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憂いっ子メグと幽霊ネコたち  作者: 瀬賀 王詞
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いじめのピラミッド


 幽霊ネコたちと友達になってから、メグの憂鬱は少し解消された。自殺した小中学生の魂が、決して救われたわけではないが、この世のものとして存在していることにいくらか安心感を覚えた。


 この世に起こるすべての悲しみは、どこかに救いが用意されているのではないか。そんな思いが、メグの心を軽くしてくれた。


 江戸川中学校でのメグは、暗い表情で他の生徒を寄せ付けないダークなオーラを背負っていたが、明るい茶髪には不良分子が寄ってくるという青少年たちの法則がある。


 北条莉子は、メグがいる二組をしきるボス。茶髪のメグに話しかけないはずがない。最初、莉子は、メグの瞳を見て驚いた。


「なに泣いてんの? あんた?」


 漆黒の瞳に浮かんだ涙に驚かされ、茶髪の髪がメグのキャラにそぐわないことを知るのだった。それでも莉子は、茶髪なら同類のはずだと諦めなかった。おそらく彼女は、勢力を伸ばしたかったのだろう。兵隊を増やし、上の存在を脅かしたかった。その時期に、メグは莉子の家に遊びに連れて行かれた。ちりちり頭の女子三名も一緒だった。メグは当然無口だったが、莉子はそれでもかまわないと思ったのか、一学期中はメグを子分同様に扱っていた。ただ、パシリ役が多く、莉子の機嫌が悪いときはよく殴られた。


 メグは憂いっ子だから、莉子に殴られたときの痛みよりも、殴った莉子の心の痛みを感じることが悲しかった。いじめられるのは苦にならない。いじめる方の心の悲しみのほうが気になって仕方がなかった。


 メグの自分を見る目に、同情の色があるとわかった莉子は、急にメグを毛嫌いし始めた。メグは、夏休みが終わる頃に仲間から完全に外された。



 一見平和そうな江戸川中学校だが、水面下では様々な動きがあった。


「三年生に今村沙也加っていうのがいて、生徒会長なんだけど、裏社会も牛耳ってて、相当力があるらしい。はっきり言うと、いじめっ子のボスだな。北条莉子は、まだ理由はわかんないけど、この今村沙也加に目の敵にされてるらしいよ。」


 江戸川中学校を調査しているツトムがこう報告した。


 タケシたちは、北条莉子に関する情報収集を、この一週間続けてきた。


「だいぶ、色が深くなってきたなあ。」


 タケシは、ツトムの報告に感想は言わず、教室に差し込む夕日をまぶしそうに見上げている。


「聞いてんの? タケシさん・・・。」と言ってツトムは右手の甲を舐め始めた。


「生徒会長の今村さん? まさか・・・。」


 メグはそう言って頬杖をついた。


「メグさんほんとだって。俺、生徒会室に張り込んでてさ、全部聞いたんだから。生活指導委員会の委員長、田村っていうのがナンバーツーでさ、あっ、これ、男だけど、どうも恋人らしいんだ。生徒会室の隅っこでさ、チュウなんかしてたぜ。」


 タケシは漸くツトムに向き直った。


「だいぶ、乱れてるな。」


「いくらなんでも、学校でチュウはね。」とユウ。


 メグに体を貸すようになってから、シゲルも六組にいることが多くなった。


「俺の勘だが、今村が本当のワルかもな。」とシゲルは言った。「悪そうなのが本当はいいやつで、いいやつそうなのが本当は悪い奴・・・。それが、世の中っていうもんじゃねえか?」


 窓に黒い影が躍り出た。四丁目から帰ってきたソウスケだった。


「世の中がなんだって?」とソウスケは言った。


「なんでもない。メグちゃん、今日は変身しないだろ? 俺、散歩に行くぜ。」


 シゲルは、メグの返事を待たず、机から飛び降りた。


「う、うん。」


 ぼーっとしていたメグは、少し遅れて返事をする。シゲルの影が壁に消えるのを見届けてから、ツトムが言った。


「話は簡単じゃないか。今村沙也加をやっつければ、北条莉子はいじめをやめる。メグちゃんも幸せ。」


 ソウスケは、黒板横の窓際の本棚の上に飛び乗った。欠伸をしながら思いっきり背伸びをする。


「ツトム、そう簡単にはいかねえよ。俺は北条莉子の母親を調べてきたぜ。」


「どこに行ったの?」


 机の下に寝そべり、それまで目を閉じていたアキラが訊いた。


「職場だよ。母親が働いてる。」


「パートかなんか?」


「いいや。社員。ただ、怪しい会社だった。女子社員がたくさんいてな、みんな電話してんだよ。たぶん、なにか売りつけてんだろうな。マンションがどうのこうの言うやつもいれば、税金対策とか言ってるやつもいた。」


「今の時代、社員ならまあまあなんじゃない?」とユウ。


「母親、北条美里っていうんだけどな。まあ、まじめに働いてたよ。娘に暴力を振るうときとは別人。職場だから当たり前か、と思ってたら、昨日やっと原因がわかった。」


「パワハラか?」


「もう、タケシさん。俺が言うまえに言わないでくれよ。」


「パワハラ?」とセイヤが首を傾げる。


「セイヤ、職場の上司が、立場を利用して部下をいじめることをそういうんだ。」とユウが説明する。


「いじめなの?」


「簡単に言うとね。」


「大人も、いじめをするの?」


「するよ。って言うか、大人がするから子どもが真似をするんだよ。」 


 ツトムが妙に得意げに言った。


「それで、ソウスケ。それは部長か、係長?」とタケシが話を戻す。


「主任、とか言ってたな。休憩時間に、主任室に呼ばれて、めっちゃ怒られてたぜ。腹をつねったり、殴ってた。ありゃあ、あんまりだよ。」


 さすがのソウスケも、最後の言葉を喉に詰まらせた。


 

 急に教室が暗くなったような気がした。


「秋の夕暮れは釣瓶落し・・・。そんなような言葉があったな。」


 みんながタケシを仰いだ。


「いじめのピラミッドだな。会社でいじめられている母親が、家で自分の娘をいじめ、家でいじめられている娘は、学校で弱い生徒をいじめる。会社の主任も、誰かにいじめられているのかもしれない。」


 メグは席を立った。


「わたしたちに、なにができるのかな・・・。」


 そうつぶやくと、メグの周りにネコたちが集まってきた。メグは、慰めるように、一人一人の頭を優しく撫でた。

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