(27)
アキナ達はドームスタジアムの大型搬入路に到着した。
テロリスト達の姿はなかった。
「おかしい…… ここを利用しないなら、あれだけの大人数の人質をどうするつもりなんだ」
アキナは人質の扱いを想像してゾッとした。
「周囲を調べろ。1分後にもう一度ここに集合だ」
アキナは班の一人と一緒に行動した。
フィールドに通じる大きな通路は全く人がいない。どうぞ使ってくださいと言わんばかりだ。
通路の横にシャッターがあり、その脇の扉を進んだ。
扉はシャッターの内側に通じていて、その通路ももぬけの空だった。大きな通路を使用しない意味。アキナは自然とそんなことを考えていた。全員を殺してしまうつもりなら、大型通路は返って使いにくい。かといって、ここから攻め込まれるわけだから、抑えないといけない場所なのだ。
「!」
大きく手を動かしアキナを先導していた男が合図した。脇の扉から奥に入るようだった。
アキナは男の後をついていく。
入った先は人がすれ違うのがやっと、という幅の通路だった。
こんな狭い通路にする意味があるのだろうか、とアキナは考えた。
「この通路の壁とか、天井とか、なんか慌ててつけられたような」
男は立ち止まって、アキナが指摘した壁や天井を注視した。
「うん。確かに変だ」
周りを見渡してから、無線を使う。
「B-5搬入路脇の通路ですが……」
「あっ!」
そう声を上げると、アキナは床に伏せてしまった。
亜夢はライトスタンド側のブルペンに入っていた人質集団を追跡した。
あれだけの人数だ。宮下がいた集団くらいで分割されていて、その各々にコントロールして先導する超能力者がいるはずだ。一度に戦っては不利だが、宮下の集団だけ別の行動を取ったのに残りの集団は全く変化がないことから、もしかすると一人一人が独自の判断で行動している可能性もある。
亜夢はブルペンへ入るための扉の前に立った。
扉に手を当てて、思念波世界を覗き見る。
周囲の人の気配はない。
ゆっくりと開けて、音を立てないように中にはいる。
野球用の投球練習場があり、周囲のいくつか通路と、それに通じる扉があった。人質たちは、もうここにはいない。どこの通路を通って、どこに向かって行ったのか。
壁に手を当てながら、目で見る世界に注意をしながら、思念波世界を交互に観察して、どこへ向かったのかを探る。ブルペンの周りを半周ほどした時、前方の扉の方から、小さく声が聞こえた。
亜夢は素早くその扉に近づき、手を当てる。
その扉からは何度も開閉した思念波が見える。
ここだ、と亜夢は思った。ここから先に移送車を用意して、人質を運ぶつもりなのだろうか。それとも単に密集させて御しやすくしようとしているのだろうか。
扉を少しだけ開けて、その先を下から覗き見る。人の背中が見えた。さすがにこの通路にあの人数を通そうというのは無理があるのか。亜夢は後ろの人から順に精神制御を解いて助けてみようと考えた。おそらく超能力者はいくつかの分割はあるにせよ、統括する集団の真ん中あたりにいる。狭い場所にいるなら、全員と同時に戦うことはないだろう。
後ろからそっと近づいて、亜夢は人質の頭に手を当てる。
思念波世界に入り、空っぽな空間の真ん中にあるラジオのような機械を見つけた。
『?』
ラジオは時折ノイズ交じりの音声で言った。
『次、進んで』
亜夢はこれだ、と思った。美優の時は支配者の姿がどうどうと世界に存在していたが、行動だけを制御する時はこんなイメージなのだろうか。亜夢はアンテナ用の金属の棒が突き出たラジオという機械を取り上げ、床に叩きつけた。
壊れるわけではなく、ラジオはブロックノイズで分解されるように掻き消えていく。
境界のない空から、本人がその世界の中心に降りてきた。
『?』
『目が覚めたら、何もしゃべらず、後ろのブルペンを通って、三塁側ベンチの方向へ逃げて』
亜夢は人質の一人から手を放した。
その人は亜夢の方を振り返る。亜夢が方向を指さすと、うなずいて小走りに去っていった。
同じように亜夢は列の最後尾にいる人を次々に解放していく。
あるときは無人の闇にライトが当たっていて、そこに本人を連れ出せばよかった。
また別の人は亡霊のような人が大勢いて、亜夢が叫ぶと、亡霊が一人の姿に合体したりした。
思念波世界では一人一人まったくことなる形で、自分を見失い、他人にコントロールされていた。
通路の端まで人質をすると、様子に気付いたのか奥の扉からショートヘアの女性が出てきた。
自分の意志で動いているとしたら、その女性はテロの仲間側、つまり超能力者だった。
「そこで何してるの?」
鋭い眼光で亜夢を睨む。
「!」
先のとがった探査針で何度も何度も突き刺されるイメージ。どこかでこの状況を経験したことがある。
都心で捜査協力をしていた時、タキオ、タキオ物産の人?
「あら。こっちは覚えているわよ。白いヘッドフォンのお嬢さん。そういえば今日はしてないのね」
一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
相手がどれくらいの非科学的潜在力を持っているか分からないまま、近づいてくるなんて、よっぽどの能力者か、無謀な性格だ。亜夢は少し後ろに視線を配ってから、後ずさりして距離を保った。
「あら、力比べとかしてみたりしないの? ライダーとは拳を合わせたって聞いたけど」
その女性は拳を前に突き出してきた。
「思い出した。三崎京子」
「そうよ。だけど名前なんて意味ないわ。それよりどうするの。どっちの力が強いか、確かめてみる? みない?」
亜夢は転びそうになって足元を見た。壁に手をつけて後退する。
「なんでそんなに自信があるの?」
「別に。私は一人じゃないからかしら」
「?」
亜夢はとっさに周囲に意識を広げた。思念波世界にも何も見えない。
「いない、とか思ってるでしょ。ほら、あなたのお仲間を連れ去ったやり方。あれと同じよ。私は私の能力と支援してくれる『あのお方』と力が合わせて戦うの」
「あのお方」
「言わないわよ。存在は知っているでしょ? それで充分」
美優の思念波世界に入り込んだ時、精神制御している相手を見た。美優の非科学的潜在力を引き出す、強力な超能力を持っている人物。
「あら、少しやる気になったみたいね」
亜夢は後ろに下がるのを止めた。右足を引いて、拳をためた。
「こんなことで力なんてわからないわ。けどあんた達の間ではこれをするんでしょ。じゃあ、いくわよ!」
三崎は走り込みながら引いた拳をまっすぐ突き出してきた。
亜夢は体をひねり、それに合わせるように振り出す。
バチン、と空気が爆ぜるような音がして、亜夢は周りが見えなくなった。
『?』
亜夢は両手を広げて、空から舞い降りてくる雪が、手のひらで溶けるのを眺めていた。
見上げる空は暗く、深かった。無限に雪の結晶が降りてくるように思えた。
黒い革ジャンをきた長髪の男が、亜夢に近づいてきた。
『へぇ。こんなところあるんだ』
何がある? ただくらい空の下に雪が降っているだけだ。
『俺知らなかったよ。君、ここの出身かい』
雪、こんなに雪深いところに住んだことなど、ない。雪が降るのが私の出身地ではない。亜夢はなぜ今雪が降っているのかわからなかった。
革ジャンの男がたずねる。
『出身じゃないなら、いったいここになにがあるんだい?』
男の後ろに、金髪の少女が見えた。
あれは…… ハツエちゃん? そうか……
「!」
亜夢は拳を振り切った。
拳を合わせていた三崎は、廊下を滑りながら通路の奥まで後退した。




