向を探すと、空間の裂け目に、目だけが見えていた。
『あ、あの時の…… あんた、何が目的なの。もう美優に干渉しないで!』
『目的を聞かれて答えるのは小悪党さ。知りたいなら勝手に調べてみるんだな』
スッと、裂け目が遠ざかって行く。
亜夢は走って追いかけるが、近寄る気配もない。
『待て!』
暗闇がどんどん小さくなり、亜夢が瞳の表面浮かび上がった。
美優の瞳だけではなく、鼻が見え、髪やあご、おでこが見えてきた。どんどんと上昇して、自らの体に帰ってくる。
「!」
「亜夢、亜夢! しっかりして」
奈々の声が聞こえた。
「奈々、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフよ。亜夢が連れていかれるような気がしたから、何度も呼んだのに、まるで意識がないみたいだったから、びっくりして……」
奈々が亜夢の背中で泣き始めた。
「良かった。帰ってきたのね。良かった」
「……」
なんだろう、と亜夢は考える。さっきの瞳の中に入った感覚が奈々にも分かったのだろうか。
「ごめん、心配かけて」
「うん、大丈夫。今度は美優」
念の為、亜夢は美優の鼻と口に頬をよせて、呼吸を感じた。
「美優? 起きて、美優。返事して」
「もうあの人は見えないから大丈夫だと思う」
亜夢は振り返る。
「奈々?」
きょとん、とした表情の奈々に亜夢が話しかける。
「奈々が、さっきから見ているのはなに?」
「美優にまとわりついていたの。闇に包まれていて、姿ははっきりしない。亜夢もその闇に包まれ始めたから……」
美優を精神制御するヤツの姿を見ている。亜夢はそう確信した。
「奈々、そいつが見えたら近づかないで」
「けど、助けないと美優が可哀そう」
「……」
急に亜夢は首を掴まれた。
「や、ヤバい。い、息が……」
亜夢は美優と唇を重ねていた。
美優の耳を引っ張って亜夢が言う。
「こら。何をする」
美優はにっこりと笑う。
「感謝の気持ちを体で示しただけだよ」
「ほお。感謝するなら、こっちの奈々に感謝しな」
亜夢は立ち上がって、奈々を美優に突き出す。
「えっ?」
「ありがと、奈々♡」
亜夢の足元で女子同士の濃厚なキスがかわされていた。
「連中が起き上がる前に寮に帰ろう」
「はぁい」
美優と奈々が立ち上がり、空き地を出ていく。亜夢の後に、アキナが出てきて袖を引く。
「どうしたのアキナ?」
「亜夢に感謝の気持ちを体で伝えたい」
「キスならゴメン」
亜夢が手を合わせて頭を下げた。
「えっ……」
それきり、寮に戻るまでアキナはずっとうつむいていた。
亜夢、美優、奈々、アキナの四人は、汽車に乗っていた。汽車と言っても、蒸気機関車ではなかった。長距離を移動する列車のことだ。
「トランプ飽きた」
と美優が言って、手札を膝の上に置いた。
「後、どれくらいかかるの?」
美優はスマフォで確認する。
「おっ、後一時間を切ったよ」
「え~~」
美優の絶望的なその声を聞いても奈々は笑顔だった。
「じゃあ、美優、おせんべ食べる?」
「おせんべ糖質でしょ」
「豆もあるよ」
「甘いからおなじよ」
亜夢は真剣にアキナの手札から一枚を選んでいた。
「……」
決意したように左から二番目を、勢いよく引き抜く。
アキナが、ニヤリ、と笑う。
引き抜いたトランプを持つ手が震えている。
「な、なんで戻ってくるの、あんた……」
可愛らしい絵柄のジョーカーがそこにあった。
美優が呆れたように言う。
「こんなにババ抜きやったの初めてだよ」
「わ、私も、こんな屈辱初めてだよ」
アキナが勝ち誇ったように言う。
「亜夢がこんなにババ抜き弱いとはな。もっと早く知っておけば良かった」