(20)
「……」
警察車両のドアが開くと、清川が出てきた。
「亜夢ちゃん!」
アキナを包むようにしている亜夢に、清川が飛びついてくる。
「清川さん……」
「ご、ごめんね。大丈夫? えっと……」
「森明菜です」
中谷が助手席で何か探している。
「亜夢ちゃんは大丈夫なの?」
「私も、キツイです……」
中谷がヘッドホンを二つ、持ち上げて見せる。
一つは亜夢も見慣れている白いもの。もう一つは新しい赤いものだった。
「中谷さん、それ」
「キャンセラーを慌ててもう一つ作ったのさ。間に合って良かった。白は乱橋くん。赤いのは……」
中谷はアキナの前に立ち、耳を押さえているアキナの手をどけた。そしてスイッチを入れた赤いヘッドホンを、アキナの耳にそっとつけてあげると、言った。
「どう?」
急にアキナは目を開いた。
苦痛に歪んでいた口元が緩み、笑顔になった。
「すごい! すごいよ、中谷さん!」
アキナは手を広げて待ちかまえていた中谷に、抱きついた。
中谷も、アキナもお互い満面の笑顔だった。
その時、中谷の手がアキナの背中から少し下にさがっていった。
アキナは一瞬にして、中谷の腕をとり、体を回して腰で中谷を跳ね上げた。
そのまま腕を地面に向かって勢いよく引き下げると、中谷の体が綺麗に回転して地面に叩きつけられた。
「調子に乗らないでください。」
「ゴ、ゴメンなさい」
「中谷さん」
亜夢が小さい子をしかるような口調でそういう。
中谷は自分の腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。
清川は一人で拍手をしていた。
「アキナちゃん、すごい背負い投げだね。どっかで習ったの?」
「独学なんです」
「けど、技の切れがオリンピック選手みたい」
「さっきのは非科学的潜在力した結果ですから」
清川が運転席につき、助手席を空けて中谷が後部座席の中央に座った。
アキナが運転席の真後ろ、亜夢が助手席の後ろに座る。
高速道路へ入ろうとしたが、インターに行く道が渋滞していた。
「事故じゃない? 清川くん、警察無線」
中谷に言われて清川が無線をいれると、確かに事故の状況や、いつ現場に付けそうか、とかを言い合っている。
「下道で行きます」
横道をぐるりと回ると、反対車線側に合流した。
すると、サイドミラーに何か映った。
「?」
清川と亜夢は、ミラーに映った後方の車両を同時に確認した。
「あのバイクの女!」
清川は振り切ろうとスピードを上げたが、信号で追いつかれてしまう。
運転席側にバイクが入り込んでくる。
「!」
バイクの女が、コツっと窓を叩くと、あっさりと窓がドアの中に落ちてしまう。
「えっ?」
「清川くん、ドアの下からガラスを支えている部分をはずしたんだ」
「用意、ドン」
バイクの女がそう叫んだ。
信号が青になり、清川もアクセルを踏み込むものの、バイクの加速にはかなわなかった。
「清川くん。相手にしないで、横道に入っちゃおう。何事もなく署に帰る方がせんけ……」
「ムカつく! 絶対にぶち抜く」
アキナと亜夢は顔を見合わせる。
アキナは驚いたような表情。亜夢は困ったことになった、という顔をしている。
「えっ? ちょっと、清川くん?」
「うっさい中谷。負けっぱなしでは気が済まないんだよ!」
次の信号は二車線あり、バイク女は先に止まってい待っていた。
清川の運転のパトカーが近づくとバイク女が振り返って、引き込むように大きく手を振った。
「なめんな!」
亜夢は、背中をシートにぴったりつけ、シートベルトをぎゅっとつかんだ。
アキナが恐る恐る運転席の清川の肩を叩いて言う。
「き、清川さん、あの、パトカーが公道でレースをしちゃまずいんじゃ?」
「そうだよ清川くん、相手を先に行かせて、横道を進もう」
そう言う中谷も足をつっぱって、背中をシートにつけて顎を引いていた。
「う・る・さ・い。黙っとけ」
切れた清川は、二人を振り返りもしなかった。
ただ信号をじっと見つめて、発進のタイミングをうかがっている。
信号が変わると、ものすごいタイヤの音をさせて発進する。バイクは何か操作ミスしたのか、加速が鈍い。
物凄い風が、車内に入り込んでくる。特にアキナのあたりに風がまいている。
顔に風が吹き付け、苦しく感じたのか、アキナが言う。
「き、清川さん、振り切ったから…… もうスピード落として」
「そうだぞ、清川くん、我々は警察なんだから法定速度をまもらないと」
「ふぅーふぅーふぅー」
清川は肩で息をしている。
聞こえていないのか、スピードは一切落ちていない。
「清川くん!」
「清川さん!」
「は、はい!」
清川はそう言うと、急に正気を取り戻したようにブレーキを踏んでスピードを落とす。
スピードが落ちると亜夢は後ろを見た。バイク女はついてきていない。確かにすごいスピードだしてはいたが、こんな短時間で振り切れるほどではないはずだ。亜夢は左右上下を注意して確認したが、バイクは見当たらなかった。
「振り切ったようね」
「ああ。事故が起こらず本当によかった」
その後もしばらく走り続けた後、道路わきのコンビニに車を止めた。
「乱橋さんも森さんもちょっとコンビに入らない?」
「はい」
「亜夢がいくなら、私もいく」
中谷は車の中に残って、三人はコンビニに入る。
しばらくして、三人がコンビニ内をウロウロしていると、野太いエンジン音が聞こえた。
「亜夢、さっきのバイク!」
「アキナ、また競争にならないように、清川さんを店の奥に連れてって」
「亜夢はどうするの?」
「なんで私達をつけてくるのか聞いてくる」
「えっ?」
「アキナ、清川さんをお願いね」
アキナは首を縦に振ると、清川の腕をとっておくへ行った。
亜夢はコンビニから出てバイクの女に近づく。
女は黒いフェイスマスク、サングラスに、黒の半帽をかぶっていた。
「制服じゃないんだ?」
バイクの女から口を開いた。
「ヒカジョの制服着ないのかい? あんたプライドないのかい?」
亜夢はコンビニの方を振り返って、そのガラスに映る自分の姿を見た。都心でヒカジョの制服をみて、非科学的潜在力があることがバレてしまった経験から、亜夢もアキナも私服を着ていたのだ。
「ほら、余裕ぶっこいてんじゃないよ。こっちを向きな。ほら!」
黒い半帽をバイクのミラーに引っかけ、亜夢に突進してきた。




