メスネコ、メグ
メグの突拍子もない願望は、タケシたちには難題だった。来る日も来る日もネコ会議を開く。
「僕たちが人間に化けるのとは訳が違うね・・・。」とユウはため息まじりに言う。
「人間がネコに化けるって、やっぱり無理じゃない?」とアキラ。
ツトムは、しっぽを舐めながら言った。
「だいたい俺たちは幽霊だから、人間に化けることができるんだから。」
「でもそれだってさ、幽霊だからできるっていうのも、おかしくない?」とユウが反論する。
タケシは、通りで拾ってきた週間雑誌を見ている。
「タケシさん、少しはまじめに考えてくださいよ。」とユウは渋い顔を作った。
「俺たちが人間に化けられるって知ったのも、偶然だった。十数匹で取っ組み合いの縄張り争いをしていたら、いつのまにか人間になってた。」
タケシは、週刊誌のページをめくる。
「もしかすると、俺たちには、まだ潜在能力があるのかもしれない。」
「潜在能力?」とアキラ。「タケシさん、僕たち小学生にもわかる言葉で言ってよ。」
「つまり、俺たちにはまだ隠れた能力があるかもしれないってことだ。」
ユウは、タケシの机に飛び移り、週刊誌をのぞき込んだ。
「僕たちは、ただの幽霊ネコじゃ、ないかもね。すごいね、これ!」
週刊誌のグラビア。
ツトムとアキラも、無口なリョウマとリンタロウも、週刊誌のグラビアに見入る。
「おいこら、食いつくな。小学生は見るんじゃない!」とタケシ。
リョウマがツメを立て、ページを引きちぎると、机から飛び跳ねた。
「リョウマ! おまえ、意外とこういうの好きなんだな。」
リョウマは、振り向くとにんまりと笑った。
「てかさ、まじめに考えようよ。」とユウ。
「考えすぎて頭が痛いぜ。いいじゃない、少しくらい休ませろよ。」
ツトムとアキラはうなずき合う。そしてグラビアを見る。
「タケシさん、なんで週刊誌なんか、持ち込んだの?」とユウ。
「俺は、たまに見てるよ。なにか、ヒントはないかと思ってな。」
「ヒント? あるわけないでしょう。」
ツトムとアキラは、グラビアに飽きてページをめくる。紙の擦れる音が教室に響く。
「おい、そろそろ返せよ。」
タケシがそう言ったとき、ツトムとアキラが固まる。
「どうしたんだ? 返せって。」
「タケシさん、ここ、見てよ。」
タケシは、アキラの手先に目を遣る。
【人間をネコにする方法】
「なんだよ、この見出し・・・。そのまんまじゃないか!」
ユウものぞき込む。
「これ、人間向きの雑誌でしょ? 怪しいね、この記事。」
「記事どころじゃない、この雑誌が変だろ!」
「なんて書いてある?」
四匹が記事に頭を寄せる。
リョウマとダイスケは、相変わらずグラビアに見入っている。
「僕、逆さまだからよく読めないよ。」とアキラ。
「あー、もう、ウザい。俺に読ませろ。これは、俺が拾ってきた雑誌だぞ!」
タケシは三匹を追い払う。
記事は、人間へ恨みを晴らすためのものだった。人間をネコに変え、同等になってから物事を解決しましょう、と書いてある。
タケシは首を傾げながら、週刊誌を閉じた。
「どうでしたか?」とユウが訊く。
ツトムとアキラも、隣の机からニャオと鳴く。
「人間に恨みを晴らすための記事だから、なんとも言えないが、ヒントはつかんだ。」
タケシは、そう言って、なにを思ってか、独り言を言いながら教室を出て行った。
ユウたちは、記事を読もうと机に飛び移り、週刊誌を見る。週刊誌の表紙を飾る女優の顔が、メスネコに変わっている。
「なんだ、これ?」とアキラが言う。
グラビアを見ていたリョウマとダイスケが、急にミャミャーと鳴いた。ユウたちもグラビアを見てやっぱり驚いた。メスネコがセクシーポーズを取っている。
ある日の夕方、メグは人目を避けて金網をよじ登った。すっかり手際よくなり、すばやく校内に入れるようになった。拾った板を金網に差し込み、足場を作ったことも功を奏した。
メグを見つけたネコたちは、校舎の鍵を開けてメグを出迎える。
「こんにちは!」とメグはあいさつをする。
「タケシさんが、メグさん早く来ないかなーって言ってたぜ。」
ツトムは歩きながらメグを見上げた。
「ごめん、お母さんが風邪をひいて・・・。」
タケシは三年教室の廊下でメグを待っていた。
「ネコになる方法を試してみるか? メグさん・・・。」
メグは廊下に立ち止まる。
「できるの?」
「雑誌にマニュアルが載ってて、それを参考に考えた。」
「雑誌?」
アキラとツトムが口にくわえて雑誌を持ってくる。
「コヘ(これ)」
メグはページをめくる。
「ネコさんの、雑誌なの?」
タケシは、ヒゲをひくひくさせながら言った。
「違う。元は人間が見る普通の雑誌だった。俺が三丁目で拾ってきたんだ。ここに持ってきて、見てたらそんなふうに・・・人間がネコに変わったり、記事がネコ向きになってたり・・・。」
「どういうこと? あっ、ありがとう・・・。」
メグは、ネコたちが持ってきた椅子に腰掛けた。
「俺たちにもわからない。ただ、このエリアは、ふつうじゃないんだな。たぶん。」
ユウが教室から廊下に出てきた。
「やあ、こんにちは。メグさん。」
「こんにちは、ユウさん。」
「聞きましたよ、お母さんが病気だったって?」
「うん。でも、もう大丈夫。」
「ユウとも話したけど、このエリアがふつうじゃないのなら、そこにいる者もふつうじゃない。」と、タケシは、腕組みをする。
メグは、タケシを見つめながら、すり寄ってくるユウの頭をなでなでする。
「それは、わかりやすい。わたしも、ふつうじゃないかもって、思ってたから。」
「メグさんは僕たちのことが見えるし、仲よくしてくれてる。タケシさんは、最初からメグさんは特別な人間だと見抜いていたんだ。ネコに化けることぐらい、できるかもしれないよ。」とユウ。
「特別な人間? わたしが?」
そこへネコたちが出てきて、ミャアミャア鳴き出す。
「みんなも、ありがとう。」
「俺たちはメグちゃんの味方でーす!」と叫ぶネコがいる。
「で、俺はびっくりしたんだけど、どうしてネコになりたいって思ったんだ?」
タケシは首を傾げるが、その仕草が愛らしい。
「ネコ目線で、人間の姿を見てみたいって思ったの。」
「メグさん、きみは人の不幸を見るのがつらいんじゃないの? ネコになったら、耐えられないと思うよ」とユウ。
「かもね・・・。でも、人を助けたいなら、人間の本当の姿を知ったほうがいいと思って。ネコ目線で・・・。」
ネコたちがしきりにうなずく。
「そのほうが動きやすいかもね。僕もさ、ネコになってさ、あっちこっち路地裏とかさ、塀の上とかさ、歩くの楽しいもん。人間だったら見えない景色だもんね。」
そう言ってユウがしっぽを左右に振る。
「だよなあ。」
「ネコ目線、けっこう楽しいよね。」と、ネコたちがざわめく。
タケシは、メグの真剣な瞳を見つめる。
「失敗するかもしれないぜ。」
「大丈夫よ。わたしに、不安はない。」
湖面のようにうるうる輝くメグの瞳に、タケシはメグの並々ではない意思の強さを感じた。
「俺たちはみんな、自殺した小学生や中学生。地縛霊がネコの魂と融合してこうなったって、一応そんな説明でここに存在してるわけだ。メグさんは生身の人間だ、ネコの魂と融合なんてできない。ただし、メグさんがなんらかの能力をもっているなら、不可能じゃない。やってみよう。メグさんの能力にかけてみよう。」
「わたし、なにをすればいい?」
「いや、メグさんは、なにもしなくていいんだ。」
タケシは窓の敷居に飛び乗ると、ネコたちを見渡す。
「メグさんをネコにするためには、幽霊ネコの俺たちの体が必要だ。誰か、立候補する者はいるか?」
ざわつくネコたち。
「タケシさん、言ってる意味がわからねえ。もう少しわかりやすく言ってくれ。小学三年生だったネコもいるんだ。」
ネコたちの中から意見が出る。
「すまん。つまりこういう訳だ。メグさんに体を貸してあげるんだ。俺たちは全員オスだが、メグさんの生き霊が乗り移るとメスネコになる。」
「貸している間、その・・・意識はどうなるの? ぼくが体を貸したとしてさ、ぼくの心はどうなるの?」
「セイヤ、メグさんに体を貸している間は、意識とか、心はない。つまり、眠るようなもんだ。」
「そう・・・。寝るのといっしょなんだ。いいよ、ぼく、メグさんに貸してあげても。」
セイヤがそう言うと、一瞬の間を置いて、他のネコたちも立候補を始めた。
「俺、今モーレツに眠りてえ。」
「メグさんと合体するんでしょ、それってスリリング!」
「まあまあ、みんな、落ち着けよ。誰でもいいっていうもんじゃないらしい。相性があるんだ。合体してもいいっていうやつは、こっちに来てくれ。」
タケシは、廊下を歩き出す。三年二組前の廊下にチョークで白い線が引かれている。そして、三年一組前にもう一本の線。
「メグさん、始めるけど、いいか?」
メグは大きくうなずく。
「タケシさんを、みんなを、信じる。」
「メグさんは、あっちに立ってくれ。白い線が見えるだろ?」
メグは線の所まで歩く。太陽が夕焼けに色に変わってきた。メグの制服が赤く染まる。
「立ちました。」
「オッケイ。目をつぶって。心を落ち着かせる。はい、深呼吸。メグさんに体を貸してもいいっていう、勇気あるネコたちは、この線に並んでくれ。順番はどうでもいい。」
メグとネコたちは、五メートルほど隔てて向き合った。
「どうするんだ? タケシさん・・・。」とツトムが言った。
「簡単だよ。メグさんの心臓あたりを目がけて飛べばいい。幽霊モードをフルにしてな。」
「幽霊モードをフルに?」
「心臓の辺りだぞ。メグさんと相性が合えば、合体できる。相性が合っても、心臓あたりに飛ばないと、うまくいかない。そうだ! それと、スピードだ。なるべく最高速でメグさんの心臓を突き抜けろ!」
「なんだ、簡単じゃないか。」
ツトムが線を踏む。
「俺、やってみる。」
ツトムは腰を低くする。メグを見つめ、息を整えた。見守るネコたち。メグは目をつむり、天を仰いでいる。ツトムがやおら走り出す。メグを目がけ、素早い動きで廊下を走る。ツトムはジャンプ、しかし心臓には届かず、おなかの辺りで突き抜けた。メグの背後に着地したツトムは、「失敗だあ!」と叫んだ。
「スピードを出しすぎじゃないか?」
「ジャンプ力が足りないんだよ。」
口々にネコたちは批評した。
「次はぼく。」とセイヤがスタートに立つ。
みんなダメだろうと見守るが、予想通り、スピードも高さも足りない。セイヤは泣き出し、メグは頭を撫でて慰めた。
その後、ネコたちは我先にとメグの体を突き抜けた。
「メグさん、大丈夫か?」とタケシが訊くと、メグはこわばった表情でうなずいた。
「がんばってくれ、慣れてくるから。」
まるで跳び箱を跳ぶ小学生のように、およそ四十数匹が次から次へとメグの体を突き抜けた。二回目、三回目に挑戦するネコもいる。
「どうしてだ? ちゃんと心臓を通ったのに。」
「相性が合わないんだろ?」
ネコたちはしまいにはぐったりとしている。人間の体を抜けるのも体力がいるらしい。
ユウはタケシに歩み寄る。
「タケシさんは?」
タケシはため息をついた。
「仕方ないな・・・。やってみるか。」
タケシが白い線まで歩み寄ったときだ。二組の暗い教室から、シゲルが顔を出した。
「タケシさんがメスネコに変身なんて、笑えるんじゃないか?」
シゲルはタケシを押しのけ、白い線に立った。
「シゲル・・・。」
「タケシさんはここに残ったほうがいいと思うぜ。メグさんよ、俺じゃあ、嫌かい?」
メグは小走りにシゲルに駆け寄り、恐る恐る頭を撫でる。
「とんでもない。とっても、うれしいよ!」
照れ笑いをするシゲル。
「なでなではよせよ。それより位置についてくれ。いくぜ。」
メグは位置に戻る。メグの表情が柔らかい。タケシとユウは、いけるかもしれないと思った。
シゲルの能力は高かった。幽霊ネコたちのボスはタケシだが、存在感はタケシに引けを取らない。タケシは内心、シゲルにボスを譲ってもらっていると感謝している。シゲルに対抗意識を持たず、包み込もうとする度量の大きさが、タケシのボスたる所以だった。
ネコたちが見守る中、シゲルは助走に入った。メグはシゲルの光る瞳を見つめ、両手を広げる。柔らかい肉球の音が、強い雨音のように床から響いた。シゲルがジャンプ、延ばした前足は、メグの制服のネームに突き刺さった。突然夕日が強く光り、廊下が白く輝いた。ネコたちは目を閉じる。そして、再び目を開けると、メグの姿は見えなかった。
「シゲル?」
タケシは、白く輝くネコのシルエットに向かって言った。
白い影はシゲルと少し違うように見えた。耳が大きく、胸辺りや腰の辺りがふっくらとしている。ネコたちはメグの姿を探した。
「メグさんいないよ。成功したんじゃにゃい?」
「シゲル?」とタケシはもう一度呼んでみたが、ユウと顔を見合わせた後、「メグさん!」と呼んでみた。
白いシルエットが動いた。そして転んだ。タケシたちが駆け寄る。
「メグさん?」
「これ、成功したのね。わたし、ネコだ! 歩くのが少し、慣れなくて・・・。」
ネコたちは歓声を挙げる。
「すっごい美人ネコ!」
「ディズニーに出てくるキャラみたいだ!」
「もうシゲルに戻らないで、ねっ、このままでいてよ。」
シゲルの面影は、ツメの先っぽにも残っていそうにない。まばゆいオーラが、銀色の毛の先端から出ている。
「タケシさん、タケシさん!」とユウが叫ぶ。「すごいね、成功だね!」
「ああ・・・。」
タケシは、言葉を失い、目が動かない。メスネコになったメグに見とれるばかりだった。




