(32)
直後、亜夢は思念波世界の中で、SATのリーダーが、はい、という意思表示をしたことを確認した。
おそらく方法としてはそれしかない。亜夢はそう考えた。
SATの人たちならネットワークの解析をするはずだ。すぐに外部からのアクセスを確認し、覗き見ている相手を特定するか、接続を遮断することができるだろう。
お願い…… 亜夢は祈るような気持ちになった。
地下の駐車場の車の中で、中谷はノートパソコンを操作していた。
運転席にいる清川がたずねる。
「そのパソコン、どうやって通信してるんですか? 私のスマフォ、圏外なのに」
「ああ、これ? 携帯電波と警察無線のデータチャネルのハイブリッドだよ」
「よくわからないけど、納得しました」
よくわからないのに納得できるってことは、興味がないのに質問してきたってことだな。中谷はそう思った。
若い男女が車中で二人っきり。加えて中谷も、清川も独身だった。
「清川くん。こんな時しか聞けないこと、聞いてもいいかな」
「は、はい…… なんですか」
清川は何を聞かれるか、と身構えた。
相手は独身のロリコンだ。襲われる、とは思われないが、前触れもなくコクってくることはあり得る。
ポケットから清涼系のタブレットを取り出すと、清川はスッと口に含んだ。
「署でさ、あの…… パンツ無くなったって件があったよね」
ヤバい。この件はヤバい。清川は必死に頭を働かせる。
あの件が中谷にバレていることはない。
絶対にだ。清川は中谷がカマをかけている、と判断した。
「えっ、もしかして、中谷さんが犯人なんですか?」
清川が中谷の顔を指さした。
「なんで俺が。なんで今自白しなきゃならんのだ」
「だって、今しか聞けないことって」
「自白って、聞いてないだろ? 自分が犯人ってのは、自白であって聞いてないでしょ?」
言いながら、中谷はバタバタと手を振った。
「そうでした」
中谷は急に落ち着いた様子で、静かに言った。
「無くなったパンツって、乱橋くんのだよね?」
「そうですけど…… 中谷さん、怪しい。怪しさ満開です」
中谷は清川から顔をそむけて、軽くノビをした。
「俺に譲ってもらえないだろうか」
「はぁ? 誰がっ」
清川は慌てて口を押えた。 自ら所有していると言ってしまっている、いやそう受け取られてしまう。
「えっ?」
間を開けてはダメだ、と清川は思った。とにかく話して気を紛らわせる必要がある。
「誰がそんな口きいてるんですか。ロリコンは女子高校生はアウトじゃないんですか」
「誰がロリコンなんだよ。いいじゃないか。若くてかわいい女性のパンツが欲しい。健全な男のあかしだ」
こっちの誘いに乗ってくれた、と清川は安堵した。
「本人を口説くんじゃくてパンツに行くところが健全じゃないでしょ?」
「三次元の美女に欲情するのは健全だ」
「だからパンツが問題だと」
「三次元ならいいだろうが!」
中谷の興奮を抑えなければならない。清川はすこし間をおいてから言った。
「二次元の萌絵に欲情していた方が害がないんですけど」
「清川くんが……」
中谷は清川の両肩にがっしり、手をかけた。
ビクッと、清川の体が勝手に反応する。
「な、なんですか」
「清川くんが署内の掲示板で買います、って書いてくれないか」
「え?」
意外な言葉に、そう返すしかできなかった。
「俺の名前で書き込んだら、さすがに署に居られない」
「自分で自分の行為を変態と認めたことになりますからね」
言いながら清川は腕を組み、目を伏せてうなずいた。
「だから、絶対にばれないように清川くんの名前で」
ハンドルをバン、と叩くと、清川は言った。
「私はどうなるんですか? 盗まれたパンツを買い戻す婦警って、どう思われると思ってるんですか?」
「ストレートに考えれば、百合ロリじゃないかな?」
「百合&ロリ」
清川はなぞるようにそう言う。
今度は中谷が腕を組み、目を伏せてうなずく。
「う~ん。男のロリより、より変態度合いが増した感があるな」
「絶対にいやです」
「本当は…… 清川くん」
まさか、油断しかかったところで、証拠をつきつけるのではないか。清川は顔をひきつらせた。
「えっ?」
「この金額出す、っていったらどうする?」
スマフォの計算機アプリに、かなりの金額が提示される。
「えっ? それマジですか」
有休を取って、近場の海外旅行か、国内の贅沢旅館をつかう旅が出来そうだった。
「ボーナスの半分を突っ込む形になるな」
後ろ髪引かれつつも、その為に変態の汚名をかぶることになるわけだ。清川は現実を直視した。
「すこし心が揺らぎますが……」
中谷は人差し指を立てて、清川を諭すように話し始める。
「そうだな。清川くんの染みつきパンツを乱橋くんのだ、とウソをついてもその金額が手に入るわけだからな」
真実を知って、ワザと言っているのか、天然なのか、清川には判断がつかなかった。
「な…… なにをいってるんです」
「俺は構わないんだ。差し出したパンツがどう使われるか、と考えればそんなウソは付けないはずだからね」
清川は『はぁ?』と逆切れ気味に言い返そうとした言葉を、ゆっくりと飲み込む。
「えっ……」
中谷は清川の肩をつつく。
「どう? 取引できるかな?」
「……どうつかうか、聞いてもいいですか?」
「XXXを○○○して△△△」
「ぎゃあ!」
清川は強い嫌悪感とともに、鳥肌が立つのを感じた。
その時、駐車場に爆音が響いた。
亜夢とアキナを連れてくる途中に出てきたアメリカンバイクに乗った女が現れた。
「あの女!」
清川はすばやく車を降りると、迷わず拳銃を抜いて構えた。
「警察よ。さっきの公務執行妨害で同行してもらうわ」
バイクはクラッチを切って、ドルン、と空ぶかしした。
「止まりなさい! 聞こえないの?」
中谷が車にパソコンを置いて出てくる。
中谷も拳銃を抜いていた。
「止まりなさい!」
撃てないと判断したのか、当たらないと考えたのか、バイクの女は二人を無視してオートドアの方へバイクを走らせる。
そのままドームスタジアムの通路を入っていき、貨物用のエレベータに乗った。
「待ちなさい!」
清川と中谷が中に入った時には、エレベータの扉が閉まっていた。
「くそっ!」
「中谷さん、パソコンで連絡して」
「わかった」




