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憂いっ子メグと幽霊ネコたち  作者: 瀬賀 王詞
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メスネコ・メグの冒険


 元に戻る方法はすぐに判明した。


 メグがメスネコになった姿を見ようと鏡にその姿を映すと、たちまち元の人間の姿に戻ったのだ。メグはほんの一瞬、ネコになった自分の輪郭だけを辛うじて見ることができた。シゲルは、メグの背中からぴょんと出てきて、眠りから覚めたように欠伸をした。


「ん? 成功したのか?」とシゲルは言った。



 土曜日。


 いよいよ本格的にメスネコ・メグが巷デビューを果たすときがきた。


「ひとりじゃ、やっぱり危ないだろ。」というタケシの一言で、ネコたちがぞろぞろ後をついてくる。


「多すぎるだろ!」とタケシが怒鳴る。


「タケシさん、ここはひとつ、交替でメグちゃんを案内したらどうでしょうか。」


 ネコのひとりが提案する。


「いずれはな。今回は初めてだから、俺とユウで案内する。」


「タケシさん、俺たち、消えるからさ。」


 幽霊ネコは、人間に姿を見せることも、姿が見えなくすることもできた。


「姿を消したって、ぞろぞろ行くのはなあ・・・。」


「メグさんは、どこか行きたいところ、ありますか?」とユウ。


 ユウの言葉に、メグは少し考えてから答えた。


「うん・・・。」


「どこ?」とネコたちが訊ねる。


 メグは、校舎の壁をするりと通り抜けた。幽霊ネコに変身すると、壁などの物体を抵抗感なく通過できる。


「息を止めるんだ。そうすれば、通過できる。姿を人間に見えないようにするには、しっぽを三回回す・・・。」とタケシが説明する。


「右? 左?」とメグ。


「どっちでもいい。もう一回三回回せば、元に戻る。つまり、人間にも見える。」


 メグは、一階の廊下で一通り練習してみる。ただ、人間に見えているかどうかは、確かめることができない。


 校舎を出て、金網を通過する。タケシが先頭を歩き、メグの後ろにはユウが続く。


「四丁目に行きたいって言ったな。だから、その辺りに詳しいソウスケを連れてきた。」


 少し垂れ目だが眼光の鋭いソウスケは、ユウの後ろからついてくる。


「四丁目は団地が多いんだ。俺、人間のとき団地に住んでたから。四階から飛び降りて死んだのに、なんでだろうな。どうしても団地から離れられねえ・・・。」


 メグは、ソウスケに向き直り、瞳を潤ませて言った。


「ソウスケさん、よろしくね!」


 メグは、そう言ってソウスケのほっぺを舐めた。生身の人間だとそんな行為はできないが、ネコになると違和感なくできるのがメグには不思議だった。


「いいってことよ。タケシさん、近道があるぜ!」


 ソウスケは塀に飛び乗った。


「じゃあ、ソウスケ。案内してくれ。」


 四匹は、塀伝いに四丁目に向かう。



 住宅街の塀は、高低の差こそ多少はあれ、一続きの歩道と言っていいほど真っ直ぐに伸びている。まるでネコの都合を考えて各家が塀を作ったのではと勘ぐりたくなるほどだ。


 ソウスケの行く先々でネコの悲鳴が聞こえる。本物のネコたちが、道を譲っている。メグは、東に中学校の校舎を見た。


「メグさん、四丁目になにがあるんだ?」とタケシが訊く。


「ちょっと、気になる友達がいるの。」


「団地に?」


「いえ、普通の家。」


「なんだ、団地じゃないのか。」とソウスケが言った。「なんていう家だ? もしかしたら知ってるかもしれない。」


 塀が途切れる。歩道に降りて、道路を横切る。植木の影に入り、しばし毛繕いをする。


「ここは結構気に入ってんだ。」とソウスケが鼻を鳴らす。


 太陽も雲の中に一休み・・・。辺りは少し暗くなった。近くのマンションから子どもの声が聞こえる。


 メグはタケシたちに倣い、全身の毛を舐める。


「さて、落ち着いたところで、行くとするか。それで、メグさん、友達って?」


「友達っていうと、少し無理があるけど・・・。クラスメート。一度、仲が良かったときに、家まで連れて行かれたときがって。」


 それまで黙っていたユウが訊ねた。


「それって、もしかするといじめっ子じゃないの? メグさん。」


 タケシは肉球から鋭いツメを出して舐め始めた。


「え? もしかして、復讐しにいくわけ?」とソウスケが言った。


「メグさんがそんなことするか。ソウスケ、そろそろ行くぜ。俺は眠くなってきた。」


 ソウスケは背伸びをすると歩き出した。


「その角を曲がるとあとは真っ直ぐだ。少し歩くけどな。メグさんは、そいつの家、わかるのか?」


「いいえ、はっきりとは。見ればわかると思う。」


「まあ、今日は下見ってことでいいだろ。」とタケシは欠伸をする。


 四匹は、街路樹に添って歩き出した。


 自転車や、オートバイが往来する。散歩中のイヌが吠えるが、ソウスケとタケシは見もしない。


「でも、復讐しないなら、なにしに行くんだ?」とソウスケが振り返った。


 メグはすぐに答えない。どう答えようか、考えている様子だ。


「ソウスケ、高いところに登ろう。見晴らしのいい所から、探そうじゃないか。」


「さすが、タケシさん!」とユウ。


 幽霊ネコの能力を使って、四匹は素早くマンションの屋上に駆け上がった。


「古い家があるだろ? あの辺が四丁目。」とソウスケがあごをしゃくる。


 灰色の四角い屋根が地味な光沢を放っている。ソウスケのいう団地が五棟見えた。十階以上あるマンションの屋上は風が強い。メグは、思わず足を踏ん張る。


「たぶん、あの辺りだと思う。」とメグは指さす。


 他の三匹はその先に目を向けるが、どの辺りなのか見当もつかない。 


 歩道を歩く中学生に気づいたユウは、

「そうだ! その子が帰るのを待てばいいよ。」と意気揚々と叫んだ。


「そう簡単に見つかるわけが・・・。」


 そう言いかけたソウスケだったが、遠くに黒い学生服の群れを発見した。

「ユウのアイデアに乗ろうぜ。四丁目方面の通学路ならいい場所がある。タケシさん、待ちながら一眠りすればいいぜ。」


 ソウスケはマンションの壁を駆け下りる。メグたちも後に続く。


 ソウスケは小さな公園の木の上に三匹を案内した。


「ここなら、四丁目の中学生がみんな通るぜ。メグさん、ここで待ってなよ。この公園は、ほら、あそこに二匹いるけど、捨て猫が多いんだ。」 


 その二匹が木の下に来てソウスケを見上げる。


「なんだ? 腹減ってんのか、おまえたち。少し待てよ。優しい人間が、もう少しすれば来るだろ?」


 二匹の本物のネコは木の下にうずくまる。


「タケシさん? なんだ、もう寝たのか・・・。」


 ソウスケは、幹の高い所から中学生の一団を迎えた。


「来たぞ。メグさん。」


 男子学生のハスキーで低い声と、女子生徒の甲高い声が入り交じり、賑やかな歩行者が近づいてくる。自転車を押す生徒、くるくる回転しながらおしゃべりをする生徒、ロボットのように歩く生徒・・・。元人間だった幽霊ネコたちは、かつての自分を見るような気持ちで見つめる。


「少しおセンチになってんじゃないか?」


 ソウスケは少し下の枝にいるユウに言った。


「そうだね。あんなときもあったんだねえって。」


「メグさん、いたかい? その子・・・。」


 女の子は三人いたが、メグは特に反応を示さなかった。


「いいえ・・・。今の、三年生だった。」


「メグちゃんは二年生だよね。」とユウ。


「俺、中三だったからなあ。」とソウスケが空を見上げる。

「ユウは何年生だった?」


「二年生だよ。もう・・・。何度訊いてるのさ。」


「何十匹もいるから、ごちゃごちゃしてくるんだよ。メグさん、お目当ての子がきたら教えてよ。まず俺ひとりで後をつけるから。」


「姿を消して、みんなで行こうよ。でも、メグさん、家を覚えてないの?」


 ユウはメグのいる枝に登って訊ねた。


「ホントは、無理矢理連れて来られたから・・・。」


「怖くて、覚えてないんだよな。」とソウスケ。「でさ、普通なら復讐するのに、メグさんはその逆だろ? でもなにをするの? メグさん。」


「わかんない・・・。」


「そろそろ名前、教えてくれない?」とユウ。


「おい、タケシさん、まだ寝てるぞ。」


 そう言って、ツトムは枝に留まったスズメを威嚇する。


「起きてる・・・。」


 タケシは片目を開け、ヒゲを揺らす。


「わたしをいじめているのは、北条さんっていう人。北条莉子さん。でも、周りから完全無視されてるわたしに、乱暴だけど、かまってくれるから・・・。」


「あるある、そういう心理。いじめられっ子のつらいところだな。」とソウスケ。


 タケシは空に向かって背伸びをする。


「もうそろそろ夕方じゃないか。メグさんは、帰らなくていいのか?」


「まだ・・・大丈夫。」


「俺たちだけで調べていいんだぜ。」


「ネコ目線、楽しいよ。」


「今日土曜日だろ? その子、部活とかしてんの?」とソウスケ。


「いえ・・・。」


「じゃあ、どっか遊びに行ってんじゃない? 仲間と。」


 木の下にいた本物のネコ二匹は、草原にカマキリを見つけ、走り出した。


 夕方になり、イヌの散歩をする人、ジョギングやウオーキングを楽しむ人が増えた。


「メグさん、そろそろ帰ろうか。」とユウ。


 夕焼けに染まった街を見ていると、少し切なくなってくる。


「明日は日曜だし、幽霊ネコ総出で探せばすぐ見つかる。」とタケシ。


「写真とかあったら持ってきてよ。」


 ソウスケがそう言うと、少女がひとり、散歩のイヌを避けて隠れていたネコに近づくのが見えた。


「あっ。あの子だ。よかったな、あいつら。」とソウスケがつぶやく。


 女の子は紙袋からエサを出し、ネコたちに食べさせる。


「あの子、中学生じゃない?」とユウ。


「ソウスケ、あの子は?」とタケシが訊いた。


「いつも、ネコにエサやってるよ。だいたいそういう人って、おばさんが多いんだけどな。」


 メグは、瞳に涙を浮かべた。


「どうしたの? メグちゃん?」とユウがメグの顔をのぞき込む。


「メグさん、まさか・・・。」とタケシ。


 メグは、声を震わせて言った。


「北条さん・・・。」

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